企業と共にSDGsについて考え、進む キリン×損害保険ジャパン日本興亜×JICA

社会課題の解決に民間企業が果たす役割への期待が高まっている。SDGsへの貢献を掲げる企業2社と、開発途上国の国際協力に長年取り組んできたJICAが、本業としてのビジネスを通じた社会課題の解決や異業種間パートナーシップの可能性について議論した。

(左)キリンホールディングス株式会社 グループCSV戦略担当主幹 森田 裕之さん/(中)SOMPOホールディングス株式会社・損害保険ジャパン日本興亜株式会社 CSR室 特命課長 小川 慶章さん/(右)独立行政法人国際協力機構(JICA) 企画部SDGs推進班 参事役 紺屋 健一さん

社会課題に挑戦する企業

紺屋
JICAはSDGsの達成のために民間企業や市民社会とのパートナーシップを強化していきたいと思っています。損害保険ジャパン日本興亜株式会社は、気候変動による農業生産の損害に対応する「天候インデックス保険」をアジアで展開されていますし、キリン株式会社はアルコール販売事業を行っていることからSDGsのゴール3の「健康」に注目されていますよね。それぞれの取り組みをご紹介いただけますか。
小川
2010年からタイ東北部の農家向けに天候インデックス保険を販売しています。これは気温や降水量など、農家の損害と関係する天候指標を事前に定め、その条件を満たした場合に保険金を支払う仕組みです。一般的に知られている火災保険などは、損害の程度を実際に確認した上で、お支払いする保険金の額を確定しますが、天候インデックス保険は事前に定めた天候指標を基に条件を満たした際に定額の保険金をお支払いするため、損害発生時に被害状況を確認する必要がありません。よって、お客様にとっては保険金額が事前に分かる上、早期に受け取れることがメリットとなります。東南アジアでは国内総生産(GDP)に占める農業の割合が高く、気候変動の影響は国全体に被害を及ぼします。天候インデックス保険はそうした問題の解決に貢献する商品です。
紺屋
貧しい農民のための保険という特徴に加えて、迅速に保険金を支払える仕組みは合理的・効率的ですね。森田さんはいかがですか。
森田
キリンは、本業を通じた社会と自社の共有価値の実現(CSV)を目指して、1)酒類メーカーとしての責任、2)健康、3)地域社会への貢献、4)環境—の4つの重点領域で取り組みを実施しています。そのコミットメントはSDGsを意識しています。中でも注力しているのは「健康」です。当社のグループ会社に医薬メーカーの「協和発酵キリン株式会社」があり、医薬とバイオケミカルの分野で研究や商品開発を行っています。この先端医薬の技術も生かしながら、飲料メーカーとして、おいしい飲み物による未病・予防領域での貢献から医薬品による罹患後の治療まで、一貫してお客様の健康を支えられる点が当社の強みです。

「新しいこと」と気負う必要はない?

紺屋
健康領域を中心に、さまざまな取り組みをしているのですね。お二人は、SDGsはビジネスの拡大につながるとお考えですか。
森田
キリンはSDGs採択を機に新たに事業を展開したわけではありません。ただ、自分たちの仕事をSDGsの文脈で捉え直すことで、グローバルに貢献している実感を持てるようになったのは確かです。まずは日々の仕事の中で社員がそう感じられる局面を増やしていくことが大事ではないでしょうか。「SDGsのために何かやらなければいけない」ではなく、「事業を通じて貢献しているんだ」という気付きを促すなど、肩の力を抜いて考えても良いのではないかと思っています。
紺屋
確かに、“SDGsは新しいこと”“ビジネスチャンス”とばかり意気込む必要はないのかもしれないですね。
小川
私たちも、タイで天候インデックス保険の販売を始めたのはSDGs採択の5年前ですから、SDGsをきっかけに新事業を展開したわけではありません。もともとある事業にSDGsが浸透することで、新たな商品・サービス開発のきっかけになるのだと思います。

