「ドッジボール」を突破口に
体育授業の質向上を支援

矢内将洋さん(キルギス・体育・2016年度1次隊)の事例

小・中・高の一貫校に配属された矢内さん。「自由時間」と化していた体育授業の改善を目指し、限られた環境でも実施可能な「ドッジボール」の導入を提案した。

朝礼で「カラジョルゴ(キルギスの伝統的な踊り)体操」を行う配属校の児童たち。健康増進を目的に矢内さん(右)が考案したもの

 矢内さんが配属されたケリンバイ学校は、小・中・高の一貫校。午前と午後の二部制で、およそ300人の生徒が在籍していた。
 矢内さんに求められていた活動のひとつは、小学校の体育授業の質向上支援。着任すると早速、カウンターパート(以下、CP)の体育教員が行う授業に入らせてもらうこととなった。当時、体育授業は「自由時間」の様相を呈していた。CPがボールをひとつ与えると、児童たちはルールも曖昧にサッカーなどを気ままに楽しむ。そうした状態に対し、CPは問題意識を持っていないようだった。
「学びのある体育の授業」をCPに知ってもらうべく、矢内さんは早速、試行錯誤を始める。授業の「始まり」を意識させるため、冒頭に「準備体操」の時間を置いたり、球技以外の運動を取り入れたりと、日本の体育授業のあり方を自身が主体となって実践してみた。しかし、CPは関心を示す素振りもなく、意見を求めても「暖簾に腕押し」の状態だった。「しかし、CPは体育教員としてのキャリアが20年以上もあるベテラン。若手の自分が意見するのは得策とは思えなかった」と矢内さんは振り返る。
 授業に楽しそうに取り組む児童たちの姿にはやりがいを感じたものの、矢内さんの懸念は消えなかった。このまま自分が主体となった授業を続けていても、体育授業の質の向上は望めなかった。
 そうしたなか、矢内さんは問題点とその解決策を整理し直すため、授業実践からいったん身を引き、しばらくサッカークラブの指導に専念することにした。着任後半年のころだ。サッカークラブの指導も、学校から当初、要望されていた活動のひとつだった。

ドッジボールを突破口に

配属校の体育授業でドッジボールの指導をする矢内さん(右)

 体育授業の新たな改善策を閃いたのは、授業実践から離れて半年ほど経ったころだった。「ドッジボール」を突破口にするというアイデアである。この種目を選んだのは、次のような理由からである。
●ボールひとつで実施が可能。
●体格や運動能力などに差があっても不利になりにくく、男女を問わず活躍できる。
●作戦がわかりやすいため、目標に向かってチームが一丸となれる。
●「ぶつける」「逃げる」など、楽しめる要素が含まれている。
●CPが知らなかった種目であるため、関心を持ち、授業に取り入れる可能性がある。
 経験がない相手に競技の仕方を伝えるためには、事前準備が重要になる。矢内さんは現地語のルールブックを作成し、わかりにくい箇所は図で解説するなどの工夫を施した。すると、矢内さんの狙いは的中。CPや児童たちからの反応がよく、すぐに体育の授業に導入される運びになったのだ。ついに「自由時間」から脱却し、「学びのある体育の授業」が実現したのだった。

グループで巡回指導を開始

帰国前に配属校で開催した運動会の様子。教員と児童が3チームに分かれて競い合い、大盛り上がりの1日となった

 ドッジボールがCPや生徒たちの心を掴み、手応えを感じた矢内さんは、他校へのドッジボールの普及を画策。スポーツ関連の隊員で分科会を立ち上げたうえで、「体育授業への導入」と「大会の開催」という2つの目標を掲げ、各校への巡回指導を開始した。任期も残すところ1年を切った時期である。
 巡回先は小学校12校。それぞれ2回ずつ訪問した。指導の内容は次のとおりだ。
【初回】ドッジボールの紹介と大会への出場を提案。大会については、「ルールの理解と練習に努める」という出場条件を提示した。
【2回目】授業への導入の進捗状況と大会出場の意思を確認。授業への導入の進捗状況や教員の意欲などを総合的に判断したうえで、出場校を確定した。
 初回の訪問でドッジボールを紹介する際は、分科会メンバーで役割を分担。「説明する役」と「実演する役」をつくり、動きや手本を示しながらルールを説明したところ、教員たちの理解が得やすかった。また、試合の様子を伝えるときには、動画も活用した。
「6年生」「1チーム15人」という規定で開催した初めてのドッジボール大会は、9校が出場。夢中で試合に取り組む児童たちと、熱心にアドバイスを送る教員たちの姿があった。ルールの浸透具合から、教員たちがドッジボールを実際に授業に導入し、練習を積ませてきたことがうかがえた。なかでも分科会のメンバーが大きな成果として実感できたのは、児童たちの変化だった。チームワークが肝要なドッジボールを通じて協調性を身に付けた児童たちが、他校の児童とも打ち解け合い、後片付けを協力して取り組む姿なども見られたのだ。
 分科会によるこのドッジボールの普及活動で、矢内さんはもうひとつの成果を得ていた。CPが巡回指導に同行し、他校の教員への説明に加わってくれたことだ。それにより、正確な現地語による説明で受講する教員たちの理解が深まっただけでなく、CP自身も体育教員としての自信や誇りを新たにすることができたのだった。ドッジボールを通じて生まれた、学校を超えた現地の教員間のネットワーク。矢内さんは、それが自身の帰国後も体育授業の質向上に生かされていくことを願っている。

事例のポイント!

いったん距離を置く
活動に行き詰ったときは、いったんそこから距離を置いてみるというのもひとつの方法だろう。本事例では、距離を置いた期間にあらためて問題点を整理・分析したことで、「ドッジボール」という解決の糸口が見つかる結果となった。

矢内さん基礎情報




【PROFILE】
1994年生まれ、東京都出身。日本体育大学を卒業後、2016年7月に協力隊員としてキルギスへ赴任。18年7月に帰国。現在は保健体育科の教員を目指している。

【活動概要】
ナルン州ケリンバイ学校に配属され、主に以下の活動に従事。
●体育授業の補助
●ドッジボールの普及
●カラジョルゴ体操の製作・定着化
●サッカークラブの立ち上げ
●日本クラブの運営

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