保護者との対話で
「過程」への着目を促す

磯田晴香さん(ウガンダ ・小学校教育・2016年度1次隊)の事例

小学校で算数や体育、課外活動の支援に携わった磯田さん。「成績」の良し悪しばかりを気にする保護者が多かったなか、勉強の「過程」やクラブ活動への取り組み方など、児童の「人間としての可能性」を多角的に見るよう訴えていった。

洗ったばかりのアルティメットディスクを手にするクラブの部員たち

 磯田さんの配属先はウガンダの公立小学校。7学年のいずれも児童数は100人程度で、成績により2クラスに分けられていた。各クラスに担任は配置されていたが、授業は教科担任制。教員がそれぞれ得意・不得意によって1〜複数の教科を分担していた。
 磯田さんの主たる活動のひとつは、算数と体育の授業を行うことだ。算数は4〜5年生を担当。授業自体は単独で行ったが、ノート活動や具体物の教材などを重視する自身のやり方は、算数を担当するほかの教員にも共有した。
 一方、体育は3~6年生を担当。同国では2011年に体育が小学校の必修となったが、卒業時にパスしなければならない国家試験(PLE)の対象教科とはなっていない。そうした事情もあり、磯田さんの着任当時、3~6年生では体育がいずれの教員にも割り振られていない状態だった。しかし、体育の重要性に共感した教員が自発的に体育を兼務。磯田さんと共に授業を行ってもらったり、磯田さんの授業を見学してもらったりすることが叶った。
 授業のほかに磯田さんが力を入れたのは、課外活動の支援。具体的には、「アルティメット」というスポーツのクラブを立ち上げ、体育担当となった教員と共にその運営を行った。
 アルティメットとは、アメリカンフットボールのように「エンドゾーン」が設けられたコートで行う団体競技。7人ずつの2チームが「フライングディスク」をパスでつなぎ、エンドゾーンでキャッチする回数を競うものだ。競技人口は少ないものの、ウガンダにはそのナショナルチームもあり、他校ではすでに先輩隊員が普及に取り組んでもいた。
 配属校を含め、ウガンダの小学校にはサッカーやバレーボールなどの「課外活動」は定着していた。しかし、それらは従来、大会前に上手な児童で選抜チームを組み、特訓を行うだけのもの。好きな競技の練習に日常的に打ち込み、「努力」や「協力」などさまざまな学びをそこから得るというような役割は果たしていなかった。そんななか、新たなクラブ活動のあり方を紹介する意図で磯田さんが立ち上げたのがアルティメットクラブだった。選手全員の協力が必要であり、かつ男女混合の競技である点が、この種目を選んだ主な理由だ。
 クラブの立ち上げは任期の半ば。2、3カ月もすると、部員が100人にものぼる人気のクラブとなっていった。

三者面談で保護者にアプローチ

アルティメットクラブで授与された「がんばったで賞」の表彰状と大会の参加証を手にする5年生の児童とその母親。学業の成績は下位だったが、クラブでの活躍を理解した母親は、長い目で成長を見守る姿勢へと変わっていった

 以上のような活動に取り組むなか、磯田さんはある思いを持つようになっていく。たとえ成績が悪くても、その児童の可能性を最大限に引き出すような風土をつくることだ。算数、英語、理科、社会の主要4教科で行われるPLEは、その成績次第でより良い中学校に進学できたり、反対に留年となったりするなど、子どもの人生を大きく左右する。さらに、学校ごとの成績の集計が新聞で公表されるため、入学希望者の数、ひいては入学金や授業料の合計額を左右するなど、学校にとってもPLEの出来・不出来は影響が大きいもの。そのため、教員たちは主要4教科の成績を上げることに力を注ぐ。各学期には3日ずつ、保護者が学校に来て、自分の子どもと共に教員と話をすることができる日が設けられていたが、その日はいつも、教員と保護者に成績のことで叱られ、泣いている児童が多く見られるのだった。
 磯田さんが最初にアプローチしたのは「保護者」たちだ。保護者訪問日に彼らに対応していると、「うちの子は出来が悪い」と嘆く人が多かった。なかには、「これで個別指導を」と現金を差し出す人もいた。当初は、角が立たないようにそうした要求を断るしか対処の方法がなかった。しかし、授業実践を重ね、個々の児童の様子が見えるようになってくると、保護者訪問日の面談で、「成績」という「結果」だけでなく、勉強の「過程」に目を向けるよう促すようになった。たとえば、こんな質問をする。「お子さんのノートを見たことありますか?」。成績が悪い児童のなかには、ノートを取る習慣がない児童もいれば、反対にノートは一生懸命取っている児童もいた。前者であれば、ノートを取るよう働きかけることが必要であり、後者であれば、辛抱強く見守り、成績の向上を待つ必要がある。そうしたことを保護者に伝えようとしたのだ。すると、やがて保護者たちは、「成績」に関することだけでなく、「授業態度」や「ノートの取り方」など、勉強の「過程」に関することを尋ねるようになっていった。

教員たちの姿勢にも変化が

他校と行われたアルティメット大会で活躍する配属校の児童。この子も留年するほどの成績だったが、クラブでは人一倍努力。小柄ながら、女子のなかでもっとも上手な選手になった

「保護者の考えは変わり得る」と感じた磯田さんは、アルティメットクラブを立ち上げた後、クラブ活動での様子も積極的に保護者に伝えるようになった。それをとりわけ意識したのは、勉強が苦手な児童の場合だ。保護者が成績の悪さをいつも嘆いていた子どものなかには、クラブ活動になると、「年下の子に教えるのが上手」「ほかのメンバーからの信頼が厚い」「人一倍努力する」など、「人間としての可能性」を感じさせる子もいたからだ。
 成績の悪い我が子がクラブ活動ではがんばっていることを知った保護者たちは、クラブを運営する磯田さんや体育教員たちへの感謝の意を口にした。それまで「教員に我が子がほめられる」という経験がなかったからだ。なかには、かつて「個別指導を」と言って現金を渡そうとしてきた保護者が、「クラブ活動のお礼です」と言って現金を渡してくるようになるケースもあった。そうしたお金は、クラブの運営費に充てさせてもらった。
 同僚教員たちは、ひとりひとりの児童を磯田さん以上に把握している。それを保護者に伝える重要性を感じていなかっただけのようで、やがて同僚教員たちにも、児童の勉強の「過程」を保護者に伝える姿が見られるようになっていったのだった。

磯田さんからのメッセージ

教え子の両親の顔も覚える!
活動を通して、保護者と協力しながら教育にあたることの重要性を実感しました。私はなるべく教え子の両親の顔も覚えるよう努めたのですが、これはとても有効でした。街中で見かかけたときに声をかけ、そこでお子さんの話をすることができたからです。

磯田さん基礎情報




【PROFILE】
1992年生まれ、神奈川県出身。日本女子大学家政学部児童学科を卒業後、2016年6月、協力隊員としてウガンダに赴任。18年6月に帰国後、英国リーズ大学大学院「開発と教育」コースに進学。

【活動概要】
ルウェロ県ンデジェにある公立小学校、ナリニャ・ ルワンタレ・ガールズスクールに配属され、主に以下の活動に従事。
●算数授業の実施(単独で)
●体育授業の実施(現地教員との協働)
●課外活動(アルティメットクラブ)の支援

知られざるストーリー