一筋縄ではいかないアフリカの水問題に、情熱とチームワークでインパクトを起こす【国際課題に挑むひと・3】

2023年3月22日

《JICAには、さまざまなバックグラウンドを持ちながら、それぞれの分野で、明確な思いを持って国際課題に挑んでいる人が多くいます。そうした人々の熱い思いにフォーカスする「国際課題に挑むひと」。第3回は、現代ならではの多様な水問題に挑む服部容子さんです》

3月22日は国連が定める「世界水の日」。水問題は、SDGs(持続可能な開発目標)のひとつにも掲げられる重要な課題です。JICAで水分野を手がける地球環境部水資源グループ水資源第二チーム課長の服部容子さんに、世界の水問題の今とこれからについてうかがいました。

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「社会の役に立つことをしたかった」と話す服部さん。人々に安全な水を届ける仕事に大きなやりがいを感じています

アフリカの水問題。「水が足りない」とは限らない

JICAが世界各地で行う国際協力のうち、代表的な事業のひとつが水分野です。日本は長らく、この分野におけるODA(政府開発援助)で世界トップクラスの資金提供者(ドナー)です。

服部さん率いる水資源第二チームは、サブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠より南の地域)と中南米を対象に、水資源に関する技術協力や調査などの業務を行っています。「アフリカで水資源の開発協力」と聞くと、井戸を掘るイメージを抱く方も多いでしょうが、実は、井戸にまつわる案件は1割ほどしかないそうです。

「10年ほど前までは、アフリカ担当チームは村落部の井戸に関する案件を数多く担当していました。実際には単に掘るだけでなく、井戸の維持・管理を支援するなど様々な案件があるのですが、それらも含めてほとんどが村落給水の案件だったと思います。それが逆転した背景には、アフリカの急激な発展があります」

近年アフリカ諸国では、人口が都市部に急激に集中したことで、安全な水にアクセスできる人の割合が、村落部では上がったのに都市部では横ばい、あるいは下がっている、といった状況が生まれています。そのため、都市部の水道の整備・改修に関するニーズが増えているのです。

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タンザニアで新たに調印を結んだプロジェクトは、地元テレビ局にも取材いただきました(2022年8月)

ただ、各国が抱える課題は一様ではありません。たとえばルワンダは、高低差の激しい地形のため、水道管で水を送るにはポンプや減圧装置などを設置し、細かな圧力管理をする必要があります。そうした対応が不十分な場合、圧力が高いために水道管が破損して漏水してしまうこともあり、大きな問題になっています。

一方で、ナイジェリアの首都は豊富な水資源があり、地形をうまく利用して水を送ることができるため、「水が足りない」という意識は低いそうです。それゆえ、漏水の補修が後回しになってしまいがちなのだそうです。

また、南アフリカ共和国は水資源が乏しく水は貴重な存在ですが、1家庭あたり毎月5トンまでは水が無料で使える、という政府の方針があります。ただし、水の使用量を測定するメーターの設置率が低く、漏水があっても把握できなかったり、実際の使用量に対して適正に料金を徴収できていなかったり、といった課題を抱えています。

「こうした国々では、新しく水道を整備することも大事ですが、『水を大切に使う』『使った分に対しては適切に料金を支払う』といった意識を人々に持ってもらうことが重要です。同時に、水道事業体には、水を生産した分だけ料金を徴収して事業の採算性を高める努力が必要。その上で、経営を安定させ、施設を拡張する資金を生み出すというサイクルで、『成長する水道事業体』になってもらうことを目指しています」

情熱と誇りをもつ「水道のプロ」を目指して

異なる課題を抱える国々に対して、それぞれどういった形の協力が最適か、そのシナリオを考えるのが楽しい、と笑顔で語る服部さん。大学のゼミで参加した東南アジアの水道調査やインターンシップ、JICA新人時代の海外研修で出会った日本の自治体水道局の職員やコンサルタントたちを見て、この分野に進むことを決めたそうです。

