北澤豪 インドネシア訪問記(2008年10月)

「こんなにも幅の広い多様性を持っている国とは思わなかった。インドネシアという国として一つにまとまっていることを不思議に思うほど」

赤道近くに位置するインドネシアの地を北澤さんが踏んだのは2008年10月。乾季から雨季に移り変わりつつあるものの、日中の日差しは強く、厳しい。そんな強い光が、北澤さんの笑顔には驚くほど良く似合う。

1万7千を超える島々のうち、北澤さんはスラウェシ、バリ、ジャワの3つの島を訪れた。

夢をつかむための場所は大切に

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ゴミ拾いをする北澤さんと子どもたち。「自分が出来ることからしていこう!」北澤さんの気持ちが子どもたちに伝わった瞬間だ。

スラウェシ島の南部、ゴワ県では、保健分野で活躍する青年海外協力隊員と現地小学生たちがサッカー、元・日本代表選手の北澤さんの訪問を今か今かと待っていた。サッカー大会が開かれるのだ。姿を現した北澤さんの到着に子どもたちが一斉に声を上げた。しかし、歓迎を受けた北澤さん目には、色とりどりのビニールや紙が散乱しているグランドが真っ先に目に映った。

「サッカー選手になりたければ、グラウンドはそのチャンスを掴む、とても特別な場所。自分の夢をつかめる場所は大切にしないといけない」

北澤さんの声掛けのもと、グラウンドのゴミ拾いが始まった。北澤さんの真剣な表情と言葉に子どもたちも背中を押され、グラウンドはあっという間に鮮やかな緑一面を取り戻した。

グラウンドからゴミが消えると、いよいよサッカー大会がはじまった。「ゴール決まったよ!声出して喜ぼう!」観客席に座る学校の先生の鋭い視線が気になるのか、少し緊張した子どもたちの表情が北澤さんの掛け声で和らぐ。

「ここの子どもたちはカンボジアの子どもたち(注1)に似た鋭いまなざしを持っているね。国が成長しているパワーを子どもたちも感じ取っているのかな。子どもたちが夢を持つきっかけとなるようなチャンスをサッカーを通じてこれからもつくっていければ」

そんな印象を語る北澤さんは大会終了後、子どもたちに新品のサッカーボールと自身で制作した絵本「SITIと魔法のスパイク」(注2)がプレゼントされた。

(注1) 北澤さんは「THE FOOT」というボランティア団体を立ち上げ、カンボジアの子どもたちへ小学校の建設や、サッカーボールの寄贈、サッカーを通じた交流を続けている。

(注2) 占い師から手渡された魔法のスパイクでサッカー少年が活躍していくというストーリー。SITIとはインドネシアに多い子どもの名前で、子どもたちにプレゼントされた絵本にはそれぞれの名前が当てはめられていた。北澤さんの思いやりが伝わる。

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多くの観客が見守る中、北澤さんも子どもたちも、たくさんの汗を流した

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チームのキャプテンにサッカーボールをプレゼントする北澤さん

インドネシア安定の裏に日本の存在

スラウェシ島の次は、リゾート地として有名なバリ島に。バリ島が観光客をひきつける魅力の裏には、実はバリ人と日本人の努力がある。今回北澤さんは、その舞台裏を訪れた。

最初の訪問先は、海のすぐそばにある下水処理場。ここは1994年から、日本の円借款支援により建設、整備されてきた。下水処理場が出来たことで、観光客が利用するホテルや土産物店が多い地域の衛生状況が改善され、伝染病など病気の心配が大幅に減った。さらに、下水処理場で汚水のゴミや汚物を取り除かれるので、海の水質が良くなり、生物が生息する環境も取り戻されている。

また、バリ島の海水や生物の生息環境は、マングローブ林が果たしている役割抜きには語れない。水中に複雑に広がる根は小型の魚や甲殻類の居場所を作り、水面から伸びる幹や葉は鳥のすみかに、彼落ちた葉は周辺生物の餌矢や肥料になる。

JICAがインドネシアのマングローブ林保全の取り組みを支援し始めて15年。インドネシア政府とともに蓄積してきた知識と経験を結集させたマングローブ情報センターを訪問した北澤さんは、長い時間をかけて再生したマングローブ林の公園を歩きながら、今にも動き出しそうなマングローブ林から溢れるエネルギーを体中で吸収した。

一方、サーフィンで有名なクタ・ビーチでは、パトロール中のビーチ・ポリス(警察官)に出会った。ビーチでの機動性と暑さ対策のため、制服姿はハーフパンツにサングラスというサーファー顔負けの出で立ちだ。実は、ビーチ・ポリスを始め、インドネシアの国家警察活動の裏には、日本の警察庁による全面的な協力体制が組まれている。

「インドネシアの国の安定のために、日本の警察の力が求められている。日本とインドネシアのこうした関係を日本のみなさんにももっと伝えていきたい」と北澤さん。両国の国交樹立50周年を迎えた2008年に現地を訪れ、インドネシアの安定を支えている日本の存在を知り、アジアが一段と身近に感じる旅となったようだ。

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下水処理タンクを見渡し、「生活に直結していて、しかも自分たちの環境を守っていこう、きれいにしていこうという人々の前向きな気持ちを後押しできるというのは、とても気持ちがいい」と話した

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マングローブ情報センターの木道を歩きながら、マングローブ林に生息する生物を探す北澤さん(一番左)まだ若いマングローブの木を眺め、「今にも動き出しそうだね」と一言。

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ハーフパンツとサングラス、そして日よけ帽を着こなすビーチ・ポリス。2000年に警察が国軍から独立するまで、警察官が市民、観光客にとってこんなに身近な存在になるとは思えなかった。