青年海外協力隊は、民間の青年団体が先導し、青年政治家がそれに呼応して発足したというユニークな歴史を持っています。ともすると政府開発援助(ODA)ではなく、日本における非政府組織(NGO)と錯覚されるのも、こうしたルーツによるものと思います。
青年海外協力隊は、青年たちの海外に向ける熱い思いに道を開こうと、7287万円の予算をもって、1965年(昭和40年)4月20日、局長を含めて7人のスタッフで発足しました。
ちなみに日本の国際協力のスタートは、1954年(昭和29年)10月6日「コロンボ・プラン」に加盟した日をもって始まりました。1987年(昭和62年)に、この日を「国際協力の日」と制定、毎年この6日に近い土曜・日曜日の両日、「グローバルフェスタJAPAN(旧名称:国際協力フェスティバル)」が盛大に開催されています。
1964年、協力隊派遣の可能性について調査団派遣
1966年2月22日、フィリピンに出発する
12名の青年海外協力隊員1期生たち
さて、アメリカ合衆国の平和部隊をご存じでしょうか。これは1960年(昭和35年)秋、大統領選のさなかに民主党のケネディ候補が創設を公約し、翌61年(昭和36年)3月にケネディ大統領令で実施に踏み切ったボランティア組織です。
平和部隊が画期的であったのは、アメリカの途上国援助のあり方に猛省を促した点でした。協力隊創設に尽力した末次一郎氏も、その著書で、この平和部隊は「当時のアメリカ人の技術指導者たちの多くが、現地の風俗や習慣をまったく理解しようとせず、どんなところでもアメリカ式生活に固執し、それだけに、けっして現地住民の中にとけこむことができなかったことへの反省から生まれたものであった」(『未開と貧困への挑戦』)と述べています。
青年海外協力隊発足20周年記念式典
青年海外協力隊発足30周年記念式典
協力隊はアメリカ平和部隊発足4年後のスタートであったため、平和部隊を手本にしたと思われがちですが、日本の青年を海外(アジア対象)に派遣する計画は、1957年(昭和32年)当時から構想されていました。
末次氏率いる「日本健青会(注1)」は、ケネディ演説に先立つ半年前の1960年(昭和35年)3月、青少年団体幹部連絡会議の席上、「青年海外派遣計画」についての見解を表明しました。後に協力隊の発足にあたって、それが活かされたことはいうまでもありません。
ちなみに、協力隊構想が進んだ60年代前半は、1961年(昭和36年)には、フルブライトの留学体験をまとめた小田実氏の「何でも見てやろう」がベストセラーになり、64年(昭和39年)には東京オリンピックが開催され、一種の外国ブームが起こっていた時代でした。しかし当時の日本人にとって外国はまだまだ金持ちかエリートにしか手が届かない時代でした。
協力隊には、伝説ともなっている生みの親たちがたくさんいます。中でも特筆すべきが、前出の末次一郎氏であり、さらには全国に先駆けて山形県産業開発青年隊(注2)運動を実現、青年運動の一方の雄であった寒河江善秋氏です。
注1 「日本健青会」
新樹会(青年運動の指導者組織)の前身。1946年(昭和21年)働く引き揚げ学生たちのグループ「学生互助会」誕生。1948年(昭和23年)に「学生互助会」を発展解消して「健青クラブ」設立。1949年(昭和24年)、「日本健青会」結成。当初は、シベリアに抑留されていた60万人の引き揚げ、戦死者の慰霊、冤罪が多かった戦犯の問題を中心に運動を推し進めていた。健青の意は、健全な青年の集まりというもの。
注2 産業開発青年隊
深刻化していた農村の二・三男の失業対策の一環として、戦後の荒廃した国土を青年の手で復興させようと寒河江氏が提唱。建設省が、1953年(昭和28年) 度にこの運動を推進すべく「国土総合開発促進のため産業開発青年隊導入要網」を決定、その後20余りの道府県に青年隊(地方隊)が設置された。この流れを 汲む組織体が、現在も熊本を始めとし宮崎県、沖縄県において運営されている。
青年海外協力隊(JOCV:Japan Overseas Cooperation Volunteers)事業は、前述の協力隊発足の経緯のとおり、1965年(昭和40年)4月にわが国政府の事業として発足しました。事業の実施は当時の海外技術協力事業団に委託され、同事業団の中に日本青年海外協力隊事務局が設置されました。
その後、1974年(昭和49年)8月にわが国政府が行なう国際協力の実施機関として※国際協力事業団(JICA:Japan International Cooperation Agency(現国際協力機構))が発足し、その重要な事業のひとつとして受け継がれ、名称も青年海外協力隊となり、今日に至っています。
ラオスへの初派遣から始まった青年海外協力隊事業は、発足以来52年間で91カ国(アジア、アフリカ、中東、中南米、大洋州、東欧)へ、計43,748名(2018年(平成30年)3月31日現在)の隊員を派遣しています。
近年、日本国内では「ボランティア」活動が大きな注目を集め、多くの方々が様々な活動に従事しています。また、社会の高齢化に伴い、長い人生をより有意義なものにしたいと望み、ボランティア活動に関心を寄せるシニア世代が急増しています。
「シニア海外ボランティア事業」は、日本政府によるODA(政府開発援助)事業の一環として、海外でのボランティア活動を支援する制度で、1990年(平成2年)に国際協力機構(JICA、旧称:国際協力事業団)と外務省が「シニア協力専門家」として開始し、1996年度(平成8年)に「シニア海外ボランティア」と改称しました。2018年(平成30年)3月31日時点で、75カ国に累計で6,362名が派遣されています。
