新たな時代を支える法律 ミャンマー

軍政の終わりとともに、モノ・サービスが自由に取引される市場経済に移行したミャンマー。
残された課題は、古いままの法制度と法律分野の人材育成の遅れだ。
新たな時代を歩み始めた同国の法整備に日本が協力している。

不変の法典からの脱却

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ネピドー

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2014年7月に最高裁判所の研修施設で行われた新任判事補研修でのグループディスカッション

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ヤンゴンの高等裁判所で、事件の記録を見ながら議論する小松さん(左から2人目)

長い軍政を経て、2011年に新政府が発足したミャンマー。市場経済化の道を歩み始めた同国は、アジアの"ラストフロンティア"として、日本のみならず各国企業の注目を集めている。しかし、そこには課題が残されている。法・司法制度の改善だ。

ミャンマーで現在使われている法律のほとんどは、1947年の独立以前、英国の植民地時代に制定されたもの。100年以上も前の法律が今もほとんど形を変えずに使われているのだから、さまざまな場面で不都合が生じることは容易に想像がつくだろう。

「例えば、ミャンマーの既存の会社法は、会社の目的を定める"基本定款"を変更する際に、裁判所や大統領の許可を取らなければいけないとしているんです。これでは、経済の状況に応じて会社が柔軟に事業内容を変えることができなくなってしまいます」。そう指摘するのは、JICAが同国で実施する法整備支援プロジェクトの小松健太専門家だ。

日本で弁護士として企業法務を担当していた小松さんは、2013年からJICAの国際協力専門員として法整備支援に協力。現在、ミャンマーの首都ネピドーに駐在して3年目になる。

連邦最高裁判所と連邦法務長官府を対象とするプロジェクトの主な目標は二つ。一つ目は、法案の起草・審査能力を向上すること、もう一つは、法律を運用する人材の能力を向上することだ。最高裁判所は、民事訴訟法や刑事訴訟法など52の法律を所管し、それらの改正法を起草する権限を持っている。一方の法務長官府は、各省庁が起草した法案を審査する役割を担う。

取り組みの特徴は、法案の起草や人材研修の在り方など、テーマごとに日本の専門家と現地職員がワーキンググループ(WG)を構成している点だ。「法案審査のWGでは、条文に不明確なところがないか、他の法律と整合性は取れているかなど、法務長官府の職員たちに問題を提起しながら議論を促しています」と小松さん。日常的な議論を通して、現地職員らの問題意識を把握できるため、ニーズに合った協力ができるのがWGの利点だという。

加えて、日本の法整備の経験も強みになっている。日本は明治維新後、欧米諸国の法制度を比較検討しながら取り入れてきた。そのため、日本の専門家は、相対的な視点で各国の法制度を提示し、それを国に合うようにカスタマイズすることの必要性を伝えることができるのだ。

人々のための法律を

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ネピドーに駐在しているJICA専門家たち(昨年6月)

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昨年2月にネピドーの最高裁判所で、活動のレビューと年間計画を立てるミーティングが行われた

これまでの軍政下で、ミャンマーの政治は時の権力者の意向に左右されてきた。その上、1988年の民主化運動に法学部の学生が多数関与していたことから、ヤンゴン大学の法学部が閉鎖されるなど、法学教育は政府に警戒されていた。「また、法律は人々を取り締まるための道具として認識されているため、法案は秘密裏に起草され、議会に提出された後で初めて利害関係者から意見が出されます。その調整に手間取ることも多々あります」と小松さん。

そんな同国に、民主的な手法で法案について広く議論できる下地をつくり、十分な知識を持った人材を育てることが、小松さんらプロジェクトチームの使命だ。

「赴任当初、法務長官府は、法案を私たちに見せることにも抵抗を示していました。でも、文化的背景に配慮しつつ、忍耐強く新しい方法を伝えていったところ、今では多くの職員が、法案の作成段階で関係者から広く意見を聞くことの必要性を認識し始めています」。さらに、最高裁判所と進めている知的財産に関する訴訟制度の改善などを目指すプロジェクトでは、WGが議論した方策をインターネットで公開し、パブリックコメントを募集する計画もあるという。

プロジェクトでは、日本での研修も実施している。昨年は、会社法を所管する国家経済開発省の投資企業管理局と、それを審査する法務長官府、将来的に会社法を適用して裁判事務を行うことになる最高裁判所の三つの機関職員を招き、法案への理解を深める場を設けた。研修に参加した法務長官府の職員は、「具体的な係争を想定した研修を通して、現在の条文案が適切かどうか考える機会になりました」と話す。

ミャンマーの裁判官や政府職員の法に対する考え方は、プロジェクトを通じて徐々に変化してきている。「その変化をできるだけ大きな流れにつなげていくことが今の目標です。7月から新たに民事紛争解決メカニズムを改革する取り組みも始まりました。人々の権利を保護するという裁判の重要な機能に関わるこの活動も、やりがいあるものになるでしょう」と小松さんは意気込みを新たにしている。