「エアロビクス教室」などを開催し、
同僚たちとの相互理解を深化

山下依里佳さん(バヌアツ・小学校教育・2016年度1次隊)の事例

児童数1200人という大規模校で算数授業の質向上に取り組んだ山下さん。多くの教員に指導法を伝えるには「ワークショップ」などの手段が不可欠だったが、その実現を後押ししたのは、活動以外の場で築いた彼らとの信頼関係だった。

エアロビクス教室などで学校の「エンターテイナー」と評判になった山下さんには、その後、校内でさまざまな余興を依頼されるようになった。写真は、児童を相手に武士のカツラを付けて行った日本文化紹介の授業

 山下さんが配属されたのは、バヌアツ最大の島・エスピリッツサント島にあるカメワ小・中学校。およそ1200人の児童が通う大規模校で、8学年(1〜6年生が小学校、7〜8年生が中学校)のそれぞれに4クラスずつあった。山下さんのメインの活動となったのは、小学校の算数授業に関して、教員の指導力向上を支援することだった。
 同校は島内の小学校を対象に行われる算数の計算テストで、いつも成績が最下位近くをさまよっているような学校だった。同僚たちに「なぜテストの成績が低いのか?」と尋ねると、彼らは「最近は家で親が勉強を教えないから」「児童たちが怠けているせいだよ」と答える。しかし、その正確な要因は、着任当初に行った授業観察で顕著に見えてきた。ある単元で児童の多くがつまずいていても、同僚たちは次の単元へと授業を進めてしまっていたのだ。例えば、6年生の児童の大半が計算テストで「2の段の掛け算」を解くことができていなかった。にもかかわらず、同僚たちは掛け算の知識が必須である「確率」や「分数」など難しい単元へと授業を進めてしまっていた。
「はじめから感じていたのは、同僚たちの協力なしに配属先の現状を大きく変えるのは難しいということでした」
 32あるクラスのすべてを巡回したり、すべての同僚たちと個別にじっくり話し合ったりするのは難しい。そのため、配属先の算数授業の質を上げるためには、一度に大勢の同僚たちに技術を伝えられる「ワークショプ」などの手段をとることがどうしても必要となるが、その開催は彼らの理解と協力なしには成り立たない。そうして山下さんは、同僚たちと信頼関係を築き、彼らに協力してもらえる素地を整えることに、まずは力を入れることにしたのだった。

【営業術(1)】 おしゃべりの輪に飛び込む

 山下さんは配属校に派遣された初代隊員。ほとんどの同僚にとって、初めて接するJICAボランティアが山下さんだった。当初、なかには山下さんに冷たい態度をとる同僚もいた。そうして、「どんな人が、何をしにやって来たのか」を理解してもらうことが最初のステップとなったのだが、そのチャンスは同僚たちの「おしゃべり好きの習慣」にあった。彼らは時間が空くと、よく中庭などで輪になって談笑していた。人を楽しませることが好きな山下さんは、他愛もない質問などを用意して、積極的に彼らの話の輪に加わった。
「バヌアツ人は基本的にシャイな人が多いのですが、よく笑う大らかな面を持っていて。嬉しかったのは、私と似た性格を持つ同僚がいたことです。彼女と一緒に場を盛り上げると、ほかの同僚たちが笑顔で集まってきてくれました。そうした日常のひとコマの中で、自然体の同僚たちに接しながら、それぞれの人柄や教育に対する熱意、彼らの間の関係性などを観察させてもらったんです」
 そうして、山下さんと同僚たちとの関係は深化。冷たい態度を取っていた同僚も一変し、山下さんに笑顔を向けるようになったのだった。