今、海外には、北・中南米の国々を中心に260万人以上もの日系人が生活しています。日系人とは、すでに海外に移住しそこに根を下ろした移住者とその子孫の総称です。
彼らは、日本とは異なる風土や社会の中で営々と新生活の確立に励んだ結果、自らの生活水準を著しく引き上げたばかりでなく、周辺地域社会の発展と活性化という大きな波及効果をもたらしています。また、日本のイメージを形成する役割をも果たしているといっても過言ではありません。
これら日系人及び日系人社会が今後一層の充実と発展に向けて努力を重ねることは、結果的にはその在住国の発展に貢献し、日本にとっても望ましい状況につながることから、日本政府としても可能な限り彼らを支援することが望ましいと考えられています。
日系社会青年ボランティア事業は、1996年(平成8年)に設立されて以来、中南米の9カ国に対して、1,417名(2018年(平成30年)3月31日現在)の青年を派遣し、日系人社会及び周辺地域の発展に向け、積極的な活動を行ってきています。
また日系社会シニア・ボランティア事業は、1996年(平成8年)に設立、北中南米10カ国に対し、518名(2018年(平成30年)3月31日現在)を派遣しています。
※ 1985年(昭和60年)から1995年(平成7年)までは、「海外開発青年」事業と「移住シニア専門家」事業を実施していました。
2019年度より従来の派遣体系などを見直し、JICA海外協力隊として、「青年海外協力隊(および日系社会・青年海外協力隊)」を中心としながら、一定以上の経験・技術が必要な案件に対応する「シニア海外協力隊(および日系社会・シニア海外協力隊)」を派遣していきます。
1954年(昭和29年) | 10月 | 「コロンボプラン」加盟、日本が国際協力をスタート |
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4月20日 | 自民党青年部「日本平和部隊構想」をまとめる | |
1961年(昭和36年) | 6月 | 海外産業開発協力隊推進委員会「海外産業開発協力隊(日本平和部隊)」案 |
1962年(昭和37年) | 6月 | 特殊法人「海外技術協力事業団(OTCA)」設立 |
7月 | 海外移住事業団(JEMIS)設立 | |
1963年(昭和38年) | 8月 | 自民党全国組織委員会青年局の呼び掛けで、「日本青年奉仕隊推進協議会」が発足 |
8月 | 「日本青年海外協力隊(JOCV)」発足の基礎となる3つの要綱がまとめられる
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1964年(昭和39年) | 1月21日 | 昭和39年度施政方針演説で、池田首相は青年技術者海外派遣を明らかにした |
3月 | 自民党政務調査会「日本青年海外奉仕隊」に関する特別委員会設置 | |
5月 | 「奉仕隊派遣の可能性」について4調査団派遣 | |
1965年(昭和40年) | 4月20日 | 日本青年海外協力隊(JOCV):現青年海外協力隊事務局開設 |
5月12日 | 外務省「日本青年海外協力隊要綱」 | |
12月24日 | 初の協力隊員5名をラオスに派遣(アジアへ初派遣) | |
1966年(昭和41年) | アフリカ(ケニア)に協力隊員初派遣 | |
1968年(昭和43年) | 中米(エルサルバドル)に協力隊員初派遣 | |
1972年(昭和47年) | 大洋州(西サモア)に協力隊員初派遣 | |
1974年(昭和49年) | 8月 | 国際協力事業団(JICA)設立 |
8月 | 「日本青年海外協力隊」を「青年海外協力隊」と改称 | |
1978年(昭和53年) | 南米(パラグアイ)に協力隊員初派遣 | |
1987年(昭和62年) | 9月 | 国際緊急援助隊発足 |
1990年(平成2年) | 「シニア協力専門家」、「移住シニア専門家」創設 | |
青年海外協力隊 派遣隊員1万人突破 | ||
1992年(平成4年) | 東欧(ハンガリー)に協力隊員初派遣 | |
1995年(平成7年) | 青年海外協力隊 発足30周年記念式典開催 | |
1999年(平成11年) | 国際協力銀行(JBIC)設立 | |
2000年(平成12年) | 6月 | 青年海外協力隊 派遣隊員2万人突破 |
2003年(平成15年) | 10月 | 独立行政法人国際協力機構(JICA)発足 |
2005年(平成17年) | 10月 | 青年海外協力隊 発足40周年記念式典開催 |
2007年(平成19年) | 青年海外協力隊 派遣隊員3万人突破 | |
2008年(平成20年) | 国際協力銀行(JBIC)の海外経済協力部門との統合により新JICA発足 | |
2011年(平成23年) | 東日本大震災の復興支援で青年海外協力隊員と帰国隊員が活躍 | |
2012年(平成24年) | 4月 | 「民間連携ボランティア」創設 |
2015年(平成27年) | 青年海外協力隊 派遣隊員4万人突破 | |
11月17日 | 青年海外協力隊 発足50周年記念式典開催 | |
2016年(平成28年) | 青年海外協力隊 「ラモン・マグサイサイ賞」受賞 | |
2018年(平成30年) | ボランティア事業の改編(総称「JICA海外協力隊」) |
※ 国際協力事業団(JICA)は、2003年(平成15年)10月1日付で独立行政法人国際協力機構(JICA)となりました。
※ 派遣名称は派遣当時のものです。