技術と知見で国の未来をつくる 防災のスペシャリストが語る、国際協力というフロンティア開発の醍醐味【国際課題に挑むひと・4】
2023.09.13
《JICAの国際協力活動には、JICA内外のさまざまな分野の専門家が、熱い想いを持って取り組んでいます。そんな人々のストーリーに着目し、これまでの歩みや未来に向けた想いについて掘り下げる「国際課題に挑むひと」。第4回は、防災のスペシャリストである小池徹さんです》
防災や水資源開発、環境保全関連分野のコンサルタント企業、株式会社地球システム科学の小池徹さん
「地質って地面の中の現象なので、いつまで経っても正解はわからないんです。でも、少なくとも歩いて現場を見た分だけ、どんどん精度が上がっていく。大雨で斜面が崩壊した原因を探る場合も、歩けば歩くほど、現場を見れば見るほど、『真実』に近づける。そこにはやはり、やりがいがありますね」
こう話すのは、防災分野の開発コンサルタントとして、JICAが行う数々の国際協力事業に従事する株式会社地球システム科学の小池徹さん。防災計画のためのハザードマップ作成や洪水対策プロジェクトなど、土砂災害対策や河川管理、総合防災といった分野で、これまでに30件近くの業務に携わってきました。
JICAが世界各地の途上国で開発協力事業を行う際には、JICA職員だけでなく、小池さんのような、専門の知識・技術をもって現場で活躍する専門家や開発コンサルタントの存在が欠かせません。長期間にわたって現地に滞在し、相手国政府や自治体の担当者と日々ともに働き、現地が抱える開発課題を一緒に理解し、その解決策を検討し、提案していきます。
スリランカの土石流被災地を訪れ、今後必要な対策などについて現地の担当者と議論
小池さんの専門は地質学。学生時代にアルバイトで参加した地質調査で、「テントを担いであちこちの山を歩いて回ったり、ハンマーで岩を叩いて地層を調べたりするのが楽しかった」ことが、この分野を選んだきっかけでした。このアルバイト先こそ、その後、大学卒業とともに就職し、現在は取締役防災事業部長を務める地球システム科学だったのです。
その一方で、子どもの頃から海外で仕事をすることへの憧れを抱いていました。「本で見聞きしたところに行ってみたい」という思いから、大学在学中には、スイスでアルプスの山を登ったり、“学生の定番”と笑うインドやネパールを旅行したり、南米を訪れたりもしたそうです。
会社員になって数年後、やはり海外で働く夢を叶えたいと思った小池さんが選んだのが、JICAの海外協力隊。「若い人にはどんどん海外に出ていってほしい」という創業者の願いもあり、会社に在職したまま、2年間、海外協力隊としてブータンに派遣されることになりました。
ブータンでは経済産業省地質鉱山局に勤務し、専門である地質調査に携わりました。乾季の間は2〜3か月にわたる現地調査を重ね、雨季にはオフィスでデータ分析の日々。仕事の進め方などをめぐって「よくケンカした」と笑いながらも、現地の人々と自分との違いを受け入れることを覚えたり、ともに働いた人たちとのつながりを築けたりと、多くの収穫を得たそうです。
その後、会社がJICAの開発協力事業に本格的に乗り出し、小池さん自身も2006年のタイでのプロジェクトから参加。もともとの専門である土砂災害対策(斜面災害や砂防)のほか、総合防災や河川管理、リスク評価といった分野にも携わってきました。
洪水や崖崩れといったリスクに対して、どういった対策を施すか、災害発生時にはどのように対応すべきか、また、そもそもリスクをなくすにはどうすればいいのか、といったことを現地の担当者と一緒に話し合い、よりよい成果にするための助言や提案をしながら、検討を重ねていきます。それによって防災に携わる人材を育成し、防災機関の強化を図るのが、小池さんの役割です。
ベトナムの防災行政官を対象としたワークショップ。地形の模型を使って、どこに災害リスクをあるのかを把握する
そうした活動の中で小池さんが意識しているのは「課題は何か?」という視点。日々のやりとりから、それまで見えていなかった新たな課題やニーズが浮き彫りになることもよくあるそうです。「プロジェクトの枠を広げたり、別の事業として提案したりと、目の前の案件をこなして終わりではなく、さらなる発展に向けた新たな提案ができることも、開発コンサルタントという立場のやりがいであり、重要な役割だと考えています」
どうすればその国が発展できるのかを分析して、計画を立てて、それを実施していく。そのために、ただ知識や技術を伝えるのではなく、いずれ小池さんやJICAの手が離れたあとも、現地の人々だけで運営していけるよう「持続可能な防災対策」を作り上げることが大切だと小池さんは言います。
