地方で育てる「国際協力の種」 JICA九州所長が語る、現場に立ち続けることの本当の意味【国際課題に挑むひと・2】

2023年1月10日

《JICAには、さまざまなバックグラウンドを持ちながら、それぞれの分野で、明解な思いを持って国際課題に挑んでいる人が多くいます。そうした人々の熱い思いにフォーカスする「国際課題に挑むひと」。第2回は、JICA九州所長として日本国内から国際課題に挑む吉成安恵さんです》

世界各地で国際協力にあたっているJICA。でも、JICAの活動の場は海外だけではありません。日本国内にも、東京・横浜のほか北海道、東北、北陸、中部、関西、中国、四国、九州の各地方をはじめとして、現在14の拠点があります。

国際協力=海外だと思われがちですが、実は日本の、それも地方都市にも国際協力の「現場」はある-そう語るのは、JICA九州所長の吉成安恵さん。国内拠点の役割と、地方だからできる国際協力のあり方、そして地方への思いを聞きました。

【画像】

2021年からJICA九州の所長を務める吉成安恵さん。長年にわたって国内における国際協力に携わってきました。

国際協力のベースは、実は「国内」にある

JICA九州をはじめとする国内拠点では、途上国からの研修員の受け入れのほか、日本企業の海外展開支援や、海外協力隊の募集を含む開発教育などの事業を行っています。ただし、「わたしたちがやっているのは、そうした制度化された事業だけではないんです」と吉成さんは強調します。

たとえば、福岡・北九州市では、グリーントランスフォーメーション(GX)の一貫として再生エネルギーの活用や環境とモノづくりを融合させる取り組みを推進していますが、そのプロジェクトに、JICA九州が関与しています。宮崎県では、IT人材不足の解決策としてバングラデシュの若手人材を県内企業に受け入れる事業に、熊本県では、豪雨被害を受けた地域の復興を推進するプロジェクトに、それぞれ携わっているのです。

いずれも一見、国際協力とは無関係なように思えます。しかし、吉成さんは、これらもまた国際協力の「現場」なのだと言います。それは一体、どういうことか?

吉成さんは入構当初、下水道や道路、都市計画などの研修を担当しました。そのときに関わった国土交通省などの専門家から、日本の水道技術の発展の歴史や、日本の橋梁の特殊性などについて教わり、そうした背景がJICAの国際協力につながっていることに気づいたと言います。

下水道や道路などのインフラだけでなく、教育や保健医療の制度、農業や漁業などの技術も、すべて過去に日本が経験してきたことを今、国際協力として生かしています。つまり、国際協力のベースは国内にある、ということ。それを実感したことで、吉成さんは「国内から国際課題に挑む」という思いを強くしたのだそうです。

【画像】

インドネシア事務所に所属していた頃の写真。村落部のため池の建設プロジェクトを担当していました。

「国際協力をやりたくてJICAに入ったわけではない」

吉成さんは大分県宇佐市出身。都市部ではない田舎のまちで、海外とのつながりなどまったくない子ども時代を過ごしたと言います。(本人曰く)「比較的閉ざされた」環境で育ったことで、より一層、外の世界への関心が強くなったのかもしれない、と話します。

ただ、国際協力をやりたいという強い思いを持ってJICAに入ったわけではない、とのこと。「自分が途上国に対して国際協力で何かできるというよりも、むしろ、わたし自身が海外を見に行きたい。途上国がどうなっているのか、そのリアルな現状を知りたい、という興味のほうが強かったんです」

そうしてJICAに入って実際に途上国を訪れ、その地の人々とふれあったことで得たものについて、吉成さんは「国という単位では語れない」ことだと言います。

海外に行くと、つい「日本人」や「◎◎◎人」といった表現をしがちですが、実際にはひとりひとり違う価値観や考え方を持って生きている。だから、自ら現場に立ち、自分の目で見て、話を聞き、その思いを感じ取ることをしなければ、間違った判断をしてしまうことにもなりかねない、と。

