【TICAD30年】重要性が高まるアフリカとの連携強化に向けて 田中理事長インタビュー

2023.08.23

日本政府の主導で1993年に始まったTICAD(アフリカ開発会議)が、今年で30年を迎えます。これまで8回を数えるTICADでの議論を通じ、日本は常にアフリカ諸国に寄り添った開発協力を続けてきました。気候変動、パンデミック、ロシアによるウクライナ侵略など、複合的危機の時代と言われる今、アフリカへの取り組みはどうあるべきか。国際社会におけるアフリカの重要性やTICADの意義、そして対アフリカ関係におけるJICAの役割を、田中理事長に聞きました。

インタビューに答える田中理事長

田中明彦JICA理事長

「アフリカ」という国はない。とてつもなく広く、多様性と可能性にあふれた集合体だ

――JICA理事長として自らアフリカ各国を訪問される中、現地で感じたアフリカの可能性や課題についてお聞かせください。

田中 2022年にJICA理事長に再就任し、最初に訪れたのが南スーダンです。2012年の独立直後からJICAが協力してきたナイル架橋の完工式に出席しました。度重なる紛争やコロナ禍による3度もの中断を乗り越えた10年越しのプロジェクトです。しかも当日は、長年対立関係にある大統領と第一副大統領も参加しました。「フリーダム・ブリッジ」と命名された通り、この橋が南スーダンの自由と平和の象徴となることを期待するとともに、南スーダンの将来への可能性を感じました。

南スーダンの大統領と副大統領と田中理事長が談笑する様子

ナイル架橋の完工式に出席した田中理事長(中央)、キール大統領(左)、マシャール第一副大統領(2022年5月)

アフリカ諸国のうち、これまでに訪問したのは20カ国ほどですが、現地で実感したのは、アフリカはとてつもなく広大で、とてつもなく違うということです。一言で「アフリカ」と呼べる場所はなく、言葉、気候、宗教、国民性など、国によって実にさまざま。その広大さ、多様さがアフリカの大きな魅力と言えます。

一方、近年は気候変動に由来する自然災害の頻発、新型コロナ蔓延による医療事情の悪化、ロシアのウクライナ侵略に端を発するエネルギーや食料価格の高騰、世界的なインフレと先進国の金利上昇による途上国の債務問題の悪化などで、多くの国で情勢が不安定化しています。数多くの国は「人間の安全保障」が脅かされる深刻な状況に瀕しており、これをどう乗り越えていくかが課題です。

――国際社会が複合的な危機に直面する今、アフリカの重要性が高まっていると言われるのは、なぜでしょうか。

田中 一つは人道的危機への対応です。これは当然対処しなければならない、人類共通の課題です。国際社会が目指す2030年のSDGs(持続可能な開発目標)達成においても、アフリカが抱える極度の貧困人口の削減は不可欠です。

もう一つが人口増加です。現在、アフリカ全体の人口はインドや中国と同じ約14億人ですが、2050年には約25億人にまで増加すると言われています。将来的には巨大なマーケットになることが期待され、地球の中で最もダイナミックに発展する地域となるでしょう。成長する可能性が高いアフリカの潜在性を開花させることは、先進国を含め、世界の長期的な繁栄や安定を考える上で大変重要なことです。

アフリカとの対話を通じ、信頼関係を築いてきたTICAD

――1993年に始まったTICAD(アフリカ開発会議)が今年で30周年を迎えます。日本とアフリカの協力枠組みであるTICADの意義について教えてください。

田中 TICADが始まった当時、日本はアフリカとそれほど強いつながりはありませんでした。しかし、30年前に長期的に成長の可能性があるとされていたアフリカとの関係を深めるために対話の枠組みをつくったのは賢明な選択でした。また、30年という長い期間をかけてアフリカとの対話を通じて信頼関係を築いてきたことは大変重要だったと思います。

TICADは、いわゆる先進国が途上国を援助するのではなく、アフリカの指導者や人々の意見を聞きながら、さまざまな問題に一緒に対処しようというアプローチをとってきました。当初より国連や世界銀行といった国際機関と共同開催するなど、他国が現在進めているアフリカとの対話の枠組みと比べて、より開放的な形になっている点も特徴です。

2000年代に入り、アフリカで民間投資の重要性に対する声が高まってきたことを背景に、現在TICADは開発協力のみならずアフリカの経済・社会発展にさらに広い形で貢献していくことを話し合う場となっています。

TICAD8出席者の集合写真

2022年8月、チュニジアの首都チュニスで開かれたTICAD8。アフリカでの開催は2016年にケニアで開かれたTICADⅥ以来2回目。

――TICADを通じた長年にわたる日本の協力は、アフリカが直面する複合的な危機からの復興にどのように役立つでしょうか。

田中 重要なのは、中長期的に見て、危機にどのように耐えることができるかという視点です。莫大なお金を投じて、一気に何かをやるというよりも、人材育成や技術・ノウハウの積み重ねを通して状況を改善し、危機に対処していく方法を広く普及させる方が、社会全体の強靭性を強めていくことに役立つと考えます。