「水道への熱い思いと日本の技術に対するプライドをもち、プロ意識の高い人ばかりでした。彼らと一緒に仕事をするうちに、どんどん水道が面白くなっていったんです」。大学院を出てJICAに入ったときには、「『JICAで水道のことなら私に任せて』と言えるようになりたい」という使命感を抱くほどに。

その後、もっと自分を総合的にレベルアップする必要があると感じ、国家資格である「技術士(上下水道部門)」を取得。合格率10%台という難関を突破して、自らも「水道のプロ」へと突き進んでいくことになります。

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日本の「水道のプロ」たちから多くを学んだと語る服部さん

そんな服部さんにとって特に思い出深いのが、南スーダンの首都ジュバに新たな浄水・給水施設を建設するプロジェクトです。2012年に初めて調査で訪れたとき、人々は、ナイル川の水をそのまま積んだタンカーから水を買っていたそうです。

南スーダンは2011年9月に独立したばかりの国。そのためプロジェクトはなかなか計画通りには進まず、建設予定地を確保したはずなのに家が建っていたり、不発弾が出てきたり、紛争のため情勢が安定せず一時退避を余儀なくされたり……。

その施設が、2023年1月、ついに完成しました。「本当に、いろんな人の思いがつまった施設なんです」と感慨深げに話す服部さん。これにより、約35万人が安全な飲み水を、安定的に得られるようになりました。

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南スーダンの首都ジュバに完成した浄水施設。一日に1万㎥近くの水を供給できるだけの規模を誇ります

「命の水」を届けるための、新たな試み

「安全な水とトイレを世界中に」-SDGsにも掲げられているように、いまだに世界の約20億人が清潔な水にアクセスできません。衛生に関する知識がないために、水道があるにもかかわらず多くの人が湧き水を使っている地域もあり、水に関する啓発や教育もまた非常に重要な課題です。

「水問題に関しては『近いうちに水が枯渇する』なんてことも語られますが、実はそうではなくて、水はあるんです。問題は水のある場所が偏っていること、そして手頃な料金で使えるかどうかです」

そう説明する服部さんは今、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に期待を寄せています。たとえば、ハンドポンプ(手押し式井戸)の料金をモバイルマネーのプリペイド方式にしたり、QRコードで修理履歴がわかるようにしたりと、すでに海外協力隊員たちの手で草の根のDXが進みつつあります。

コロナ禍には、財政的に困窮した水道事業体を支援するため、水を浄化する薬品などを提供。また、JICA事業の現場で手洗いの重要性を呼び掛ける「健康と命のための手洗い運動」を実施し、61か国の3億人以上に手洗いの大切さを伝えました。服部さんは、同じ社会課題に向かう人々が連携する「コレクティブ・インパクト」の手応えを感じたと話します。

「自分ひとりではなく、みんなのアイデアや知識が集まって形になったことに、大きな達成感がありました。これからも『チーム日本』で世界の水問題に取り組みたいと思っています。さらには、途上国にも優秀な水道事業体はたくさんあるので、彼らと一緒に新しいことを始めるのも楽しみです」

世界の隅々に安全な水を届けるべく、今後も各地でさまざまな取り組みを続けるJICA。その先頭には、水道への熱い思いを胸にチームを牽引する服部さんの姿があります。

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2023年3月には、南アフリカで、途上国の水道事業体の幹部を集めたフォーラムを実施。事業体同士が経験を学び合う場としてJICAが開催しましたが、「私たちにとっても多くのことを学ぶ貴重な機会になりました」と服部さん

服部容子(はっとり・ようこ)
2004年にJICA⼊構。地球環境部のほか資金協力業務部やラオス事務所などで、⽔資源を中⼼としたインフラ分野の技術協⼒や無償資金協力、有償資金協力の計画・実施を担当。2014年、技術⼠(上下⽔道部⾨)の資格を取得。2020年2⽉より地球環境部水資源グループ水資源第二チーム課長。サブサハラアフリカ・中南⽶地域の⽔資源分野の事業実施を総括。現在、16か国において都市給水、地方給水、衛生、統合水資源管理のプロジェクトを実施中。