〜文部科学省担当者に伺う〜
教育現場で生きるOB・OGの力とは

学校教育の中で多様性の確保が課題となっている現在、JICA海外協力隊を経験した教員たちに期待される力とは何か。文部科学省の声をご紹介します。

話=寺島史朗さん(文部科学省大臣官房国際課国際戦略企画室長)

てらしま・しろう●1977年生まれ、富山県出身。2001年、文部科学省に入省。初等中等教育局勤務などを経て、2011年7月~2013年7月、宮城県教育委員会に出向。同教育委員会では、現職教員特別参加制度への派遣推薦も担当した。また2015年3月~2018年3月、在タイ日本大使館一等書記官。2018年4月より現職。日本型教育の海外展開や、アジア・アフリカ諸国をはじめとする各国との国際教育協力などに取り組む。

 これから教育を受ける子どもたちが社会で活躍するとき、日本国内で日本人だけに囲まれて生きていくというのは、およそ現実的ではありません。ICTの発展により急速な情報化が進み、グローバル化により社会が多様化する時代の中で、どう寛容性を持ち、人と協力し、アイデンティティを保つか、学校教育もその流れの中にあります。
 近年の教育改革により、学習指導要領が改訂され、2020年以降に順次全面実施されます。小学校では外国語活動や英語が導入され、また大学入試センター試験でも記述式問題が導入されるなど大きな変化があります。その教育改革の中で、特に習得を期待するのが「表現する力」「自ら課題を設定し、協働して解決していく力」などの「21世紀型スキル」です。
 文部科学省でも、スーパーグローバルハイスクールの指定や留学生交流の推進などで、グローバル人材の育成に取り組んでいますが、21世紀型スキルをどう子どもたちに身につけてもらうのかは、課題のひとつでもあります。
 現状として日本社会は流動性が低いという問題があります。私が以前タイの大使館に勤めていたときに感じたのは、陸続きの国であるタイでは民族も言語も入り混じっており、多様であることが当たり前だということでした。一方、国際的に見ても日本の学校は、多様性を受け入れるという変化に追いつけていない。教員自身も、グローバル化は外国籍児童が多数いる学校など一部地域の課題と捉えている部分があります。全体の課題と認識してもらうためにも、積極的に海外を経験した教員を増やし、また教員が海外の知識や経験を獲得する場を増やしていかなければなりません。
 そのような中、JICA海外協力隊を経験した教員(以下、教員OV)は、その経験を子どもや学校とシェアすることを帰国後の社会還元活動のひとつとしており、学校に多様性をもたらす存在であると感じています。


協力隊経験が生きる場とは

 海外での経験は、教育現場でどのように生きてくるのか。活用には、2つの側面があると思います。ひとつは、経験そのものの価値を生かし、「経験を学校で子どもたちや同僚に伝えること」。もうひとつは、海外で教育観や授業力、自身の力、日本の教育を振り返る機会になったという教員OVの声を聞くように、「これまでの経験を客観的に見直したことで得る、新たな視点」です。文部科学省が実施するプロジェクトで、それを感じたことがあります。
 文部科学省には、日本の教育を海外に紹介する「日本型教育の海外展開推進事業」という事業があります。その中で日本の大学が計画し、タイの日本人学校が協力をして、日本の教員が実施する「授業研究」(*)に、タイの教員に参加してもらうというプロジェクトがありました。教員の話、児童の発言のすべてを同時通訳する形で行いました。授業研究は、日本では近代学校制度が始まった約140年前から続けられており、日本の教員にとっては当たり前のもの。しかし、タイをはじめ多くの国では自分の授業を公開しません。これは、日本の教員には新鮮な驚きだったようです。タイには授業の質が上がらないという課題がありますが、授業研究の実施でタイの教員から直接「これはいい」と伝えられたことは、これまでの取り組みが正しかったと認識するきっかけになったようです。
 教員OVも似たような経験をしているのだと思います。振り返りの経験、客観的な視点が、日本の教育の課題・良いところを見つけ、学校に新たな視点を与える。そして、自身の授業や子どもたちと触れ合う中でも、その経験が生きてくる。「総合的な学習の時間」などで経験を伝えたいのに、その機会がなかなか得られないと悩まれる教員OVもいるかもしれませんが、経験というものは直接的ではなくても日々の教育実践に滲み出てくるものであると思います。


「21世紀型スキル」は協力隊経験そのもの

 協力隊の経験で得られるスキルとしてあげられるものは、自分とバックグラウンドが違う人と、言葉も文化も違う中で、状況を判断し、道を見つけ、課題を解決し、協調していく力。これはまさに、現在教員に求められる力であり、これから子どもたちに身につけて欲しい力、新しい学習指導要領が目指す先にあるものです。
 現職教員特別参加制度の仕組みが変更になるなど転換期でもある今、人事を担当する教育委員会や現場である学校では、教員を海外に派遣するには苦しいこともあるかもしれません。しかし、長期的なビジョンを持ってグローバル化推進のリーダーとなる教員を育てるためにも、教員の協力隊への参加促進や、協力隊経験者の採用は価値のあるものだと感じています。すでに教員採用試験でJICA海外協力隊経験者の特別枠や特別選考を設けている都道府県もありますが、今後その動きがさらに広まってほしいと考えています。
 そのためにも教員OVが、個人で、またネットワークを使って、協力隊経験を子どもたち、同僚などに地道に伝え続けてほしい。遠回りに感じるかもしれませんが、それが校長や教育委員会の理解につながり、次の教員OVを生み出し、日本の教育に多様な価値観を取り入れることにつながります。子どもたちが次の時代を「生きる力」を習得するためにも、教員OVや協力隊経験者の力、そして経験を発信する力に期待しています。

* 授業研究…授業の質を向上させるため教員間で授業を公開し、議論する取り組み。

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