小学生サッカーチームで
自主性を伸ばす指導を実践

土屋圭悟さん(バヌアツ・サッカー・2016年度1次隊)の事例

サッカーの普及や、その指導を通じた青少年育成に携わった土屋さん。新たに結成された小学生のモデルチームでは、子どもの自主性を伸ばす指導に努めた。

路上で開催した「ストリートサッカー 」の大会。競技の普及方法として土屋さん(中央)が提案したものだ

 サッカー隊員としてバヌアツに派遣された土屋さん。首都のポートビラでは、地方からの人口流入に伴う失業率の上昇などが原因で、若者の軽犯罪が増加傾向にあった。ポートビラ市役所に配属された土屋さんは当初、主にこの問題への対策として、サッカー指導を通じた青少年育成を行う予定だった。しかし、配属先にはスポーツに関連する部署はなく、着任すると、「何かやりたいことがあれば声をかけて」と言われたきり、放っておかれてしまった。
 そうした状況を打開するために土屋さんが取った行動は、さまざまな教育機関や教育施設などを意欲的に訪れることだ。訪問した小学校や障害者施設などでは、「体育授業をサポートしてほしい」など、不足するマンパワーを補うことを要望された。それにひとつひとつ応えていくことが、土屋さんの任期前半の活動となった。

知的障害者チームの立ち上げ

丸太でサッカーゴールを手づくりする成人チームの選手たち

 任期の半ばになると、前半に重ねた地道な活動が元となって、新たな活動が生まれていった。そのひとつが、知的障害者によるサッカー・ナショナルチームの指導だ。  その時期、バヌアツが「スペシャルオリンピックス」(*)に加盟したのを機に、知的障害者の支援に取り組む同国のNGOが「サッカーを足がかりに、知的障害者スポーツの普及を目指す」という構想を温めていた。しかし、指導者の獲得が難航。そんななかで白羽の矢が立ったのが土屋さんだった。土屋さんはそれまで、障害者施設でラグビーの指導に携わっていた。その情報が人づてにNGOに届き、指導のオファーが寄せられたのだった。
「ナショナルチーム」という名目ではあったが、サッカーができる知的障害者はまだ限られた範囲に留まっていた。オファーに応じた土屋さんは、まずは「知的障害者の交流の場づくり」を目指した。練習は、学校のグラウンドを借りて、週3日ずつ行うことに。「選抜」などはせずに、興味があれば誰でも受け入れる構えで開始した。やがて、毎回楽しみにして練習にやってくる参加者たちの姿が定着。サッカーの素養がなかったNGOスタッフたちも運営の要領をつかみ、このチームは土屋さんの任期終了後も継続されることとなった。

子どもの主体性を伸ばす指導を

土屋さんが指導をしたサッカーのモデルチームの選手たち

 教育機関や教育施設での活動を通じて、土屋さんには同国のサッカー協会とのつながりが生まれた。すると、協会と配属先の双方に協働の希望があることが判明。そうして土屋さんは、サッカーの普及とそれを通じた青少年育成という、両機関の事業目的を兼ね備えた活動に取り組むこととなった。それはサッカーの小学生チームの巡回指導と、チームづくりの理想を示すために「モデル」と位置付けされたチームでの継続的な指導だった。
 協会が各地に小学生チームをつくり、そのリーグを立ち上げたのは、土屋さんの任期が残り半年となったころ。土屋さんがモデルチームの指導で重視したのは、子どもたちの「自主性」を伸ばすことだ。それまで見てきた同国のスポーツ指導の現場では、「大人が指示し、それを待って子どもが動く」というやり方が一般的だった。そうしたなか、土屋さんは周囲のスポーツ関係者が注目するモデルチームを使って、彼らにスポーツの教育的側面に気づいてもらおうと考えたのだった。
 土屋さんはモデルチームでメンバーにこう伝えた。「まず自分たちで考え、良いと思ったとおりに実践してごらん。考えてもわからなかったら、質問しても構わない」。そうして「子どもが主体」のチームづくりが始動すると、当初こそ、どう動けばいいのかわからずにとまどっている様子の子どもたちだったが、次第に「自分たちで考えること」にトライし始める。準備運動や後片付けなどの段取りを自分たちで考え、行うようになっていったのだ。
 子どもたちの自主性の成長は、プレーの中でも顕著に現れるようになっていった。試合では相手チームの指導者がしきりに檄を飛ばすなか、土屋さんは子どもたちの自主性を尊重し、指示は控えめにするよう努めた。すると、ベンチのムードは明るいものとなる。やがて、子どもが自分たちで試合の状況を分析し、作戦を立てたり、声がけをし合ったりしながら、勝利に向けて協力し合うようになる。そうした戦い方は、チームの強さにもつながっていった。
 モデルチームの子どもたちのそうした姿を「証拠」として、土屋さんはほかのチームの指導者たちにこう説明した。「指示を出すことも時に必要です。しかし、子どもたち自身で問題を解決できるようになった方が、チームは強くなる。プレーをするのは指導者ではなく、子どもたち自身なのだから」
 スポーツは多面的なものだ。スキルを伸ばし、競う「競技」の側面もあれば、取り組む過程でさまざまなことを学べる「成長の機会」という側面もある。バヌアツのスポーツ指導者や選手の保護者たちが従来、関心を持っていたのは、前者の側面。そのなかで、後者の側面もあるのだと一石を投じたのが土屋さん。任期を終えた後、その波紋が広がり、同国のスポーツがより豊かになものになっていくことが、土屋さんの願いだ。

*スペシャルオリンピックス…知的障害者にスポーツをする機会やその競技会を提供している国際的なスポーツ組織。

事例のポイント!

行動範囲を広げる
土屋さんは任期の序盤、教育施設などを積極的に訪れたことで、活動の場を獲得し、さらにそれが自分のスキルを発信することにつながっていった。活動先や協力者が定まらない場合、思い切って行動範囲を広げてみるのも手だろう。

土屋さん基礎情報




【PROFILE】
1994年生まれ、神奈川県出身。幼稚園児のころにサッカーを始める。日本体育大学を卒業すると同時にサッカー選手を引退。2016年7月、協力隊員としてバヌアツに赴任。18年7月に帰国。

【活動概要】
ポートビラ市役所に配属され、サッカーを通じた青少年育成を目標のひとつに、以下の活動に従事。
●知的障害者のサッカーチームの立ち上げ
●小学生のサッカーチームでの指導
●サッカー大会の企画·運営

知られざるストーリー