そんな小池さんが、いま新たに力を入れているのが研修です。JICAのプロジェクトでは、現地の担当者を日本に招いて、プロジェクトが扱う課題について、日本の発展の歴史や現状、従事する行政や住民の声、また、関連する施設等があればその運用方法などを、見たり聞いたりして学んでもらう研修が設けられていることが多くあります。「まさに『百聞は一見に如かず』で、日本に来てもらい、見て、体験してもらうことは、技術移転において最も手っ取り早く、効果的です」
今年5月には、スリランカの洪水対策プロジェクトの担当者10人ほどが来日。それまでは訪問先の行政官や有識者などに解説を依頼していましたが、このときは、小池さん自らが行く先々でレクチャーを行うことに。移動中のバスの中でも流域の地図を広げて解説したほか、説明用のパネルを用意するなど事前準備にも時間をかけました。
洪水対策では、その河川にはどんな歴史的背景があり、どんな思想をもとに現在の河川があるのかを理解する必要があります。それには、最上流から下流までをたどって、実際に河川のそばを歩き、自分の目で見てみることが最も効果的だと考えたのです。現地の課題やニーズを熟知している小池さん自身が解説することで、参加者からもこれまでにない反応がありました。
スリランカからやって来た研修参加者に、広島県太田川の河川事業について自作のパネルを使って説明
今後も参加者の実践につながる研修を構築するために、まずは自分自身も知見を深めなければいけない、と話す小池さん。最近は、自身でも河川に関する勉強会などに意欲的に参加しています。「知識として身につけていることと、河川の特性や治水事業を肌で感じて議論することには雲泥の差があり、まさに私自身が研修生です」
JICAと共に取り組む国際協力活動について、小池さんは、「防災に関する自身の技術や知見を生かして社会的責任を果たせる場としてJICAの国際協力がある」と言います。「開発プロジェクトという、その国の未来を作る具体的な活動の中に、自分自身の技術や知見を生かすことができる。それはとても非日常的で刺激的であり、国際協力の醍醐味だと思っています」
途上国における開発事業は「フロンティア開発」に似ている、と小池さんは言います。喩えるならかつての北海道開拓のように、新たな大地を切り拓いていく感覚に近いのだそうです。「そこには『この国(地域)はかくあるべき』という思想やグランドデザインが欠かせませんが、当然ながら、どの国にも歴史と文化があります。『日本はこれでうまくいったから』と言って、そのまま持ち込んでもうまくはいきません。その国について、まず我々がしっかりと勉強した上で、彼らと話す。そして、相手の立場や考え方に真剣に向き合いながら信頼関係を築き、ともに問題解決のための道筋を探求していくことが重要です」
小池さんは2019年に取締役に就任した後もプロジェクトリーダーとして各案件に参加し、現在でもベトナムやスリランカ、ブータン、エクアドルなどのプロジェクトに携わっています。1か月ほど現地に滞在しては帰国し、また次の現地へ……と、一年の半分は世界を飛び回る多忙な日々です。
「将来にわたって活躍する人材を育成し、技術力やマネジメント力を研鑽・蓄積して、持続的に展開していく。さらには、そのための経営基盤の強化にも取り組む──まさに国際協力で我々が行っているのと同じことが会社でも求められています。そして、会社での取り組みや気づきは、そっくり国際協力にも活かすことができます」
これからもJICA事業への参加と会社運営をバランスよくこなし、「双方で高みを目指していきたい」と語る小池さん。自らの技術と知見を携えて、さらなるフロンティアを目指す小池さんが歩みを止めることはありません。
参加するプロジェクトでは常に「課題は何か?」を意識していると話す小池さん
小池 徹(こいけ・とおる)
株式会社地球システム科学取締役防災事業部長。北海道大学在学中から同社のアルバイトで土木地質の知見・経験を積み、卒業後に入社。ダムやトンネルなどの建設に係る地質調査・斜面防災調査に従事。2000年より2年間、JICA海外協力隊としてブータンに派遣。帰国後は主に災害復旧事業に携わり、2006年よりJICAの国際協力事業に参加。土砂災害対策、総合防災、河川管理など防災分野の幅広い案件に従事する。現在は業務管理者としてプロジェクトをリードする立場に。2019年に取締役に就任し、国際協力活動と会社経営の双方で高みを目指す。
株式会社地球システム科学
防災や水資源開発、環境保全関連分野のコンサルタント企業。数多くのJICA事業を手がけ、現在では全体業務の8割が海外。他に世界銀行やアジア開発銀行(ADB)からの委託も受ける。
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