「協働作業」を重ねることで
活動のパートナーとなる農家を獲得

藤掛知英美さん(ベナン・野菜栽培・2015年度4次隊)の事例

農家を対象に野菜栽培の技術指導を行うことになった藤掛さん。当初、指導相手を見つけるのに苦労したが、一軒の農家で農作業の手伝いを通じてじっくりと関係を築いた結果、芋づる式に活動の協力者を獲得することができた。

活動先開拓でフル回転した自転車に乗る藤掛さん。背負っているのはモリンガの苗

 藤掛さんが配属されたのは、ベナン農業牧畜水産省のウエメ・プラトー県農業促進センター・ケトゥ村落開発支所。プラトー県ケトゥ市の農家を対象に、農業技術の普及・指導などを行う機関である。任地では、トウモロコシやイモ、トマトなどが生産されていたが、収穫量が芳しくないため、安定した収入にはつながっていなかった。そうしたなか、農家の収入向上に向けて野菜栽培の技術指導を行うことが、藤掛さんの活動の柱となった。
 同僚たちと農家を回って技術指導する。これが活動の大筋になると予想していたが、着任早々にそれは難しいことが判明する。同僚たちが農家を視察する際、訪問先は配属先から数十キロ離れているのが常で、同僚たちの移動手段はバイク。藤掛さんの移動手段は自転車だったため、同行は不可能だった。そこで、自転車で行ける地域に野菜農家がいないかと同僚たちに尋ねたが、期待していたような情報は得られなかった。
 そうして、活動対象となる農家を自力で探すことが、藤掛さんに課せられた最初のステップとなったが、当初はこれが難航した。自転車で配属先の近辺をいくら探しても、見つかるのはトウモロコシなどの穀物畑ばかり。野菜畑が一向に見当たらないのだった。
 時間ばかりが過ぎていくことに焦りを感じた藤掛さんは、ひとりで行うことができる第2の活動に着手する。それは、配属先の近くに実験圃場をつくり、野菜栽培をみずから実践しながら、土壌や気候などの栽培条件を確認することだ。
 ようやく転機が訪れたのは、着任してから半年が過ぎたころ。配属先で研修を受けていた農業学校の学生のなかに、藤掛さんの野菜栽培を手伝いたいと申し出てくれた人がいた。そうして、その学生(以下、Aさん)とともに農作業に取り組みながら、コミュニケーションを重ねていくと、彼との間に信頼関係が生まれていった。そうしてあるとき、藤掛さんは指導対象となる野菜農家を見つけるのに苦戦していることを相談。すると思いがけず、Aさんに野菜農家を紹介してもらうことができた。藤掛さんが自転車で回っていたエリアの農家だったが、奥まった場所に畑があったため、見つけられずにいたのだった。

【営業術】作業を手伝い、共に汗を流す

2年間の活動を大きく支えてくれた研修生のAさん(左)と藤掛さん。藤掛さんが協働作業を行った活動先農家にて

紹介されたのは、ひとりでトマト畑を切り盛りする二十代の農家。藤掛さんは「ベナンの農業を教えてほしい」と伝え、まずは水やりや草むしりなどの手伝いをさせてもらうことにした。任地の農家の栽培方法を知ったうえでなければ、適切な指導などできないと考えたからだ。
 彼は農業大学を卒業しており、農業の知識とスキルは高いように見受けられたが、野菜の苗の管理方法などに問題のあることがわかった。しかし、1軒の農家の情報だけでは、任地の栽培方法についての理解は不十分——そう考えた藤掛さんは、彼に知り合いの農家を紹介してもらうことを依頼。すると、地域の農家の会合に参加させてもらえることとなった。
 会合は、やる気のある農家仲間数人で開かれているもので、農業に関する情報交換を行っていた。藤掛さんは、これに参加したのを機に知り合った農家を、その後訪問。やはり「手伝い」を通じて、栽培方法の把握と人間関係の構築を進めていった。さらに、新たな野菜農家を芋づる式に紹介してもらうことも叶い、最終的には6軒へのコンタクトに結びついたのだった。
「『トマト栽培を行うのに支柱を立てない』など、彼らの栽培方法には日本の常識からすると気になる点は山ほどありました。でも、気候や資材、資金など、与えられた条件のなかで、彼らにとって可能な最善策が取られていることが見えていきました。何かを改善するとなると、費用がかさんでしまうケースばかりだったのです」
 そうして藤掛さんは、既存の栽培作物に関する技術指導はいったん保留とし、新たな活動の軸を探ろうと考えた。

