善意の「手伝い過ぎ」が同僚の勤務態度の悪化を誘発

織田千恵さん(サモア・歯科衛生士・2016年度1次隊)の事例

病院の歯科部門で技術指導に携わった織田さん。当初、多忙に見えた歯科助手の業務を積極的に肩代わりしたところ、それがかえって彼らの「さぼり癖」を誘発することとなってしまった。

織田さんが立ち上げたモデル小学校での継続的な歯科保健指導で歯磨き指導を行う同僚の歯科衛生士

 織田さんが歯科衛生士隊員として派遣されたサモア国立病院は、首都アピアにある国内最大の病院。配属先である歯科部は着任当時、以下のようなスタッフ構成となっていた。
■歯科医師 8人
■歯科衛生士 1人
■デンタルセラピスト 約30人
■歯科技工士 3人
■歯科助手 4人
 デンタルセラピスト以外の職種が担当していたのは、日本の業務内容と同様。たとえば歯科衛生士の場合、むし歯や歯周病を予防するためにフッ素を塗ったり歯石を除去したりする「歯科予防処置」、歯科医師の業務をサポートする「歯科診療補助」、歯磨き指導などの「歯科保健指導」という3つが担当業務だ。一方、「デンタルセラピスト」は日本にない職種。歯科医師が行う抜歯などが認められている一方、歯科衛生士が行う歯石除去なども担当するという、両者の中間にある職種だった。これらの職種のうち、フィジーなど歯科の水準がより高い他国で教育を受けているのは歯科医師のみ。そのため、ほかの職種のスタッフには知識や技術の面で不足している点があった。織田さんに期待されていたのは、そうした課題の解決に向けた技術支援だった。

同僚が怠けるように

配属先で外来患者の診療を行うデンタルセラピストと、その介助を行う歯科助手

 織田さんは着任早々から、歯科衛生士が足りないためにそれまで配属先でほとんどなされていなかった歯周病患者の歯石除去を、一歯科衛生士として担当することから活動をスタート。しかしまもなく、ある失敗を経験する。「手伝いすぎ」という失敗だ。
 歯科部を訪れる外来患者は、1日におよそ100人にのぼった。目についたのは、治療器具の消毒・準備など口腔内に直接触れない診療サポート(歯科診療介助)を行う歯科助手の多忙さである。休憩時間を削って業務にあたっている状態を見かねて、織田さんは彼らの業務も手伝うことにした。歯科部の業務を広く把握したいとの意図もあった。
 様子が怪しくなってきたのは、着任から3カ月が経ったころ。織田さんが業務を肩代わりしてくれるのをいいことに、歯科助手たちが私用で外出したまま帰ってこなかったり、診療時間中に別の部屋でスマートフォンのゲームに興じたりということが頻繁になっていったのだ。そうした歯科助手たちに、織田さんはあからさまに抗議することは差し控えた。先輩隊員から、「同僚にぶつかっていったことで、以後の活動がやりにくくなってしまった」という体験談を聞かされていたからだ。代わりに、「自分も歯科助手たちと同じように、積極的に休憩をとる」という方法で、イライラを回避しようとした。しかし、それにも限界があった。患者がまだ残っているのに歯科助手たちが退社してしまい、織田さんがひとりで残業することが増加。「怒り」が募ってしまったのだった。

タイミングを見計い方針転換

配属先における診療器具の消毒。この業務を担う歯科助手たちに織田さんは改善の指導も行った

 その時期、織田さんには力を入れたい活動が見えてきていた。地域の小学校や幼稚園で、歯磨き指導などの「歯科保健指導」を活発化させることだ。配属先では従来、歯科医師が1人とデンタルセラピスト数人がチームを組み、地域の小学校や幼稚園を定期的に訪問しては、無料で歯科の健診と治療を行うプログラムが継続されていた。そこでは、デンタルセラピストによって歯磨き指導が行われることもあったが、織田さんはそれをさらに充実化させたいと考えたのだった。
 歯科助手が織田さんに仕事を任せきりにするという状況を打開するきっかけが訪れたのは、着任して半年が過ぎたころ。配属先に新たに3人の歯科助手が採用されたのをチャンスと見た織田さんは、3人が勤務を開始したその日から、歯科助手の仕事の手伝いから手を引いたのだった。
「サモアの人々には『がんばり過ぎない』という気質があります。そのため、歯科助手がサボっていることは咎められない。むしろ、私が彼らに『怠ける余地』をつくってしまっていたのではないかと考えたのでした」
 この方針転換は正解だった。以前からいる歯科助手たちは、当初、織田さんがなぜ急に診療室に姿を見せないようになったか、不思議そうにしていた。しかし、ほどなく「自分たちがやらねば」と我に帰り、新人3人に業務を教えながら、診療介助の業務にふたたび懸命に取り組むようになったのだ。さらにしばらくすると、彼らは新人たちと話し合いながら、織田さんが行っていたやり方を参考に、患者への診療介助や診療器具の管理に工夫を凝らしたりもするようになったのだった。

新規プロジェクトを開始

同僚のデンタルセラピストが企画・実施した小学校での歯科保健指導を手伝う織田さん(右端)

 歯科助手たちの業務のサポートから手を引くことができた織田さんは、地域における「歯科保健指導」の底上げに注力。以下のようなプログラムを、まずはモデル校に選んだ小学校で開始した。任期の残りが約10カ月となった時期である。
■歯科医師1人、デンタルセラピスト1人、歯科衛生士2人という体制により、モデル校で継続的な歯科の健診と保健指導を行う。
■実施は3カ月に1度(年間4回)。そのほか、教員の協力で「フッ素によるうがい」を週に1回のペースで実践してもらう。
■永久歯の生え方の違いにより、小学生のうちは学年ごとに歯磨きの重点は異なる。そこで、「1年目は1年生」「2年目は2年生」というように、毎年指導対象を1学年ずつ上げていきながら、6年をかけて小学校の全6学年で試行する。

 このプログラムには、配属先で特に「予防」への意識が高かったデンタルセラピストが主導を買って出てくれた。また、当初は通常業務で多忙だとの理由で関与を渋っていた歯科衛生士も、プログラムがスタートすると、織田さんのサモア語の拙さを見かねて、積極的な姿勢を見せてくれるように。そうして、織田さんの帰国した現在も継続されるに至ったのだった。

織田さんの事例のポイント

「がんばり過ぎ」が時にあだに
配属先の通常業務をフォローすれば、配属先の実態が見えたり、同僚との関係が深まったりする。しかし「手伝いすぎ」は、往往にして同僚たちの「怠け」を誘発するおそれがある。そのため、様子を見ながら、手伝いの適切な加減を見極めることも重要だ。

織田さん基礎情報

【PROFILE】
1979年生まれ、兵庫県出身。大阪歯科大学歯科衛生士専門学校卒。兵庫県加古川健康福祉事務所で5年間、歯科保健業務を担当した後、10年間にわたり兵庫県立総合衛生学院歯科衛生学科で専任教員を務める。2016年7月、協力隊員としてサモアに赴任(現職参加)。18年3月に帰国し、翌月復職。

【活動概要】
首都にある国立病院の歯科部に配属され、主に以下の活動に従事。
●歯周病治療や歯石除去に関する同僚への技術提供
●小学校や幼稚園の巡回診療での歯磨き指導
●モデル小学校におけるむし歯の予防プログラムの実施

知られざるストーリー