民間セクター開発グローバル・アジェンダ クラスター事業戦略完成に寄せて

#8 働きがいも経済成長も
SDGs
#9 産業と技術革新の基盤を作ろう
SDGs

2023.06.23

サムネイル
経済開発部 部長 下川 貴生

 JICAは、SDGs達成への貢献と、組織のミッションである「人間の安全保障」と「質の高い成長」の実現に向け、2021年に20の課題事業戦略「JICAグローバル・アジェンダ 」を発表しました。その一つである「民間セクター開発」では、途上国の人々の雇用創出や所得向上の源泉である民間企業の育成や競争力強化、イノベーション、投資促進・産業振興等を目指しています。

 今般、JICA経済開発部民間セクター開発グループでは、多様なパートナー等と連携し、重点的に民間企業育成に取り組むため、①「アジア投資促進・産業振興 」、②「アフリカ・カイゼン・イニシアティブ 」、③「イノベーション創出に向けたスタートアップ・エコシステム構築支援(NINJA) 」の3つのクラスター事業戦略を策定しました。開発途上国の人材が日本で学び母国に帰り、それらの人々との共創等を通じて、開発途上国の民間セクターの活力の取り込んでいくことは、日本の将来にとっても不可欠であり、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)、アフリカ開発会議(TICAD)等の日本政府の基本外交政策の根幹の一つでもあります。こうした考え方に基づき、各戦略では以下の表の指標を掲げ、事業展開を進める方針です。

指標

 各戦略については、「①アジア投資促進・産業振興」ではタイ東部臨海開発等の事例を元に今後のアジアの産業振興のシナリオを整理し、「②アフリカ・カイゼン・イニシアティブ」では世界共通語となった日本発の品質・生産性向上の取り組み「カイゼン」のアフリカ全土での普及を目標に掲げています。「③スタートアップ・エコシステム構築支援」は日進月歩のスタートアップに係る研究や外部有識者の意見を聞きつつ作成しました。それぞれ読み物としても面白いものになったと思います。以下では、これら戦略案をJICA内で、役員、関係部署で色々と議論した際に考えたこと、感じたことを備忘録にしました。

1.「雇用創出」にフォーカス

 2023年4月5日にAjay Banga次期世界銀行(以下「世銀」)総裁が世銀IMF春季会合に合わせCenter for Global Developmentで登壇、総裁候補としての決意表明を行いました。冒頭、戦争や気候変動等のもたらす複合的危機の中、世銀が現在果たすべき役割の1番目に「全ての人、特に若者、女性に尊厳ある雇用を提供すること」を挙げています。世銀のミッションは、貧困削減(To end extreme poverty)と繁栄の共有を促進すること(To promote shared prosperity)ですが、その具体的取り組みとして先ず雇用を挙げた点、開発途上国/民間セクター出身ならではと感じました。4月18日の理事会でも、アフリカの人口拡大等に対する雇用創出の必要性が指摘されていましたが、「働き甲斐ある人間らしい仕事(Decent work):SDGsゴール8」を目指す民間セクター開発支援の重要性を認識しました。

 なお、2023年4月5日付The Economistの記事によれば、アフリカでも出生率が相対的に急速に低下するという指摘もあり(下図)、現在14億人規模のアフリカの人口が更に拡大することは間違いないものの、今後の人口動態変化がもたらす経済、雇用環境の変化にも注視する必要あると考えました。

2.製造業は(特にアフリカで)成長や雇用創出の牽引役となるのか?

 JICA緒方貞子平和開発研究所では、コロンビア大学ジョセフ・E・スティグリッツ教授との共同研究を続けていますが、第5期共同研究では雇用と産業開発をテーマに研究を開始しています。スティグリッツ教授は、研究開始に当たってのインタビューで、かつて東アジアの発展を支えた製造業の雇用吸収力が産業構造変化により低下し、今日、雇用創出が課題のアフリカでは、非製造業(含サービス業(観光業))に加え、労働集約型農業と、その生産性向上のための研究と普及、人材育成等が重要、と指摘されていました。

 こうした製造業振興に依らない産業構造の方向性につき、2023年3月29日付The Economistでは今後の世界経済成長を牽引するインド、インドネシアが、グローバライゼーションの変調や地政学動向に鑑み、「低賃金を活用した製造業振興」モデルとは異なるサービス主導型の経済成長等を目指していると、分析していました。しかし、現状ではいずれも十分な雇用創出には至っていない、とも指摘しています。

 タイ東部臨海開発の成功の一因は、プラザ合意後の急激な円高による日本製造業の海外展開とタイミングが重なり、その後のタイの自動車産業発展につながった、と言われています。今後、アフリカで、アジアのような製造業の対外直接投資ブームが生まれるかは不明な一方、非製造業のみで果たして十分な雇用創出が可能なのだろうか、とも感じます。

 アフリカでは、2021年にアフリカ大陸自由貿易圏(African Continental Free Trade Area: AfCFTA)が始動し、今後段階的な関税撤廃や通関手続の簡素化等を通じ、アフリカ域内貿易の拡大・活性化が期待されています。IMFによれば、アフリカの製品貿易は現状一次加工品比率が高く、製造業は依然弱い状況ですが、AfCFTAにより巨大人口圏の経済統合が進めば域内貿易は最大110%増となると予測、域内バリューチェーンの構築・産業振興が進むのでは、と期待します。2022年12月にワムケレ・メネAfCFTA事務局長が来日した際、JICAとAfCFTA事務局で業務協力協定を締結しました。この協定は、貿易環境の改善や自由貿易を下支えする産業育成等の分野で協力していくことを目的としていますが、アフリカの産業振興のカギとして、JICAも本協定の意義を強く感じます。

3.国際的な低金利と資金余剰といったマクロ経済環境の変調は、開発途上国の民間セクター開発に逆風となるのか?

 現在の国際マクロ経済環境の変化により、開発途上国の民間セクター振興に不可欠な潤沢な資金へのアクセスが困難になっていくのか、JICAとしてどう対応していくべきか、という点も悩ましく感じます。世銀では、本年3月にデイビッド・マルパス前総裁が「Strengthening of World Bank Delivery on Private Capital Facilitation」を表明し、民間セクター育成の新たな取り組み方針として、1)民間セクターへ資本フローを促進するための環境整備(マクロ安定化、ビジネス環境整備)、2)民間投資環境整備のためのインフラ等資本投下の強化、国有企業(SOE)への民間資金流入支援、3)民間投資促進のための金融リスク軽減、を表明しています。JICAとしても、こうした変化に対応し、支援メニューの見直しを進めていく必要があると感じます。

以上

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