安全な水を、もっと多くの人に。水汲み労働の解放から、ケニアの未来をつくる【国際課題に挑むひと・5】

#6 安全な水とトイレを世界中に
SDGs

2023.10.13

《JICAの国際協力活動には、JICA内外のさまざまな分野の専門家が、熱い想いを持って取り組んでいます。そんな人々のストーリーに着目し、これまでの歩みや未来に向けた想いについて掘り下げる「国際課題に挑むひと」。第5回は、ケニアの水問題解決に挑む坂本大祐さんです》

JICA専門家の坂本大祐さん

JICAの専門家としてケニア政府の水・衛生・灌漑省に派遣されている坂本大祐さん

ケニアの地方給水に取り組む水の専門家

10月15日は国連が定める「世界手洗いの日」。日本では古くから手洗いの重要性が教えられてきましたが、新型コロナウイルスのパンデミックは、手洗いが世界で改めて見直される契機になりました。

正しく効果的な手洗いには清潔な水が不可欠。しかし、安全な水の確保は、SDGs(持続可能な開発目標)のひとつにも掲げられる重要な課題です(目標6・安全な水とトイレを世界中に)。言い換えれば、世界にはまだ安全な水を手に入れることが困難な人が多くいる、ということに他なりません。

少しでも多くの人に、安全な水を届けたい──。その思いに突き動かされ、いま、ケニアの中央政府で活躍している人がいます。地方給水アドバイザーとして、2021年からケニアの水・衛生・灌漑省に勤務している坂本大祐さんです。

坂本さんは、JICAの海外協力隊としてガーナに派遣されたことを皮切りに、専門家として、ウガンダやギニアなどアフリカ地域の水問題に一貫して携わってきました。現在は、ケニア政府の地方給水に関する政策立案を支援する立場として、4つの自治体の給水事業に携わっています。

JICAの事業で現地に入る場合、通常は複数の日本人でチームを組みますが、今回、坂本さんは単独で派遣されています。それでも、省内でのデスクワークだけでなく、積極的に地方を回って施設建設に携わるなど、ケニアの人々と協力しながら幅広く活動しているのです。

動力化が地域と人々にもたらすもの

坂本さんは着任後、各地の井戸など給水施設を巡ることから始めました。「首都のナイロビから陸路、道なき道を伝い、いちばん遠いところでは8時間ほどかけて足を運んだこともあります」。そうしてわかったのは、せっかく整備されたのに稼働していない施設が多くある、という実情でした。

その原因を模索するなかで坂本さんは、ハンドポンプを動力化する必要性に思い至りました。JICAではアフリカ地域で水を確保する手段として、20年以上前から数多くの井戸を掘削してきました。その井戸から水を汲み上げるための装置が、ハンドポンプです。

ハンドポンプ

井戸の水を汲み上げるために設置されているハンドポンプ。かなりの労力を要する

ハンドポンプはレバーを押せば水が出てくる便利な装置ですが、たくさんの水を汲み上げるには力が必要で、主に水汲みを担う女性や子どもにとっては重労働でした。また、そうした設備の多くがすでに設置から20年近く経っており、更新が必要なタイミングを迎えていました。ただ、地下の井戸はまだ十分に使えるため、うまく活用するための改修が必要でした。

それと同時に、アフリカ地域では近年、太陽光発電が急速に普及し、かつては高額だった電力を安く入手できるようになりました。機器のメンテナンスに必要な体制もできたことで、さまざまな場面で動力化が加速しています。給水施設についても、ハンドポンプから電気を用いたモーターポンプへと切り替えるニーズが高まるとともに、それを持続的に利用できる環境も整ってきていたのです。

また、井戸を利用する住民たちからは、水汲み労働の軽減を求める声も聞かれました。そのとき坂本さんが思い出したのは、海外協力隊として活動したガーナで、水汲みをする女性から言われた言葉です。「ハンドポンプは大変だから、お金は払いたくない。でも、電動だったらお金を払うよ」

坂本さんは言います。「日本でも1960年代に、地方の動力給水施設が急激に普及したのですが、その原動力となったのは、水汲み労働からの解放だったと考えられています。日本にいるとなかなか気づきませんが、生活の向上という点で、この部分の改善は大きな意味を持っているのです」

ハンドポンプの動力化こそ、いま自分が取り組むべき課題だと認識した坂本さんは、村々を地道に訪ねてまわり、井戸など給水施設の状況を確認して、行政や住民とも対話しながら、モーターポンプの導入や太陽光パネルの設置などを進めていきました。

動力化した給水施設

坂本さんが携わって動力化した給水施設。プリペイド式の料金徴収システムも導入している

これまでに訪れた施設は200か所にのぼり、そのうち約30の施設では、ケニア政府や坂本さんの関わりによりハンドポンプからモーターポンプへの切り替えが完了しました。動力化により短時間でより多くの水を汲むことが可能になった結果、多いところでは給水人口と給水量が4倍に拡大。さらに、新しく井戸を掘るよりもモーターポンプに切り替えるほうが費用対効果が高いことも示したのです。