【営業術(2)】「放課後教室」を開催

「私たちにダイエットをする方法を教えてくれないかしら」。おしゃべりの輪のなかで、肥満を気にする同僚たちからこうした要望が出たのは、着任して1カ月が過ぎたころだった。そこで山下さんが考えたのは、放課後に「エアロビクス教室」を開くというアイデアだ。
「もちろん、要請書には『エアロビクスの指導』なんて書いてないんです(笑)。でも、できることがあればぜひやってみたいと思っていたので、教室の開催を提案しました」
 その場にいた校長から許可が出たことが決め手となり、放課後に空いた教室で実施する運びとなった。とはいうものの、エアロビクスの経験などほぼなかった山下さんは、動画サイトを見て研究。バヌアツの人が楽しめるような動きを取り入れて準備を進めたのだった。
 迎えたエアロビクス教室初日。準備の甲斐もあって、教室は大盛り上がり。張り切って取り組む同僚たちの姿が見られた。その後、「ヨガ」や「日本語教室」など、新たな要望が出るたびに、山下さんは快諾。定期的にそれらの「放課後教室」を実施した。
 教室を開くにあたり、山下さんは「楽しませる工夫」を怠らなかった。例えば日本語教室の場合、毎回用意する資料には、4コマ漫画を描いて同僚たちを登場させた。資料は教室がはじまる前に配布。同僚たちの好奇心を煽ったのだった。
「放課後教室を始めたときは、『とにかく何か行動したい』と思っていました。でも、あとから実感したのですが、『一対多』の空間を持てたことは、多くの同僚と互いに理解し合える絶好の機会でした」

山下さんが放課後に実施したエアロビクス教室に参加する同僚たち

エアロビクス教室などで学校の「エンターテイナー」と評判になった山下さんには、その後、校内でさまざまな余興を依頼されるようになった。写真は、火山の噴火で学校に避難していた地域住民を相手に行った日本の紙芝居の上演

ワークショップなど新たな取り組みを開始

山下さんが提案し、導入された計算テストの結果は、学校のオフィスに掲示。可視化したことで、児童と教員が学力の状況を把握できるようになった

 同僚たちに対し、算数の指導法に関する定期的なワークショップを開催することや、児童の学力向上に向けて以下の4つの取り組みを導入することを提案したのは、放課後教室を始めてから1カ月が経ったころだ。それまでの授業観察で把握したことを踏まえ、同僚たちの授業にある問題点とそれらへのアプローチの方法に関して、ひと通り整理がついた時期でもあった。
(1)百マス計算(足し算・引き算)を毎日実施する。
(2)毎週金曜日に、4~6年生の全クラスで同じ内容の百マス計算を実施し、成績を掲示する。
(3)算数授業の一部を山下さんが担当し、担任教員に見学してもらう。
(4)月に1度、全校で基本的な計算のテストを実施する。
 放課後教室などを通じて、「学校をみんなと一緒に良くしていきたい」という山下さんの思いは同僚たちに伝わっていたことから、これらの新機軸の提案は彼らにスムーズに受け入れてもらうことができた。そうして山下さんが任期を終えるころには、島内の小学校の計算テストで上位の成績を収めるまでに児童たちの計算力は向上したのだった。

後輩ボランティアの方々へ

「いかに相手と向き合おうとするか」がJICAボランティア活動の醍醐味だと思います。算数授業の改革を行った際、サボり癖のある3人の先生のクラスが取り残されてしまいました。協力を得るのに苦戦し、腹が立つこともありましたが、諦めずにかかわる姿勢を貫きました。すると、徐々にではありますが、彼らも意欲的に算数の活動に興味を持って取り組んでくれるようになりました。こちらに「愛」や「思い」があれば、相手にも伝わると信じています。

山下さん基礎情報

【PROFILE】
1989年生まれ、福井県出身。大学を卒業後、東京都の小学校に教諭として4年間勤務。2016年7月、協力隊員としてバヌアツに赴任(現職教員特別参加制度)。18年3月に帰国。

【活動概要】
カメワ小・中学校に配属され、主に以下の活動に従事。
●同僚に向けた算数指導法のワークショップの実施(月1回程度)
●算数授業に関する各種改革
●日本についての授業の実施
●同僚に向けた放課後教室の開催(エアロビクス・ヨガなど)

知られざるストーリー