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「人類がいる限り感染症はついてくる」 途上国の感染症対策に挑み続けたからこそ言える、予防することの本当の難しさと大切さ【国際課題に挑むひと・1】

2022年12月20日

《JICAには、さまざまなバックグラウンドを持ちながら、それぞれの分野で、明解な思いを持って国際課題に挑んでいる人が多くいます。そうした人々の熱い思いにフォーカスする新連載「国際課題に挑むひと」。第1回は、長年にわたり感染症対策に挑み続けている平岡久和さんです》

12月27日は国連が定める「国際疫病対策の日」。新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて、改めて疫病(感染症)に対する備えの必要性を認識するために、2020年に新たに設けられました。

長年にわたって途上国の感染症対策などに取り組んできたJICA人間開発部の平岡久和さんは、「人類がいる限り感染症はついてくる」と語ります。つまり、感染症の流行は「起きるかどうか」ではなく「起きうるもの」という認識をもって、地震への対策と同様に備えておくことが大切だということ。

そんな平岡さんに、途上国における感染症対策の現状と、次なるパンデミックに備えるために必要なことなどをおうかがいしました。

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現在は新型コロナウイルス感染症対策協力推進室の副室長として、JICAの新型コロナ関連対策全般を担当する平岡久和さん。デスクには感染症関連のほか、大好きな虫にまつわるグッズも多数並ぶ。

人々の健康の「土台」をつくる仕事

日本ではコロナ禍以前から、手洗いやマスク着用、ワクチン接種といった感染症の予防対策が社会に浸透していました。しかし、多くの途上国ではそうした習慣が根付いておらず、また、清潔な飲み水を確保することの難しさなども相まって、現在でも多くの感染症の流行が起きています。

平岡さんの仕事は、そうした国々において、感染症対策をはじめとする保健医療全般にまつわる制度を整えたり、体制を強化したりすること。その国の人々の命と健康を守る土台づくりを、現地の行政の人たちとともにおこなっています。

「現地で実際に活動するのは日本から派遣された専門家と呼ばれる人たちですが、プロジェクト全体の管理をしたり、日本国内との関係性をつないだりといったところを我々が担っています。時には現地の行政関係者や現場の検査技師の方と話をしたり、医療現場を訪れたりもして、それぞれの国で本当に必要とされているものを把握しながら、どんな協力をすべきかを考えています」

もともと生物全般が好きで、そこからウイルスや細菌、寄生虫に興味をもったという平岡さん。大学で健康科学・看護学を学んだのちにJICAに入り、主に保健医療分野を扱う部署に所属して、フィリピンやインドネシア、バングラデシュ、スリランカといった東南アジアや南アジアの国々を担当してきました。

アフリカ地域の担当課長を務めていた際には、ガーナやシエラレオネなどにも足を運び、これまでに訪れた国は20数か国。コロナ禍になる前は大体2か月に一度くらいのペースで現地に赴いていたそうですが、同じ国に繰り返し訪問することも多く、なかには20回以上訪れた国もあるそうです。

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結核が蔓延していたフィリピンでは、2002年、日本の支援で国立結核研究所が設立された。現在では、ここから結核予防に貢献する人材も生まれている。写真は開所式典での一枚。

予防が進むほどに難しくなるもどかしさ

平岡さんは26歳から2年間、WHO(世界保健機関)に出向していました。フィリピンのマニラにある西太平洋地域事務局に在籍し、特に子どもの予防接種の推進に取り組んだそうです。

感染症対策としてワクチンの予防接種はとても効果的で、しかも無料というメリットがあります。しかしその一方で、国・地域によっては、人々が住んでいるところまでワクチンを届けられなかったり、届いていても子どもを連れてきてもらえなかったり、といった課題があり、なかなか接種が進まないことも多いと言います。

特に子どもに接種を受けさせるには、母親へのアプローチが大切。そこでパプアニューギニアで行われているのが、年に一度のワクチン接種キャンペーンです。住民に呼びかけて広場に集まってもらい、ちょっとしたお祭りのような雰囲気を作ることで、子どもたちを連れてきてもらうのだそうです。

こうした、現場の人々の実際の取り組みや工夫を見聞きできたことは、とても貴重な体験だったと平岡さんは振り返ります。ただ、予防接種などの対策が浸透すればするほど、病気の脅威そのものが見えなくなってしまうところが感染症対策の難しいところだとも話します。

「もう周りに困っている人はいないのに、なぜわざわざ予防接種を受けなくてはいけないのか、となってしまうわけです。感染症が収まれば収まるほど、ワクチンの予防効果は見えにくくなってしまう。だからこそ、どれだけの効果があるかを伝え続けることが必要だと感じています。それに、対策を続ければ『いつか脅威がなくなる(可能性がある)』こともお伝えしたいですね」