インタビューに答える田中理事長

アフリカの成長を促す基盤づくりを進め、さらなる連携強化を支えるJICAの役割

――TICADの歴史とともにJICAが日本とアフリカの連携強化において果たしてきた具体的な取り組みについて教えて下さい。

田中 人口増加に備えて立ち上げたのが「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」です。2008年のTICADIVで表明され、2018年までの10年間でコメの生産量倍増を実現しました。2030年までにさらに倍増させる計画です。資金を大量に投入するのではなく、効率のよい稲の植え方やかんがいの仕組みなど、細かいノウハウを伝えることで、収量の向上を進めています。

人材育成における代表的な取り組みとしては、2013年のTICADVで提唱された「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)」があります。日本の大学での修士号取得と企業でのインターンシップの機会を提供するプログラムで、これまでに1,600人以上が参加しています。帰国後は多くの修了生が日本企業とのつながりを維持し、母国で起業したり、日本企業との仲介役を担うなど、まさしく日本とアフリカの架け橋になっています。

水田の稲穂を観察する日本人専門家とカメルーンの人々

米の消費量が増えているカメルーンで、水田における稲穂の観察方法を指導する日本人専門家(写真提供:PRODERIP)

職人から技術を学ぶアフリカからのインターン生

ABEイニシアティブに参加し、インターンとして日本企業の職人から指導を受けるモーリタニアからの研修員(写真提供:株式会社サンテック)

製造業育成のため、日本式の品質・生産性向上の手法を取り入れた「カイゼン」プロジェクトも、2000年代のチュニジア・エチオピアを皮切りに、2016年のTICADVI以降、多くのアフリカ諸国に広がっています。現地の事情に合わせて、どうしたら無駄なく効率よく生産できるか、日本人専門家が丁寧にアドバイスしています。

どの取り組みもJICAだけで行っているわけではありません。JICAの取り組みに対して国内の民間企業や大学から協力を得ているほか、それぞれの国や開発機関などと共に進め、ある国の好事例が他国に波及していく形で広がっています。

――アフリカの将来的な成長や社会経済の安定化に向け、JICAは今後どのような取り組みに注力していきますか。

田中 アフリカ側からは民間投資の底上げを期待する声が高まっています。それには、日本の民間企業がアフリカできちんとビジネスできる基盤をつくることが不可欠です。しかしインフラ整備や制度・仕組みづくりなど、アフリカ諸国の政府だけではそうした基盤を整備することは難しい。このような基盤づくりにJICAのような開発機関が協力していくことが必要だと考えています。

中でも、広大なアフリカの国々を結ぶ「コネクティビティ(連結性強化)」への取り組みは重要です。港湾、道路、送電線などのインフラを整備し、沿岸部と内陸部、都市部と農村部の格差を是正させるために、「回廊(コリドー)」と呼ばれる重要幹線の整備を進めていきます。

他には、アフリカ発のスタートアップ(新興企業)支援があります。スタートアップ企業の成功率は低いかもしれません。ただ、失敗を恐れていては、本当に成長するスタートアップは生まれてこない。ですから、まずは挑戦を可能にする「シード(種)」となる資金へのアクセスや、スタートアップの挑戦を支える関係機関の能力強化や制度整備などのエコシステム構築支援を行うことが大事です。

今後のアフリカの開発では、IT(情報技術)やAI(人工知能)など、新しい技術をどう活用するかも重要です。アフリカでは、先端技術を導入することで、欧米や日本、アジアと同じ道筋を踏まずに、経済・社会システムを一気に進展させる動きが生まれています。ケニアでは、携帯電話の普及により、銀行口座を持たない人でも少額の送金ができるサービスを、世界で初めて実現しました。こうしたイノベーションへの支援は、アフリカの今後の可能性を大きく支えることになります。

インタビューに答える田中理事長

――アフリカに対する日本の協力は、世界の安定や繁栄にどのようにつながっていくのでしょうか。

田中 今の複合的危機というのは、離れていてもつながっています。例えば、気候変動の問題は地球全体で温室効果ガスが減らないと、日本を含む世界各地に異常気象や自然災害をもたらします。地球上のどこかで持続可能性を脅かす活動が行われれば、それは日本にいる私たちに直結するのです。

また、アフリカの社会課題に現地の人々と協力して取り組んだ成果やイノベーションが、今後はアフリカだけにとどまらず、日本そして世界の生活を向上させる可能性もあります。アフリカで活動していた海外協力隊員が、日本に帰国後、スタートアップを立ち上げ、アフリカと日本との関係を丁寧に築いている例も多数あり、実は日本にとってアフリカは、かなり身近になってきていると私は感じています。

ますます重要性が高まるアフリカと向き合い、さらに強固な関係を築いていくと同時に、今、アフリカで起きているダイナミックな変化を良い方向にもっていけるよう、後押ししていきたいと思います。

TICAD30年シリーズ

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