英文書籍『Human Security and Empowerment in Asia: Beyond the Pandemic』出版記念セミナー開催

2024.03.12

新型コロナウイルス感染症の大流行は世界の発展に大きな後退をもたらし、人間の安全保障に対する前例のない課題を明らかにしました。人間の安全保障に対する脅威が複雑化する中、JICA緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)は、東南アジア地域と日本で脆弱な状況にある人々が経験したエンパワメントについての取り組みや課題に焦点を合わせた研究プロジェクト「東アジアにおける人間の安全保障とエンパワメントの実践 」を2019年から実施しています。その集大成として、英文書籍『Human Security and Empowerment in Asia: Beyond the Pandemic 』が2023年10月に発刊されました。

同書籍の発刊を記念し、同年11月30日に、JICA緒方研究所と上智大学はセミナーを開催しました。JICA緒方研究所の宮原千絵副所長と上智大学人間の安全保障研究所の青木研研究所長によるあいさつに続き、同書籍の編者3人がこれまでに得た教訓を人間の安全保障の実現に向けてどう生かせるか議論しました。

重要性が増す横の連携と縦のコミュニケーション

同書籍の共同編者の一人であるJICA緒方研究所の峯陽一 研究所長は、まず、アジア11ヵ国を対象に実施した同研究プロジェクトの概要を説明しました。約50 人の研究者と開発分野の実務者が携わっており、文献調査、関係者へのインタビュー、フィールドワークを組み合わせて実施された同研究プロジェクトの結果を詳しく説明しつつ、「国際援助が受け入れられるためには、平時より両国間に強固な相互の信頼が築かれていることが不可欠」と強調しました。また、峯研究所長は横の連携の重要性も強調しつつ、草の根の声を丁寧に拾い上げる縦方向のコミュニケーションが重要だと指摘しました。最後に、過去と現在の人間の安全保障に関する研究プロジェクトを結びつけ、人間の安全保障に対する主な脅威の複雑さを分析し、再定義することが必要だとし、新型コロナウイルス感染症の大流行を独立した事象としてではなく、人間が自然に及ぼす影響の増大という文脈から捉える必要があると主張しました。

人間の安全保障に関する研究プロジェクトについて説明したJICA緒方研究所の峯陽一所長

保護とエンパワメントのつながりを解き明かす

次に、同書籍の共同編者の一人である南洋理工大学(シンガポール)S. ラジャラトナム国際関係大学院のメリー・カバレロ=アンソニー教授は、新型コロナウイルス感染症の大流行という世界的な危機が、経済安全保障、食糧安全保障、環境安全保障、個人の安全保障にもたらした横断的な影響について説明しました。そして、書籍でとりあげた特定の脆弱なグループのエンパワメントに関するケーススタディーを紹介しました。インドネシアのケーススタディーでは、緊急現金給付プログラムが最も効果的な手段であり、現金を得て飢餓状態を脱しただけではなく、それを元手にして、最終的にビジネススキルを向上させた受益者もいたことが分かりました。また、迅速な住宅供給プログラムによって避難民コミュニティーが生活できる環境が用意されたことが、コミュニティーの能力構築とレジリエンス強化に役立ったとしました。カバレロ=アンソニー教授は結びとして、「脆弱なコミュニティーは、保護を必要としているものの、エンパワメントを生み出す包括的な変革プロセスの形成において、活発で積極的な役割を果たしている」と述べました。

南洋理工大学S. ラジャラトナム国際関係大学院 のメリー・カバレロ=アンソニー教授

本来であればこの次に、本書籍の共同編者の一人であるJICA緒方研究所の石川幸子 客員研究員(立命館大学教授)によるプレゼンテーション映像が放映される予定でしたが、技術的な問題により、再生できませんでした。石川客員研究員のプレゼンテーションは、同書籍の 8 つのケーススタディーで示されたエンパワメントに焦点を合わせた内容でした。具体的には、エンパワメントに単一のモデルは存在せず、階級、民族、宗教、性別の違いによってエンパワメント戦略が異なることが事例研究から明らかになったとし、今後起こり得る新たなパンデミックに対応する際には平時からの備えが必要であり、真に必要な支援を最も脆弱な人々に届け、エンパワメントと保護を組み合わせることで人間の安全保障を推進する取り組みを強化すべきとしました。
(※石川客員研究員のプレゼンテーションを含む本セミナーの動画は、ページ下のリンクからご覧になれます)

ケーススタディーからの学びを発表したJICA緒方研究所の石川幸子客員研究員

人間の安全保障の実現を目指して

続いて、立命館大学の足立研幾教授と、JICAガバナンス・平和構築部平和構築室の島田具子副室長が同書籍に対してコメントしました。

足立教授は、人間の安全保障に関する既存の研究は、主にその概念を発展させることに重点を置いており、人間の安全を守りエンパワメントを実現することへの実際的な取り組みは不十分であるという同書籍の主張に同意しました。そのため、保護とエンパワメントをめぐる問題に直接取り組む上で、同書籍は非常に貴重だと述べました。その一方で、同書籍ではトップダウンまたは政府主導のエンパワメントに大きな重点が置かれており、ボトムアップのエンパワメントの重要性が見落とされている可能性があるとも指摘しました。

島田副室長は、脆弱な地域の地方行政官の能力向上に対するJICAの協力アプローチの例を挙げ、同書籍の研究結果は実際の現場での取り組みと親和性があると述べました。

コメントを受けて峯研究所長とカバレロ=アンソニー教授が回答し、こうした意見は貴重であり、人間の安全保障とエンパワメントに関するさらなる研究への意欲を高めるものだとの認識を示しました。

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