プレゼン資料を使って「助産師」の業務を紹介

渡辺まどかさん(ホンジュラス・助産師・2016年度1次隊)の事例

助産師隊員として出産施設に配属された渡辺さん。派遣国には「助産師」という職種がないなか、パワーポイント資料を準備して、自身の知識や技術に対する同僚の理解を図った。

農村地域に赴き、妊婦を対象に保健指導を行なう渡辺さん

 渡辺さんが配属されたラ・パス県マルカラ市の母子保健センター(以下、センター)は、市役所が管轄する出産施設。出産が近づいた妊婦が宿泊できる施設「妊婦の家」も併設されており、渡辺さんにはその利用者を対象にした保健指導の充実化、あるいは同僚看護師への技術指導などが求められていた。センターに勤務していた医療スタッフは以下のとおり。
■医師 研修医が7人勤務。エコーを扱えないなど、できる業務に制限があった。また、ラ・パス県の県病院から週3回、産婦人科医がセンターに来て、異常が見られる妊婦に対し、予約制でエコー診察を行っていた。
■看護師 大学に在学中の研修生が2人勤務。
■准看護師 2年制の看護学校で取得できる資格で、十数人が勤務。
 カウンターパート(CP)となったのは、センターと保健所の両方を管理する機関のディレクター。その事務所もセンターに隣接していた。

着任2日目にプレゼンが実現

CPへのプレゼンで使ったパワーポイント資料。分量は約20ページ

 渡辺さんの着任は土曜日。その日にCPと交わしたやりとりで、彼女が協力隊員の派遣趣旨や、渡辺さんが持つ知識や技術について、ほとんど理解していないことがわかった。渡辺さんはセンターにとって初代の隊員であったうえ、ホンジュラスには「助産師」という職種もなかったのだ。
 そこで渡辺さんは、休日明けの月曜日に早速CPに時間をとってもらい、協力隊員とはどういう立場の人間なのか、自分がどのような環境の病院でどのような仕事をしてきたかなどについて、パワーポイントの資料を使いながら説明した。すると、同国では産婦人科医しか扱えない「エコー」を操作できることなどを知ったことで、CPは渡辺さんが持つ知識と技術のレベルを理解。「協力隊員は、配属先の業務を手伝うだけでなく、知識や技術を伝えるために派遣される者」という渡辺さんの主張も納得してもらうことができたのだった。
 このパワーポイント資料は、現地語学訓練の最中に作成していたものだった。作成のきっかけは、語学訓練の講師から受けたこんな質問だ。「あなたの職業である『助産師』は、この国に存在しない。どのような仕事をするものなの?」。これを聞いた渡辺さんは、「『助産師』として働いてきた者にどのような知識や技術があるのか、配属先の同僚もわからないかもしれない」と予測。そうして、着任後に同僚に見せる目的で作成したのが、このパワーポイント資料だった。出来上がった原稿を語学訓練の講師にチェックをしてもらうこともできた。

助産業務の中で自己表現

地域の高校で性教育を行う渡辺さん

 CP以外の同僚たちも、やはり当初は渡辺さんのバックグラウンドについての理解はなかった。なかには「看護学生」だと勘違いし、「注射を見たことはあるの?」と聞いてくる同僚もいた。しかし彼女たちには業務があるため、時間をもらってパワーポイント資料で皆にいっせいにプレゼンするのは不可能だった。
 そうしたなか、渡辺さんが自分の持つ知識や技術を同僚たちに知ってもらう手段は、彼女たちとともに助産業務を実践し、そのなかで知識や技術を見せていく、というものだった。たとえば、着任のわずか2日後のこと。出産直後に母親が痙攣を始め、生まれた子の状態も良くないという事態が発生した。そこで渡辺さんは蘇生術を主導。「子どもの体勢を変える」「酸素吸入や点滴の準備をする」など、必要な作業を同僚たちに促した。そうした場面が積み重なるにつれ、同僚たちは渡辺さんの知識や技術を理解するようになっていったのだった。
「協力隊員は、知識や技術を伝えるために派遣される者」という点については、CPが同僚たちに周知してくれた。着任の半月後、渡辺さんは同僚看護師たちを対象に情報収集のためのアンケートを実施。「医療を学んだ学校の種類」「仕事に関して知りたいこと」「センターについて問題だと感じている点」などを尋ねるものだ。そのアンケートを実施するにあたり、CPが同僚たちに協力隊員の派遣目的を説明したうえで、アンケートへの協力を促してくれたのだった。
 以上のようにして、渡辺さんの知識や技術、あるいは協力隊員の派遣目的が同僚たちに理解されると、「助産業務の手伝い」以外の活動を彼女たちに受け入れてもらえるようになっていった。たとえば、以下のような「業務改善」への支援だ。
■保健指導の改善
 妊婦健診に来た人や「妊婦の家」に宿泊している人を対象に開かれていた母親学級の内容や頻度を改善した。また、「妊婦の家」の宿泊者を対象にした日課として行える妊婦体操指導も開始。
■助産ケアの指導
「体を温める」「ツボを押す」など、陣痛を促進する「助産ケア」が従来は行われていなかったことから、その指導を看護師や准看護師たちに実施した。
■病室の改善
 センターの病室は、ベッドの間に仕切りのカーテンがない相部屋。一方、入院している妊産褥婦は、費用の都合で病室着の頻繁な交換が叶わないことから、大半が裸で過ごしている。そうしたなか、渡辺さんは次善策として仕切りのカーテンを備えることを提案し、実現してもらうことができた。
 こうしたセンターの業務改善に加え、やがて渡辺さんは配属外での活動にも手を広げるようになった。たとえば、保健指導が行われていなかった農村地域の保健所に赴き、周辺の妊婦を対象にした保健指導を行うことなどだ。そうした活動に取り組むきっかけを与えてくれたのは、配属先の同僚たちだった。渡辺さんの知識や技術への理解を持った彼女たちが、折に触れて外部の医療関係者に渡辺さんの存在を喧伝。その結果、彼らから保健指導のリクエストが舞い込むようになったのだった。

センターに併設された「妊婦の家」の宿泊部屋

同僚による母親学級。渡辺さんの提案によって「妊婦の家」の一室が専用部屋とされるようになり、頻度もアップした

渡辺さんの事例のポイント

事前準備でチャンスをものに
「活動依頼が舞い込む」など、活動に弾みをつけるチャンスは突然訪れることも少なくないはず。それを予測し、事前に準備を進めておけば、チャンスを無駄にせずに済む。渡辺さんが現地語学訓練の最中にプレゼン資料を作成した件も、その典型的な例だ。

渡辺さん基礎情報

【PROFILE】
1988年生まれ、千葉県出身。大学時代に看護師、保健師、助産師の免許を取得。大学病院の産科外来や病棟、新生児集中治療室で5年間勤務した後、2016年7月に協力隊員としてホンジュラスに赴任。18年7月に帰国。

【活動概要】
ラ・パス県マルカラ市の市役所が管轄する出産施設「母子保健センター」に配属され、主に以下の活動に従事。
●母親学級の実施・改善
●「妊婦の家」(遠方の妊婦が出産待機をする宿泊施設)での日課としての妊婦体操の導入や保健指導
●看護学校における周産期関連の講義
●高校での保健教育
●農村部における妊婦への保健指導

知られざるストーリー