OB・OG夫婦でIターンし、複合的農業をスタート

五十嵐 大介さん(キルギス・家畜飼育・2009年度3次隊)
農園「ベレケの村」代表

五十嵐 早矢加さん(キルギス・村落開発普及員・2010年度3次隊)
農園「ベレケの村」副代表


いがらし・だいすけ(写真右)●1984年生まれ、兵庫県出身。酪農学園大学を卒業後、食品会社に技術職として勤務。2010年1月、協力隊員としてキルギスに赴任。イシククリ州内の県役場に配属され、地域の農家を対象に、家畜飼養管理の現状に関する調査や助言などに取り組む。12年1月に帰国。乳業メーカー勤務などを経て、2016年5月、妻・早矢加さんとともに千葉県南房総市に移住し、就農。

いがらし・さやか(旧姓:嶋田/写真左)●1984年生まれ、奈良県出身。関西学院大学商学部を卒業後、商用自動車メーカーに勤務。2011年1月、協力隊員としてキルギスに赴任。イシククリ州内の県役場に配属され、一村一品運動の支援に取り組む。13年1月に帰国した後、北海道浦河町に地域おこし協力隊員として着任。特産品の開発などに取り組む。2016年5月、夫・大介さんとともに千葉県南房総市に移住し、就農。

——生産している品目を教えてください。

※お話は大介さんに伺いました。
五十嵐 メインは、この南房総市が国内で生産量第一位であるカレンデュラ(*)という花です。同じようにここで生産が盛んなソラマメ、エダマメ、食用の菜の花、コメなどにも力を入れているほか、ミニトマトやバジル、あるいはキルギスの料理によく入っていたビーツという実物野菜など、とにかく興味を持った品目をいろいろと試しています。作物はそのまま販売するだけでなく、加工して販売するということもしており、形が悪いミニトマトの規格外品はソースなどに加工していますし、カレンデュラを材料とした石けんやリップクリームなどのコスメ商品も出しています。


——販売はどのようなルートで?

五十嵐 現在は農協と道の駅、ネット販売という3つが主な販路です。観光客が通る海岸沿いの道には、かつて土産物店だったスペースを借りて直販店を構えているのですが、閑散期は人が通らず、テナント料も売り上げに連動した金額としていただいているので、現在は暖かい観光シーズンだけ開けることにしています。


——農業のやり方で特にこだわっている点などはあるのでしょうか。

五十嵐 私たちは協力隊時代、キルギスの同じ州で暮らしたのですが、そこでは、牛や羊を飼い、その糞を使ってさまざまな作物を育てるという複合的な農業を、こぢんまりした規模で営むというのが一般的でした。自然に負担がかからないそうした農業のあり方に魅力を感じ、日本でそれを実践してみたいというのが、就農する道を選んだそもそもの動機です。ですので、さまざまな作物を育てること、あるいは地元で手に入る海藻や馬糞などを肥料にして、なるべく農薬を使わないことなどにはこだわっています。


——就農はいつ考え始めたのでしょうか。

五十嵐 協力隊の任期を終えた時点では就農するつもりはなく、私は千葉の乳業メーカーに再就職しています。その後、結婚を決め、2人で将来のビジョンを話し合うなかで、キルギスの農家と似たような暮らしをしてみたいということで、新規就農を考え始めました。


——カレンデュラをメインの作物とすることを選んだ理由は?

五十嵐 私は大学で畜産を学んでいるので、最初は北海道で肉牛の飼育を中心とした複合的農業をやりたいと考えたんですね。そうして、妻とともに浦河町に移り住み、妻が地域おこし協力隊員として活動する一方、私は黒毛和牛の畜産農家で1年ほど研修を受けています。ところが、町内で売ってもらえる土地は何千万円もする広大な土地ばかりであったことから、浦河町での就農は断念しました。その後、何をメインにするかをあらためて検討したのですが、そこで着目したのが、キルギスの任地で食用や薬用としてよく売られていたカレンデュラでした。調べてみると、日本では仏花として使われることがもっぱらで、食用や薬用にされることは少ない。ならば、仏花以外の用途をアピールすることで新たな市場が開拓できるかもしれないと考え、メインの作物とすることにしました。


——実際に就農するまで、どのようなプロセスを辿ったのでしょうか。

五十嵐 カレンデュラづくりの研修が受けられるところをインターネットで探したのですが、そこで見つけたのが、南房総市のホームページで紹介されていた私の師匠でした。面接を受け、受け入れていただけると決まったので、妻とともにここに移住し、弟子入りします。市から私に毎月5万円、師匠には3万円が支払われるという、新規就農の促進を目的とした市のプログラムでした。


——独立にあたっての苦労は?

五十嵐 新規就農のための研修は、師匠の田畑で農作業を手伝いながら学び、独立するときには自分で農地を探さなければならないというのが一般的です。しかし、「素性のよくわからない人には農地を貸したくない」という農家も多く、Iターン就農を目的に研修を受けたものの、農地が得られなくて就農を断念するというケースも少なくありません。一方、私の師匠は先々をよく考えてくれる方で、「就農するなら、1年目から勝負したほうがいい」と言って、私たちのために畑を借り、研修の冒頭から自力での生産に挑戦させてくださったんですね。そのため、研修が終わった今年8月以降も、同じ畑をそのまま借り続けることができたので、独立にあたっての苦労はほとんどありませんでした。


——協力隊の経験は、その後の生き方にどのような影響がありましたか。

五十嵐 新規就農者を呼びこむため、町役場が生産する品目を決め、その開始に向けたお膳立てをするということも多く、そうした町役場主導の新規就農のほうが日本では人気です。先々の不安が少ないからです。しかし私たちは、いつ、何をつくるか、すべてを自分で考えるという道をとりましたた。その決断ができたのは、協力隊経験によって、先々について「なんとかなる」と楽観的に捉えることができるようになったからだと感じています。「自分ですべてを考える」というのは、リスクもすべて自分で負わなければならないということなので大変ですが、やはり、会社員時代には味わえなかった醍醐味がありますね。


——今後の見通しを教えてください。

五十嵐 まずは安定した収入が得られるようにするのが先決です。師匠には「続けていれば、生産は徐々にうまくなっていくので心配ない。むしろ、あなたたちのような若い新規就農者の頭の使い所は『売り方』を考えることだ」と言われています。この地域の農家の販路は主に農協ですが、ネット販売などの小売のほうが利益率は高い。そのため、パッケージやホームページを工夫するなどして「ベレケの村」という私たちの屋号のブランディングに力を入れており、そうした努力は今後も続けていくつもりです。
 そうして農業自体が軌道に乗ったら、都市部の人たちに農業体験の機会を提供し、農をとおして人々がつながる場となれるよう、ゲストハウスの運営などにも手を広げていきたいと考えています。

* カレンデュラ…ヨーロッパ原産のキク科の草花。和名はキンセンカ。開花は春で、色はオレンジ色や黄色。日本では主に仏花として、ヨーロッパでは主に民間薬として使われる。






農園「ベレケの村」

開園:2016年8月
代表者:五十嵐大介
所在地:千葉県南房総市白浜町
事業内容:農産物の生産・加工・販売
ショップ:千葉県南房総市白浜町白浜623-14(金・土・日・祝日の10:30〜15:00)
(写真は、今年の秋にネット販売した詰め合わせ商品の中身。トマトの加工品3点(ソース、ドレッシング、ジャム)、コメ(ひとめぼれ)、サツマイモ)

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