技術を伝えることができる人材を配属部署外で確保

奥田 裕さん(チリ・理学療法士・2016年度1次隊)の事例

市役所に配属され、高齢者の健康増進支援や理学療法サービスの提供に従事した奥田さん。配属部署に理学療法の専門性を持つ人がいないなか、それを持つ「実質的なカウンターパート」を外部に求め、技術の伝達を図った。

ウアラニェ市内のレストランの従業員を対象に、障害予防を目的とした体操の指導を行う奥田さん

 奥田さんの配属先は、クリコ県ウアラニェ市の市役所。高齢者福祉に関する事業を所管する社会開発部高齢者課が所属部署だ。社会の高齢化が進みつつあるなか、高齢者を中心とする住民の健康増進や障害予防を理学療法士の立場で支援するというのが、求められていた役目だった。
 着任当初から悩みの種だったのは、配属部署に理学療法の専門性を持つ職員がいないことだ。同国には「理学療法士」の国家資格自体は存在し、奥田さんの着任当時、市役所も2人を雇用していた。しかし、所属はいずれも「健康部」というよその部署。カウンターパート(CP)として紹介された社会開発部高齢者課の職員は社会福祉士で、医療分野の職種ですらなく、理学療法の技術を伝える相手とするのは不可能だった。
 そうしたなか、配属先からのリクエストにもとづいて、奥田さんが着任早々に着手した活動は次の2つだ。いずれもCPなしに実施が可能なものである。
■住民への理学療法
 当初は、与えられた専用の施術室を使い、来室する患者を対象に実施していった。料金は無料で、週に3人ほどというペース。やがて、市内には寝たきりで来室できない患者も多いことがわかってきたので、患者宅での理学療法や家族への介助の指導なども、週に10回程度行うようになった。
■高齢者への体操指導
 地域で行われる高齢者の集会に赴き、健康増進を目的とした体操の指導を行った。

「実質的なCP」を確保

市役所に来ることができない患者の自宅を訪ね、家族に歩行介助の指導を行う奥田さん

 自身の治療によって回復していく患者を見れば、やりがいを感じることはできた。しかし、「現地の人に理学療法の技術を伝える活動にも取り組みたい」という思いは強かった。奥田さんは着任して半年ほど経った時期、そんな悩みについてチリの先輩隊員に相談してみた。すると、こんな答えが返ってきた。「自分も最初は同じ状態だった。しかし、活動ごとに配属先外で協働してもらえる人を見つけ、その人たちを『実質的なCP』だと捉えて活動を進めるようにしてみたことで、技術の伝達なども実現できるようになった」。この言葉に背中を押され、奥田さんは配属部署外に「実質的なCP」と言える人をつくろうと考えるようになった。
 当時、ウアラニェ市内で理学療法が受けられる機会には、奥田さんが担う社会開発部の無料サービスのほかに、次のようなものがあった。
(1)公立小学校1校と公立高校1校にそれぞれ1人ずつ配置されていたウアラニェ市健康部所属の理学療法士による施術(在校生が対象)
(2)1カ所の小規模診療所に配置されていた同市健康部所属の理学療法士(1人)による施術
(3)市内唯一の公立病院に配置されていた理学療法士(2、3人)による施術
(4)民間の理学療法士による施術(個人で請け負っており、人数は不明)
 奥田さんが(1)〜(4)のいずれのタイプの理学療法士とも面識があったが、白羽の矢を立てたのは、(1)のうち、小学校に配置されていた男性の理学療法士(以下、Aさん)である。彼の配属校での立場は「保健室の先生」。すべての在校生の医療面のケアを担当していた。その業務の一環として行っていたのが、特別支援学級に在籍する身体障害児への理学療法だった。
 奥田さんがAさんと知り合ったのは、着任後まもない時期。社会開発部長の紹介だった。それから毎週1回、奥田さんがAさんの学校を訪れ、在校する障害児を対象とした理学療法を手伝うようになっていた。
 そうした継続的なかかわりがあったにもかかわらず、奥田さんは「配属部署外の人」であることにこだわるあまり、Aさんを「実質的なCP」にしようという発想が持てずにいた。しかし、前述の先輩隊員の言葉をきっかけに、あらためて「実質的なCP」と捉え直し、技術を伝えることにも力を入れることにしたのだった。

在外研修が足がかりに

「実質的なCP」となった Aさん(左)とともに、地域のマラソン大会で出場者にストレッチの指導をする奥田さん

JICAチリ事務所における活動報告会には、Aさん(右端)を含む「実質的なCP」3人を招待。写真の女性2人はいずれも市役所の職員。理学療法士ではなかったが、活動先を紹介するなど、奥田さんの活動をフォローしてくれた

 チリの理学療法士は大学で6年間学んでいるため、「知識」は豊富で、かつプライドも高い。しかし「技術」には課題が見られた。実際の施術は機器を使った電気刺激療法をメインとしているため、直接患者の体に触れて機能回復を図る徒手的な治療法については、熟練しにくい状況にあった。この点はAさんも同様だった。奥田さんが脚を怪我した際、徒手的な治療を施してもらったところ、患者に痛みを感じさせてしまうような技術レベルだったのだ。
 しかし、Aさんへの技術指導は当初、容易ではなかった。Aさんは奥田さんと同年代で、理学療法士としてのキャリアは10年強。そのため、プライドもひときわ高く、それを傷つけないよう配慮した伝え方をしても、奥田さんのアドバイスは聞き流されてしまうのだった。
 しかし、週に1度の定期的な協働を重ねたことで、やがてAさんの頑なな態度も軟化。そうした流れを後押しする決定的なステップとなったのは、エクアドルで開かれたリハビリ分野の在外研修に、「CP」としてAさんに同行してもらったことだ。
 研修では、「普段の臨床の中で抱えている問題を整理する」という事前課題が与えられていた。その課題を果たすという名目があったことから、角が立たない形でAさんとあらためて理学療法に関して意見交換することが実現。さらに研修後には、研修で講師が話したことを「後ろ盾」にできるようになったため、Aさんへのアドバイスがしやすくなったのだった。
 この研修の後、学んだことをウアラニェ市の医療従事者に伝える「還元研修」を、奥田さんはAさんと共に実施する機会もあった。それにより、Aさんは奥田さんの「実質的なCP」としてその役目を引き継ぎ、同市の理学療法のレベルアップを先導する人材へとなっていく可能性も出てきたのだった。

奥田さんの事例のポイント

「実質的なCP」を見つける
リハビリ分野のJICAボランティアの場合、派遣国には専門性を持った人材がまだ少なく、配属部署の同僚はいずれも専門性が異なる人ばかりということもある。そうしたケースでは、技術を伝えることができる人材を配属部署外で確保することで、活動が広がる可能性も出てくる。

奥田さん基礎情報

【PROFILE】
1976年生まれ、富山県出身。川崎医療福祉大学卒、埼玉県立大学大学院修士課程修了。理学療法士として回復期病院と訪問看護ステーションに勤務した後、理学療法士を養成する専門学校の教員に。2016年4月、協力隊員としてチリに赴任(現職参加)。18年3月に帰国し、翌月復職。

【活動概要】
ウアラニェ市役所(クリコ県)の社会開発部高齢者課に配属され、主に以下の活動に従事。
●住民に対する理学療法の実施
●高齢者集会での健康増進に向けた体操指導
●市役所職員や地域企業の従業員に対する障害予防に向けた体操指導
●小学校の障害児学級の生徒に対する理学療法の実施

知られざるストーリー