社内でSDGsをどう広めていくか

紺屋
「途上国やSDGsについてよく知らないから何をすれば良いか分からない」と悩んでいる企業も多いようです。
小川
私はSDGsを前提に商品を開発しようとする必要はないと思っています。なぜなら、本業を通じたSDGsへの貢献は、あくまでも自社の強みを伸ばしていった先にあると考えるからです。当社では経営陣が率先してSDGsに関連する取り組みを推進していますが、社員レベルでは認知度が十分ではありません。そのため、企画担当部門向けの社内研修でもSDGsをテーマとするなど、さらなる浸透に向けて取り組んでいるところです。
森田
当社も同様で、社員がSDGsを認識するまでにはまだ時間がかかるでしょう。その一方で、今年から年度計画や中期計画にSDGsと連携したCSVコミットメントを組み込んだため、社員が意識せずとも、事業戦略として間接的にSDGsが実践される仕組みになっています。
紺屋
上流で仕組みを整えるのは大事なことですよね。JICAも今年度始まる中期計画からSDGsの視点を取り入れています。
森田
各グループ会社の社長やコーポレートの戦略機能責任者を集めて、そうした計画を改めて周知・確認する機会も設けました。各論になるほど意見は割れやすくなりますから、計画だけでなく、それを実施する仕組みも丁寧に議論していくことが必要です。

パートナーシップの可能性

紺屋
自社内での取り組みに加えて、パートナーシップを組めばより大きなインパクトが生まれ、利益にもつながるのではないでしょうか。JICAに期待することがあれば教えてください。
小川
タイ以外の農業国でも天候インデックス保険を役立ててもらいたいので、JICAの農業分野の部署と連携していきたいですね。当社からも情報提供ができるのではないかと思います。インドネシアでは、子どもの支援を専門とする公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンと協働し、子どもが巻き込まれる交通事故が多発しているバンドン市で小中学生とその保護者、教職員を対象に交通安全教育を行っています。約3万人の方に参加いただいている他、学校周辺の交通安全設備の整備も行っています。
森田
キリンが事業を継続する上では、アルコール問題に正面から取り組んでいくことが欠かせません。今年5月には、社長以下経営陣が神奈川県久里浜にあるアルコール依存症専門の医療施設を訪問し、医師と直接話をする中でこの問題を真摯に受け止め、しっかりと向き合っていく思いを再確認してきました。自社にとって重要なテーマだからこそ、社外の見識に耳を傾け、手を携えて取り組んでいければと思っています。アルコールについては、SDGsのゴール3でも触れられていますし、豊かな飲酒文化を醸成しつつ、リスクにも対応していくつもりです。
紺屋
一歩踏み出して他の団体と連携してみると、自社で従来の枠組みの中で考えていたときよりも大きな効果や新たな価値を生み出せるものですよね。
森田
今年、スリランカとミャンマーを訪れました。その際、各所で現地の方からJICAの協力の話を伺い、開発途上国におけるJICAの存在感は計り知れないと実感しました。途上国ビジネスでJICAと組めば、その効果は最大化されると思います。
紺屋
企業の方々にとっては、法律の未整備などが気になるところだと思いますが、JICAはそうした途上国ビジネスのリスクを低減していくだけでなく、ビジネスの社会的価値を最大化する段階でも企業と連携していきたいと思っています。

企業から見たSDGsの可能性と課題

小川
今年の新入社員に2030年の日本社会において当社ができることを考えてもらったところ、介護分野で事業を展開し、成功事例を海外に広げるといった意見が複数出ました。既存の保険事業の枠を超えたアイデア、かつ世界に貢献しようという感性は私の世代の入社当時にはなかった視点です。彼らには今後の取り組みの推進力として期待しています。
森田
私も大学などで講演する機会がありますが、今の若い世代はフェアトレードやエシカル商品、地球の未来への関心が高いと感じます。一方で、広く消費者にSDGsやCSV の視点が浸透するまでにはまだまだ時間がかかると思っています。その原因の一つは、こうした潮流に対するメディアの関心が薄いこと。自社ホームページと商品だけでは、本業を通じた社会価値創造の実態を十分かつ直接的に理解してもらうことは難しいのが現状です。
紺屋
お二人から若い世代への期待という話が出ましたね。企業とJICAが連携して、SDGsや社会貢献事業に関する社内教育を実施することもできるかもしれませんね。啓発から事業まで、幅広く協力関係を構築していけたらと思っています。