プロジェクトニュース_27

2017年7月18日

Human Dimensions(人間事象)セミナー実施

Human Dimensionsというのは聞きなれない言葉だと思います。しかし人々の協力を得ながら生物多様性保全活動を進める上で、決して欠かすことのできないたくさんの重要な要素がこの言葉には含まれています。2017年7月初旬、MAPCOBIOはHuman Dimensionsに特化したセミナーを開催しました。今回のプロジェクトニュースではこのHuman Dimensionsとセミナーの様子について取り上げたいと思います。

Human Dimensionsとは?

私たち人間は生物多様性の豊かさがもたらしてくれる様々な財やサービスを基盤とし、日々の生活を営んでいます。しかし皆さんご存知のように生物多様性は脅威にさらされており、その多くの原因は我々人間活動に起因すると考えられています。豊かな自然環境と人間の活動が重なる地域において、人間側の都合を優先するあまり、生物多様性が減少していってしまうのです。そして、そのような脅威を減少、削減し生物多様性を保全していくことができるのも、また、我々人間のみです。Human Dimensionsとは、このような課題の原因であり解決策でもある私たち人間自身の行動に焦点を当てた学問・活動分野です。

もう少し具体的な例でご説明します。コスタリカの森に存在しているジャガーは生息地の減少や狩猟によって個体数が減り、希少な種であると考えられています。このジャガーの保全をするためには、どうして人々がジャガーの生息地である森林を伐採し、また狩猟という行為を行うのか理由や動機を知る必要があります。そして、それらの行動を変えてもらうにはどのようなアプローチがより有効なのかを考えてゆく必要もあります。日本であれば、森林伐採や狩猟を禁止する法律を作ればよいのでしょうが、途上国ではそのような法律を作ったとしても必ずしも順守されるとは限りません。そのような社会的背景においてはもう少し根本的な原因を把握し、対策を取る必要があります。では、人々が森林を伐採したりジャガーを殺傷したりする動機にはどういったものがあるのでしょうか。経済的な必要性から木を切る必要があるのか?伝統的な生活様式を保つために木を切るのか?飼っている牛が襲われて殺されてしまうからジャガーを殺すのか?それとも、文化的にジャガーを殺すことが一人前の男として認められるからなのか?そして、動機を知った後は、その動機にアプローチをし、森林伐採やジャガーの捕獲をやめてもらうためにはどのような手段がより有効なのかを考え、実践する必要があります。このような原因の究明とそれに対する対処方法をより科学的、理論的に行うためには、生物学、生態学、心理学(社会・認識・行動)、経済学、社会学、文化人類学などの様々な分野の知見を統合的に扱い、法律や政策、文化や慣習についても加味しつつ課題解決に向けて順応的なアプローチをとってゆく必要があります。そうすることによってより良い野生生物の管理や保全を行うことが出来るのです。この、非常に学際的な研究分野、活動分野のことをHuman Dimensionsといいます。

Human Dimensionsセミナー

このようなHuman Dimensionsの概要を知ってもらうために、今回のセミナーではラテンアメリカにおける当該分野の第一人者であり、ブラジルにおけるジャガーと人間の対立関係とその解決に向けた研究を続けてきたサンパウロ大学のシルビオ・マルチーニ教授を講師としてお招きし、Human Dimensionsの基本的な考え方や問題解決に向けたアプローチについて5日間の講義を行って頂きました。セミナーにはSINAC側からは全国各地の保全地域やSINAC本庁から計21名、そしてホンジュラスでJICAが実施しているラ・ウニオン生物回廊プロジェクトからも2名が参加しました。

具体的なプログラムとしては、初日はHuman Dimensionsとは何かという概論、2日目は具体的な事例紹介と人間はどのように自分の行動様式を決めるのかという社会学、心理学の理論の紹介、3日目は行動やその動機を知るための調査・分析手法の紹介が行われました。4日目は、人々の行動を変えるにはどのようなアプローチが有効であるのか、また、我々が行った保全のための活動はどのように評価されるべきかについての紹介が行われました。そして5日目は全体のまとめといった流れでした。プログラムは各テーマに関する講義と、それを基礎としたグループワークからなっていました。参加者の多くは自然科学系のバックグラウンドを持っていることから、研修の初めのころは、初めて触れる社会学や心理学の理論に戸惑いを見せていましたが、途中からはSINACの職員が各自の所属する保全地域の状況などを基に、どういったアプローチをとることで地域の人々の行動変容を引き出せるか、人々の生産活動において生物多様性保全の主流化を図ることが出来るか、野生生物と人々の間に存在する問題を解決できるか等、様々なテーマで活発な議論や意見交換が行われ、日々の自分たちが行っている活動に、どうしてHuman Dimensionsに関する知識やアプローチが必要なのかを理解してくれるようになりました。

Human Dimensionsは先にも述べた通り様々な分野の知見を組み合わせながら活動を展開してゆくものです。活動地や保全対象によってアプローチが全く異なることも少なくありません。これを現場でどう生かすのかは、現場を熟知するSINACの各職員の腕の見せ所ではありますが、もちろんプロジェクトとしても残りわずかな期間、できることはフォローをしていく必要があると考えています。

また、マルチーニ講師からは、参加型保全活動に関するコスタリカのレベルの高さ、それに対して協力をしているJICAへの評価があり、次回はぜひSINACの職員が講師となって、ブラジルの関係省庁に対してコスタリカの経験を共有して欲しいという提言もいただきました。

最後になりましたが、大澤専門家、本田専門家からも参加型生物多様性保全についての講義が行われ、専門家としての面目を保った他、ホンジュラスで実施中のラ・ウニオン生物回廊プロジェクトの概要や意義について、ホンジュラスの環境省(Mi Ambiente)のカウンターパートや田中専門家から発表してもらったことも付け加えておきます。

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シルビオ博士によるHuman Dimensionsの講義

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グループワークの様子

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グループワークの結果発表の様子