それと同時に、「根底にあるものは、そんなに変わらない」ことにも気づいたそうです。文化や育った環境は違っても、家族や仕事に対する意識、国を大事にする気持ちや自分たちの文化に対するプライドは変わらない。それもまた、途上国に足を運んで学んだことだと吉成さんは語ります。

【画像】

初めての出張先は、エチオピアのアジスアベバ。現地で下水道技術のセミナーを開催するため、国土交通省の専門家とともに訪れました。

途上国からやってきた「ヨソ者」が、地域に光を灯す

特に思い出深い活動として、吉成さんはある研修プログラムを挙げました。アセアン7カ国の地域開発に携わる行政官を大分の小さな漁村で受け入れて、1週間にわたる研修を行う、というものです。

研修員たちにはまず、地域の人々にインタビューをしてもらいました。老若男女を問わずさまざまな人の話を聞くことで、その地域の特徴や産品、そこに暮らす人々の思いなどを理解してもらったのです。そのヒアリングした内容をもとに、彼らなりの地域の開発プランを立てるという、いわば地域開発の模擬体験でした。

人々の話に耳を傾け、その地域について深掘りすることで、研修員たちが今後、自身の地域で同じようにして開発計画を立てる際のコツやヒントを掴んでもらうのが目的です。もちろん、研修員たちには大きな学びを得てもらいましたが、このプログラムの成果はそれだけではありませんでした。受け入れた地域にも、大きな収穫があったのです。

それは、住民たち自身では気づくことができなかった地域の魅力や可能性を、見ず知らずの外国人に発見してもらったこと。さらに、そこから「この良さを守っていかなければ」という思いと誇りが、地域の人々に芽生えたこと。いわゆる「ヨソ者」の視点が地域振興の芽を生むことにつながったと吉成さんは語り、自身の手応えにもつながったと言います。

全国の地方都市では、少子高齢化による人口減少が進んでいます。生き残っていくためには、やはり国際化がひとつの鍵。そのとき、途上国からの研修員を受け入れるというJICAの事業が、地方の小さなまちに「ヨソ者」という新鮮な視点を取り入れるチャンスになるかもしれません。

【画像】

アセアン7カ国の行政官たちを受け入れた研修は、吉成さん自身にとっても、とても満足のいくプログラムになったそうです。写真は、行政官たちが地元住民に聞き取りをしているときの様子。

現場に立ち、国際協力の「種」を蒔く

今はさらなる発展を目指している途上国も、いずれ高齢化などの問題に直面する日が来ます。そのとき、かつてのインフラ技術などと同じように、すでにそれらの課題を乗り越えた日本の経験や知見が必ず役に立つことでしょう。

その意味でも、人口減少などさまざまな課題を抱えた地方都市にこそ、これからの国際協力の「種」がある、と吉成さんは言います。今まさに地方で行われている努力が、いつの日か新たな国際協力のかたちとなって生かされるはずです。

「途上国の発展に協力するには、まず日本のことをよく知らなくてはいけません。だからこそ、地域の自治体や企業などとのつながりを築き、その現在進行形の取り組みに一緒に関与させていただくことで、未来の国際協力の種を蒔いているんです」

GXやIT人材不足といった課題に取り組むプロジェクトに参加するのも、そうした活動なのだと吉成さんは説明します。JICA九州では、高校生を対象にした国際協力実体験プログラムを実施していますが、これもまた、国際協力の「種」を蒔く活動のひとつなのです。

「国際協力に国内外の垣根はない」。そう話す吉成さんは、これからもさまざまな「現場」に立ち続け、日本国内から国際課題に挑み続けます。

【画像】

九州は、人口に対する海外協力隊参加者の数(都道府県別)が全国でも上位を占めています。この高校生たちも、いずれ吉成さんのように国際協力の「現場」に立つかもしれません。

吉成安恵(よしなり・やすえ)
1987年にJICA(旧・国際協力事業団)入構。研修事業部、社会開発協力部、JICA中国次長、人事部審議役などを経て、2021年より独立行政法人国際協力機構九州センター(JICA九州)の所長に就任。