思いを共有できる住民と共に
環境啓発プログラムを実施

川口 恵さん(セントルシア・環境教育・2016年度1次隊)の事例

省庁の環境部門に配属され、環境教育の活性化に取り組んだ川口さん。環境教育に取り組む余力が同僚たちにないなか、活動パートナーとなってくれたのは、環境問題への高い意識を持つ住民たちだった。

任期中の最終回となった「 クリーンアップ」の参加者たち。協力隊員と住民を合わせると50人ほどにのぼった

 川口さんの配属先、セントルシア持続的開発・エネルギー・科学技術省の持続的開発・環境局は、環境分野全般の政策決定機関。環境教育の実施も担っており、その活発化が川口さんに求められていた役目だった。同局のスタッフは十数人。それぞれに「環境アセスメント」や「気候変動」などの担当分野が割り振られていたが、「環境教育」はそうした割り振りの対象外だった。政策決定に関する業務の合間に、おのおのが自分の担当分野に関する環境教育を実施することになっており、川口さんの着任当時、どうしても後回しにされがちだった。カウンターパートはいたものの、やはり他の業務で多忙を極めており、共に環境教育に取り組んでもらえる余地はなかった。
「活動をつくるためにも、とにかく地域の人との接点を持ち、活動のパートナーを見つけなければ」。そんな焦りから、川口さんは体当たりの営業活動を開始する。手始めに行ったのは、地域の小学校へのアプローチだ。小学校は環境教育が実践しやすい場だと考えた川口さんは、片端から電話をかけていく。しかし、まだ英語が不慣れななか、電話での交渉は至難の技。しかも、外国人からの突然の電話ということで、まともに取り合わない学校もあった。
 そこで今度は、小学校を直接訪ねてみることにした。すると、一部の校長が協力する姿勢を見せてくれた。そうして着任のおよそ半年後になり、ようやく3校で週に1度の定期的な環境教育授業を行わせてもらえるようになったのだった。

「顔を売る」努力

「クリーンアップ」の終了後、Aさん(右端)に仕事への思いを参加者に伝えてもらった。「自分は忍者。陰から社会を変えたい」が彼の口癖だった

「ネットワークづくりは、直接顔を見ながら話をすることが重要だ」。活動校の開拓でこれを実感した川口さんは、「顔を売ること」をより積極的に行うようになった。そのひとつは、現地の環境問題に関する情報収集を兼ねて行った関連機関への訪問だ。対象は、ゴミ処理業者や環境NGOなどである。
 川口さんがとったもうひとつの「顔を売る」方法は、地域のイベントへの参加だ。たとえば、現地では特に人気で、年に何度も開かれていたウオーキングイベント。日本人がそうした場にいればおのずと目立つ。毎回参加していくなか、やがて見知らぬ人から声をかけられることも多くなっていった。
 こうした営業活動の積み重ねが実を結び、もっとも重要な活動パートナーとなる人物とつながったのは、任期の半ばごろ。現地でリサイクル業を営む40代の男性(以下、Aさん)である。環境問題の解決を目指すソーシャルビジネスとして起業した人で、海外の先進的な取り組みを視察するなど勉強も重ねていた。JICAに関する知識もそれ以前から持っており、川口さんの存在を聞きつけたAさんが、「一緒に何かをやろう」と自らコンタクトしてきてくれたのだった。

ゴミ拾い活動が住民主体に

 Aさんの協力がカギとなった活動は、月に1度、住民有志で街中のゴミを拾う「クリーンアップ」と称した取り組みである。
 クリーンアップ自体をスタートさせたのは先輩隊員。川口さんは、着任直後から毎回これに参加するようになったが、当時の参加者は協力隊員が大半という状態だった。そうしたなか、着任の2カ月後に先輩隊員の任期が終了。住民主体の取り組みへと変えることができれば、環境問題に関する良い啓発になる——。そう考えた川口さんは、幹事役を引き継ぎ、参加する住民を増やすための策を試みるようになった。「開催時間を変える」「募集の仕方を変える」といった方法だ。しかし、これといった効果はなかなか現れなかった。
 その潮目を変えたのが、Aさんとの出会いだった。彼はまず、拾ったゴミの引き取りを請け負ってくれるようになった。さらに、「参加する住民を増やしたい」という川口さんの相談に対して、Aさんは「スポンサーの獲得」を提案。地元企業の協賛により、参加者への特典を設けるというアイデアだった。Aさんはさらに、協賛の依頼をする際に相手企業に示す企画書の書き方なども伝授してくれた。
 結果は期待どおりだった。カフェやダイビングショップなど、毎回異なる企業が順にスポンサーとなり、その店の割引券などを特典として参加者に配布するというスタイルが定着。ささやかな特典ではあったが、「参加すると楽しい」という雰囲気が醸成され、平均で15人ほどの住民が参加し、2000個近くのゴミを拾うという規模の取り組みになったのだった。

ポスターコンクールを開催

プラスチック袋使用削減のポスターコンクールの審査会場

 川口さんの任期終盤は、小・中学校の環境クラブの活性化を支援することがメインの活動となった。そこでもやはり、営業活動を通じて関係を結んでいた配属先外の人材がパートナーとなった。中央省庁の水産分野を所管する部署に勤める女性職員(以下、Bさん)である。
 セントルシアでは、川口さんの任期終了の1カ月後に、スーパーのプラスチック袋が有料化されることが決まっていた。環境保護の目的で、その使用量の削減を狙った施策である。しかし、これには現地の大人たちから強い反発が上がっていた。そうしたなかで川口さんがBさんとともに企画・運営したのが、プラスチック袋の使用抑制をテーマにしたポスターコンクールだ。参加を呼びかけたのは、全国の小・中学校の環境クラブ。子どもからの訴えにより、大人たちの意識が変わるかもしれないとの読みがあった。
 コンクールは盛況で、応募点数は200点近くに上った。審査は、川口さんとBさん、およびBさんの同僚たちが手分けして実施。入賞作品は任地のスーパーに貼り出され、この話題はテレビでも取り上げられた。
 川口さんの帰国は今年6月。その後、川口さんのもとには「プラスチック袋の使用量が実に8割近く減った」との報告が届いたという。

川口さんからのメッセージ

「自分のペース」で大丈夫!
活動らしい活動が見つからず、時間が長く感じられて仕方がないという方も、焦る必要はないと思います。大切なのは、そういう時期であっても、「この国を楽しもう」と意識し、どんどん地域に出ていくこと。そこから、思いを共有できる人とつながったり、たとえそれが叶わなくても、良い気分転換ができたりするからです。

川口さん基礎情報




【PROFILE】
1990年生まれ、千葉県出身。学習院大学文学部英語英米文化学科を卒業後、進学塾で3年間、文系講師として働く。2016年6月、協力隊員としてセントルシアに赴任(現職参加)。18年6月に帰国し、復職。

【活動概要】
持続的開発・エネルギー・科学技術省持続的開発・環境局に配属され、主に以下の活動に従事。
●小・中学校における環境教育授業の実施
●中学校におけるコンポストづくりの導入
●住民ボランティアによる定期的な清掃活動の運営
●スーパーのレジ袋の有料化支援

知られざるストーリー