多様な社会のニーズに応える教育-トランスジェンダー向け初等教育-

2021年11月30日

”誰一人取り残さないための教育”は、SDGsのゴールの1つでもあり、又、JICAのグローバルアジェンダの柱の1つでもあります。この方針に呼応するように、本プロジェクトでは、誰でもが、いつでもどこでもいくつになっても学べる社会の土壌形成として、多様性への親和性が高い速習型学習プログラム(ALP)や、就業と結びつくプログラムなどを初等・中等、成人識字と幅広く展開しています。

本日ご紹介するのは、生命を受けた際の性別と異なる性別を自認するトランスジェンダーの人々によるALP学習の様子です。

プロジェクトチームは今回ラホールから車で4時間弱の南パンジャブに南下。

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ラホールからムルタンへの道中

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ムルタンの市街地

人口380万人でパキスタン第7の都市、“聖堂の街”として有名なムルタンに到着です。

2017年の調査(注)によると約1万人のトランスジェンダーの人々が国内で暮らしています。

イスラム圏の伝統的な信仰が広がる国々において、同性愛は罪とみなす人も、残念ながら少なからずいます。パキスタンも例外ではなく、文化的な背景から、偏見やハラスメント、暴力、場合によっては殺害されるケースもあります。両親に見放され幼少期から学習機会を与えられず、職に就けない状況にも陥入りやすい傾向があります。多くは物乞い、結婚式やパーティでのダンス、売春などで生計をたてているのが現状です。そのような文化基盤を持つパキスタンですが、社会的な認知と受容において国政レベルの動きは顕著です。

2009年、パキスタン最高裁判所にて、第3の性としてトランスジェンダーの人々への国民IDカードの発給が認められたのを皮切りに、2017年には性別の欄にトランスジェンダーを選択できるパスポートも初めて発給されました。更に翌年2018年、トランスジェンダーの人々の人権保護と社会認知を目的とした法律が国会で可決。教育、医療、雇用、商業、選挙権、職域において不平等な扱いを法律で禁じることになるのです。

(注)パキスタン国勢調査2017年。1998年以来、約19年ぶりに実施された国勢調査の結果、都市部で7,651名、地方で2,767名のトランスジェンダーが登録。(出典:Pakistan Bureau of Statistics)

2017年の調査で約1万人の国内トランスジェンダー人口が記録された一方、2018年の法制定が進む中、より多くの人がカミングアウトをし、2.2億の人口中30万人までトランスジェンダー人口が増加していても不思議ではないと見られています。インクルーシブな社会の第一歩を歩み始めているパキスタン。教育セクターも他国に先駆けた動きがムルタン発で開始しています。

ここムルタン公立女子中学校では、公教育クラスが午前中で授業が終わります。そこで、空いた午後の時間をトランスジェンダーの人々用に割り当て、学校に行く年齢を過ぎてしまった人向けのALPに取り組んでおり、南パンジャブ州政府の教育局次官もモデルケースとして推進、力を入れているところです。

ウルドゥ語(口語)、算数のイロハから学び、将来的にはファッションを始めとするデザイナーを目標としている生徒も多く学んでいます。更に、先生の中には苦しい道のりを歩んできたトランスジェンダーたち自身もいます。現在パキスタン国内でもトランスジェンダーの代表として影響力のある立場、学位、経験を持ち合わせている人達です。

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午後からトランスジェンダー生徒を受け入れている公立女子中高等学校

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ファッションデザイナーになることを目指す生徒

生徒等に、“皆、笑顔が絶えないけども、この学校の何が心地良いの?”と尋ねてみると、間髪入れずに“Acceptance!(受け入れてくれるところ!)”と生徒の一人が手を真っ直ぐにあげ、プロジェクトメンバーの目をまっすぐ見つめて答えました。

そこには、”私たちの存在自体”をありのままに受け入れてくれているという安心感があるのでしょう。そして、自分等のロールモデルとも言える先生に、自分の将来像を重ねることで、安堵と希望が膨らみ続けているのだと見て取れました。国内外のメディアにも取り上げられ、承認されていることを肌で感じていることも一因なのでしょう。

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ロールモデルとなるトランスジェンダーの先生達

パキスタンでは2020年、首都のイスラマバードにて国内初となるトランスジェンダー限定のマドラサ(宗教学校)が開校。気運が高まってきています。

プロジェクトでは、多様なバックグラウンドを持つ人達の教育へのアクセスを促進することに留まらず、ALP-Middle Techと冠した初等教育終了後の職業要素を含む中等教育プログラムも開発中です。今後南パンジャブ州との活動提携を進める中で、多様な社会における学習後の出口も見据えた仕組み作りを継続していきます。本プロジェクトの特徴の一つでもある学習機会への入口と、継続学習による選択肢の拡大については、今後の記事で詳しく触れていきます。

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目指すロールモデルがあることで手にも力が漲る

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学校関係者への信頼も厚い関係性