「3Dプリント義足」の製造・販売事業をスタート

德島 泰さん(フィリピン・デザイン・2012年度1次隊)
インスタリム株式会社 代表取締役CEO


とくしま・ゆたか●1978年生まれ、京都府出身。システムエンジニアや産業デザイナーとして、コンピュータ部品のベンチャー企業や大手医療機器メーカーに勤務した後、2012年6月、協力隊員としてフィリピンに赴任。貿易産業省ボホール州事務所に配属され、同国初とのなるFabLab(*1)の設立支援に取り組む。14年12月に帰国。17年、合同会社インスタリムを設立。18年4月に株式会社化し、代表取締役CEOに就任。

——経営されているインスタリム株式会社の事業内容を教えてください。

德島 CADソフト(*2)と3Dプリンターを使って製作した「3Dプリント義足」を途上国で販売する事業です。従来の義足製作は、たとえば断端(脚の切断部分)を収める「ソケット」という部品の型を石膏で採るなど、非常に多くの手間がかかっていたんですね。そのため、どんなに安くても30万円程度を下回ることはありませでした。それに対し、3Dスキャンした断端のデータをもとにCADソフトでソケットを設計し、3Dプリンターで出力するといった弊社の工法では、3〜5万円の価格帯が可能になります。現在、JETROの日ASEAN新産業創出実証事業(*3)に採択された取り組みとして、事前の実証実験をフィリピンで行っているところで、来年の2月ごろには事業がスタートする見込みです。


——会社はどのような体制になっているのでしょうか?

德島 現在、スタッフは私を入れて7人の体制で、日本人とフィリピン人の義肢装具士が1人ずついます。私はエンジニアや産業デザイナーのキャリアがありますので、CADソフトや3Dプリンターの開発などは自分で行っていますが、そのほかの財務やプロジェクトマネジメント、AI開発といった業務に関しては、専門性を持った方々に担当していただいています。パートタイムや副業として携わっていただいている方もいるのですが、弊社は「スタートアップ」(*4)と呼ばれるタイプの企業なので、報酬を現金だけでなくストックオプション(*5)を付与する形にさせてもらうなど工夫することで、精力的に取り組んでいただいています。日本人スタッフは、起業支援プログラムやYouTubeなどで私が発信した事業内容に賛同し、集まってくれた人がほとんどです。


——起業の構想を持ち始めたのはいつごろでしょうか。

德島 3Dプリント義足に着目したのは協力隊時代で、2014年です。私はデザイン隊員として、3Dプリンターなど最先端の工作機械を置く市民向けラボの立ち上げに携わったのですが、現地の人によく、「3Dプリンターで義足をつくることはできないのか?」と聞かれたんですね。義足が簡単につくれるなら、価格も下がり、多くの人が買えるようになるというわけです。そこで私は、ラボの3Dプリンターで義足を試作してみたんですね。すると、義足製作に合ったCADソフトや3Dプリンターを開発すれば、アナログの工法よりはるかに少ない手間でつくれるということが見えてきた。しかし当時は、たとえ公益性の高い目的であっても、CADソフトや3Dプリンターの開発資金を支援してくれるような公的サービスを見つけることはできませんでした。それならば、協力隊の任期を終えた後に、ビジネスとして取り組んでみようと考えたのでした。


——その後、実際に起業するまではどのような道のりだったのでしょうか。

德島 帰国後はまず、知人が経営する会社に受け入れていただき、そこで義足製作用のCADソフトや3Dプリンターの開発、それと同時にフィリピンでの事業開始に必要な調査や検証などを進めました。調査や検証にはJICAの「中小企業海外展開支援事業」のプログラムも活用させていただいています。独立して会社を立ち上げたのは昨年3月です。


——会社経営は初めてですか。

德島 協力隊に参加する前に、ベンチャー起業で6年ほど経営にかかわっていたほか、4年ほどウェブシステムをつくる仕事を個人事業主としてやっていますが、自分が代表となり、人を雇用して会社を経営するというのは初めてです。弊社はさまざまな分野の専門家が集まったチームですので、CEOとして彼らとしっかり議論していくためには、自分自身もすべての分野について勉強しつつ、彼らへのリスペクトも忘れてはいけない。そういう大変さはありますが、せっかく協力隊で大きな仕事を経験させていただいたからには、社会課題を解決するビジネスをファミリービジネスなど小さな規模でやる必要はないかなと思っています。というのも、協力隊として派遣されている間、その国の社会課題を目の当たりにし、小さな規模の取り組みではいつまで経ってもその解決には至らないことを経験を通して十分に理解したからです。フィリピンの例で言うと、義足を必要とする人は120万人以上に上り、そのうち義足が買える人はわずか数万人という状態なんですね。そうした社会課題に真剣に向き合おうとするならば、小さく、気楽にやるという選択肢を選ぶ必要はない。これは、私が協力隊で得ることができたマインドセットのひとつかもしれないですね。


——事業の今後の見通しは?

德島 まずは10台ほどの3Dプリンターを備えたデジタル義足製作所をマニラにつくり、現地の営業員と義肢装具士が病院を回っての営業活動を始める予定です。ソケットを患者さんが痛みを感じず快適な状態にまで仕上げるには、3Dプリンターで出力したものを再加工していくという作業が必要なのですが、義足の製作実績が1000件程度にまで達したら、それらで得たデータをもとに、「このような断端ならば、このようなソケットの形状がいい」という形状のレコメンドをAIにさせるようにするつもりです。そうすると製作の手間が減り、価格をさらに下げることができるので、途上国のより多くの人が入手できるようになります。フィリピンでそのあたりまで進んだら、次は人口が多いインドで事業を開始する予定です。しかし、目標は「すべての人が義足を手に入れられる世界の実現」。そこに向かって少しずつ事業地を広げていきたいと思っています。

*1 FabLab…「Fabrication Laboratory」の略。ファブラボ。インターネットで世界的にネットワーク化された3Dプリンターやレーザーカッターなどの工作機械を備え、市民に開放されたものづくりラボ。
*2 CADソフト…コンピュータによる設計(CAD/キャド)のためのソフトウェア。
*3 日ASEAN新産業創出実証事業…ASEANにおける日本企業の市場獲得の支援を目的に、新産業創出のための実証事業などを行うプログラム。JETRO(独立行政法人日本貿易振興機構)が運営を受託している。
*4 スタートアップ…新しい事業領域の開拓を目指す企業。事業が軌道に乗った後の急成長が見込まれる。
*5 ストックオプション…自社株をあらかじめ決められた価格で購入できる権利。






インスタリム株式会社

設立:2017年3月31日(前身の合同会社として)
代表者:德島 泰(代表取締役CEO)
所在地:東京都世田谷区池尻2-4-5(世田谷ものづくり学校内)
事業内容:3Dプリント義足の開発・製造・販売
(写真は、フィリピンでの事業開始に向けて試作した義足を装着する患者)

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