たとえば、かつて「死に至る病」として恐れられた天然痘は、ワクチンの普及によって劇的に減少し、1980年5月にはWHOが根絶宣言を行いました。現在では、同じくワクチンで予防可能なポリオや、安全な水供給などで感染が防げる「ギニアウォーム」という寄生虫による感染症が、まもなく撲滅というところまで来ているそうです。

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パプアニューギニアで行われたワクチン接種キャンペーンで。こうした活動の積み重ねが、いつか感染症を撲滅する日につながる。

「放置された感染症」に光を当てる

ただし、本当にゼロにすることは容易ではない、と平岡さんは指摘します。予防の浸透によって脅威が薄れたり、目立った症状がなかったりする場合だけでなく、命に関わる深刻な感染症の中にも、いまだ十分な対策が進んでいないものもあるのだそうです。

それが、WHOが「顧みられない熱帯病(NTDs=Neglected Tropical Diseases)」として指定している20の感染症。適切な予防と治療を行えば制圧可能とされるものもありながら、特に途上国の、ごく限られた地域だけで発生しているなどの背景から、ワクチンや薬の開発もなかなか進まない現状があります。

平岡さんはバングラデシュで、この「顧みられない熱帯病」のひとつに挑みました。「内臓型リーシュマニア症」。サシチョウバエという蚊のように小さな吸血性の昆虫によって媒介される感染症で、その名のとおり内臓に影響が出て、死に至ることもあります。年間5万人以上が感染するとされながらも、地域が限られていることに加えて、日常生活で人のすぐそばにいる昆虫が原因という点も、対策を難しくしていました。

そこで、東京大学や現地の研究機関と共同で、まずはどんな人たちが感染しているのかを調査し、どうすれば蚊帳を使うことで虫を寄せ付けないようにできるかの研究や、簡単な診断方法の開発などを支援。感染が広がっている地域の脅威を取り除くための国を挙げた対策に協力しました。

「国としての取り組みの強化は、まさにJICAの出番と言えますね。現地の担当者の中には長年JICAと一緒に活動している人も多く、私たちのやり方や考え方をよく理解していて、他の担当者に日本の経験や取り組みをレクチャーしてくれることもあるんです。日本国内よりも、私たちがやっていることがよく知られているかもしれません(笑)」

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バングラデシュの病院を視察する平岡さん。医療に現場に足を運ぶことで、本当に必要とされる協力内容を見極める。

「感染症は地震と同じ。いつか必ずやって来る」

高校生のときにエイズを知ったことで、感染症に関心をもつようになったという平岡さんですが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックについては「特に驚きはなかった」と話します。なぜなら「人類がいる限り、いつか起きる」ことはわかっていたから。むしろ、「待ち構えていた」と言ってもいい部分もあるのだそうです。

100年前に大流行したスペインインフルエンザのほか、1800年代にインドから日本を含めた世界に広がったコレラなど、人類はいくつものパンデミックを経験してきました。日本でも天然痘や麻疹など、多くの感染症が広がっては収まり、また広がっては収まって……を繰り返してきました。

それはまさに「地震と同じ」。いつ・どこで・どのような地震が起きるかを正確に予測することはできませんが、「起きる」のは、もはや当然のこと。それと同じように、感染症の流行も人類がいる限り「必ず起きる」ものとして、この次にやってくる感染症への備えを怠らないことが大切だと平岡さんは言います。

「コロナ禍を経験したことで、予防や対策の経験値ができました。同時に、感染症は決して保健医療だけの問題ではないことも学んだはずです。脅かされるのは健康だけでなく、経済や社会、教育にも影響が及び、それが貧困にまでつながることを目の当たりにしてきました。日本をはじめとする先進国でもそれが起きたことは、今後につながる経験だと信じています」

このパンデミックを契機として、幅広い分野の人たちが「感染症マインド」をもつことで、より多くの知見や技術や感染症対策へと活かされるようになってほしい──そう語る平岡さんは、自身の活動の幅を広げていくことも視野に入れながら、今日も感染症と向き合っています。

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「寄生虫などは興味深い生物なので、(悪さをしないならば)本当は対策したくないんです」と言って笑う平岡さん。太古の昔から人類の抵抗にもかかわらず生態が進化してきた微生物(ウイルスや細菌、寄生虫など)に、生命体としての興味をかき立てられるのだという。

平岡久和(ひらおか・ひさかず)
大学では健康科学・看護学を専攻し、保健師・看護師の国家資格を取得。2000年、JICAへ入構。主に保健医療分野の技術協力・資金協力などの業務に携わる。2003〜2005年、WHOへ出向(西太平洋地域事務局 感染症対策部拡大予防接種計画課 技官)。2015〜2017年、長崎大学へ出向(熱帯医学・グローバルヘルス研究科 准教授)。2020年より、人間開発部新型コロナウイルス感染症対策協力推進室 副室長。