二人三脚で植樹先を開拓

 藤掛さんは、活動の活路を求めて情報収集に明け暮れた。そうして目に留まったのは、先輩隊員が行った「モリンガ」の栽培を普及させる事例だった。モリンガは、成長が速く、旱魃にも強いので栽培が容易で、特に栄養価の高い葉は食用としての需要が見込めるもの。訪問先の農家のなかに、これを栽培している例があったことから、早速その農家から種を購入し、栽培方法についてアドバイスを受けた。農家にとって栽培方法の知識は貴重な「財産」にほかならないが、それを提供してもらえたのは、「手伝い」による「営業活動」によって築いた関係性があったからだった。
 藤掛さんが実験圃場で栽培を試みると、わずか3カ月で20、30センチほどに成長し、任地の環境にも適していることがわかった。さらに、栽培と並行して藤掛さんは任地でモリンガの認知度調査を実施。富裕層のなかには常食している人もいたが、ほとんどの住民は知らないということがわかった。
「任期も残り数カ月となっていたため、認知度を上げることに注力することにしました。市場での需要を高めれば、栽培の普及につながると考えたからです」
 藤掛さんが実際に取り組んだのは、住民の目に触れることが多い地域の小学校や幼稚園の敷地で植樹を進めること。教育行政機関の承認を得たうえで、実験圃場で育てた苗を手に、小学校や幼稚園などを訪問。モリンガの効能や植樹の主旨などを説明し、「敷地で植樹をさせてほしい」と交渉した。
 この「営業活動」でも、前述のAさんが助っ人となってくれた。モリンガ栽培の普及について相談すると、協力を快諾し、植樹先開拓の「営業」に同行してくれた。訪問先でAさんは、「この学校は数ある学校のなかから選ばれた、選りすぐりの学校なのです」と力説。そうした二人三脚の「営業」の結果、藤掛さんの任期中に6カ所でモリンガを植樹することが叶ったのだった。

小学校で行ったモリンガの植樹

モリンガの「営業」のために作成した資料。「栄養素が豊富」というポイントが印象付けられるよう、できるだけシンプルなつくりを心がけた

後輩ボランティアの方々へ

私は「協働作業」を通じて関係を深めた人たちからの紹介で、活動先の農家を獲得することができました。何かのきっかけをくれるのは現地の方々。彼らと腰を据えて関係をつくることも大切な活動のひとつだと思って、じっくり向き合ってみてはいかがでしょうか。私は活動先の農家となかなか出会えず、任期の前半は焦る気持ちを抱き続けていました。振り返ってみると、自分を追い詰めるよりも、「1年目は人脈づくりと情報収集の期間」と決めてしまってもよかったのかなと思います。

藤掛さん基礎情報

【PROFILE】
1987年生まれ、栃木県出身。新潟大学農学部を卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程に進学。三菱食品株式会社に勤務した後、2016年3月に協力隊員としてベナンに赴任。18年3月に帰国。

【活動概要】
農業牧畜水産省ウエメ・プラトー農業促進センターのケトゥ村落開発支所(プラトー県ケトゥ市)に配属され、主に以下の活動に従事。
●トマト栽培の技術指導
●モリンガ栽培の普及に向けたPR活動

知られざるストーリー