給水事業は総合力が求められる

給水施設を動力化するためには多くの人の協力が必要です。対象施設の洗い出しから始まり、工事を担当するエンジニア、施設の維持管理者を育成する組織、地方行政との調整も重要な仕事で、それぞれのパートナーとの信頼関係を築くことが求められます。

「そもそも給水事業は総合学問なんです」と坂本さんは説明します。施設の設計は工学、建設後の維持管理体制の構築は組織論、また、料金を徴収して施設を運営する必要もあります。長期的な維持を考えれば財政の側面もあり、さらには、地域理解や住民の意思把握など社会学の領域にまで及びます。

「もちろん私がすべてを動かすことはできません。ケニア政府や水・衛生・灌漑省の行政官への説明も重要ですし、何よりも、現地の人たちとの対話が欠かせません。ケニアでもオンライン会議は増えていますが、些細な会話でも、やはり直接会って話をすることが大事だと実感しています」

給水施設を見てまわる地域住民、地元行政官、坂本さん

地域の住民や地元行政官とともに給水施設を見てまわる坂本さん(中央)

コロナ禍で手洗いの重要性が見直されたことで、手洗いの啓発も坂本さんの重要な任務になっています。「なぜ手洗いが必要かという点だけでなく、この水はどこからきて、どう循環するか、維持管理に向けたお金の話もしていく必要があると思っています。まずはJICAの手洗い漫画などを利用して、子どもたちから地道に伝えていきたいですね」

もっと日本を理解してもらうために

坂本さんが水分野に関心をもったのは幼少期の頃。側溝などの小さな水の流れをじっと見ているのが好きな子どもだったそうです。大学では土木工学を専攻し、卒業後は水道コンサルタント会社で日本国内の水道計画・設計業務に従事していました。

激務をこなすなかで、「日本は安全な水が手に入って当たり前。でも途上国には、まだまだ安全な水を手に入れることができない人がたくさんいる。そういう状況を少しでも改善する仕事をしたい」と一念発起。周囲の心配を押し切って海外協力隊に応募し、2008年、ガーナに派遣されました。

海外協力隊時代、ガーナでの坂本さん

「英語を話せるようになりたい」という思いもあって海外協力隊に参加。初めての海外でガーナへ

「もともと、国際協力にはまったく関心ありませんでした。海外協力隊になるまで海外に行ったこともないくらいで。でも、学生時代に日本中を一人旅したことや社会人経験も糧となって、海外での生活や隊員活動にもすんなり適応することができました」と坂本さんは朗らかに語ります。

隊員時代はハンドポンプの修理もこなし、いまでは中央政府で政策立案に携わる坂本さんですが、「水の世界は、地味な仕事の積み重ね」だと強調します。「1年や2年ですぐに大きな成果が出るわけではないけれど、水は人が生きるうえで必要不可欠なもの。途上国ではまだ安全な水を手に入れられない地域も多く、そうした地域に水を届けることは、人々の生活の向上を支援することにもつながります。そこにはやはり、大きなやりがいを感じます」

また、国際協力活動は「日本という国を理解してもらうための手段」と坂本さんは言います。世界のなかで日本が生きていくためには、さまざまなつながりを構築していく必要があります。「日本の経験が途上国に活かせる部分もある一方で、ダイナミックに進化する途上国の勢いや新しい知恵を日本が学ぶこともあるはずです」

ケニアの人々を尊敬し、彼らの考え方を大切にする坂本さんは、行く先々で信頼され、頼りにされています。その姿勢は、活動をともにするJICA職員たちにも強い印象を与えています。

「いまはケニア政府の高官たちとも一緒に仕事をする立場にあり、この国の給水が向かうべき方向性や政策を整理・提案していくという仕事の意義を、日々実感しています。日本の水道開発の歴史を学びながら、ケニアという国の理解を踏まえて、この国の方向性の設定と実践に貢献していきたいです」

社交性はあまりないと謙遜する坂本さんですが、新しい場所に行くことは好きだそう。これからもいろいろな現場に出向き、さまざまな人と信頼関係を構築しながら仕事をしていきたいと目を輝かせます。



坂本大祐(さかもと・だいすけ)
2004年に大学(土木工学科)卒業後、水道コンサルタント会社で国内の水道計画・設計業務に従事。2008年、海外協力隊としてガーナに派遣。帰国後は開発コンサルタント会社勤務を経て、2014年よりジュニア専門員としてJICA本部(地球環境部水資源グループ)に勤務。その後、ウガンダやギニアなどを経て、2021年1月よりJICA専門家としてケニア水・衛生・灌漑省に勤務。2012年に技術士(上下水道部門)、2022年に英国大学院修士号(水衛生工学)を取得。

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