実習先の開拓により、
高齢者福祉分野の可能性を拡大

小野由貴さん(モンゴル・ソーシャルワーカー・2016年度2次隊)の事例

大学のソーシャルワーカー養成科で授業を担当した小野さん。平均寿命が低いために注目されてこなかった高齢者福祉分野の授業では、高齢者施設での実習を導入するなど、実践的な内容となるよう努めた。

小野さん基礎情報





【PROFILE】
1986年生まれ、岡山県出身。川崎医療福祉大学で社会福祉士の資格を取得。卒業後、医療機関にソーシャルワーカーとして7年間勤務。その後退職し、16年10月に協力隊員としてモンゴルへ赴任。18年10月に帰国。

【活動概要】
ドルノド県にある国立ドルノド大学に配属され、ソーシャルワーカー養成科で主に以下の活動に従事。
●授業の実施
●学生の課外活動や実習への同行
●日本の大学のソーシャルワーカー養成カリキュラムの紹介
●日本語クラブの実施


小野さん(右)による授業の様子。通信教育部の学生を対象に、障害者支援に関する制度を説明している

 小野さんの配属先は、国立大学のソーシャルワーカー養成科。30人ほどの学生に対し、3人の教員が授業を担当していた。ここで小野さんに期待されていたのは、ソーシャルワーカー(以下、SW)に関する日本の理論や事例を紹介し、同科の授業内容の充実化を図ることだった。
 小野さんが手始めに取り掛かったのは、授業を組み立てるために必要な情報の収集。同僚たちの授業を手当たり次第に見学させてもらった。すると、授業の大半が「理論の説明」に当てられていることがわかった。モンゴルの教育現場では一般に、実践的な技術よりも、理論を教えることが重要視されているのだった。
「理論の説明」をするためには、授業で使うモンゴル語で専門用語がどう表現されるのかを知らなければならない。その手段として有効だったのは、同僚たちとの「お茶の時間」。その時間を利用することで、彼らに負担をかけることなく、専門用語を教えてもらうことができたのだった。「お茶の時間」は同時に、同僚たちの要望を聞き出し、それに対して小野さんができることを伝える場にもなり、小野さんは徐々に同僚たちの授業を部分的に担当させてもらえるようになっていった。

障害児・者分野の講義を担当

 単独で授業を担当させてもらえるようになったのは、任期の折り返し地点を過ぎたころだ。同僚や学生が求めていたのは、「児童福祉」や「障害者福祉」に関する情報。両分野について、「特別支援学校」や「障害者手帳」など日本の制度を知りたいという声が多かった。しかし、小野さんの前職は、病院に配置される「医療ソーシャルワーカー」。対象者の大半は高齢者であり、「児童福祉」や「障害者福祉」は畑違いだった。小野さんは試しに授業で高齢者福祉について話してみたが、学生ばかりか同僚たちでさえ、それを学ぶ意義を疑っている様子だった。現地の平均寿命は日本ほど長くないため、高齢者福祉は馴染みの薄い分野だったのだ。
 小野さんは止むを得ず、必死に勉強しながら「児童福祉」や「障害者福祉」の授業を開始する。しかし、知識の薄い分野の理論を、モンゴル語を使って説明するのは容易なことではなかった。
 小野さんが悪戦苦闘するなか、見かねた同僚から助け船が出された。「写真や動画を活用したらどうか」という提案だ。そこで小野さんが取り入れたのは、貧困家庭の児童を支える日本のSWの紹介動画。児童が持っていた大人への不信感が、SWとかかわるなかで消えていくという内容だった。
 小野さんはその動画を見せた後、「SWはどのような姿勢で対象の子どもの話を聞いていたか?」と学生たちに問いかけ、彼ら同士で意見交換をする時間を設けた。SWの仕事の現場では、同僚たちが教える「理論」だけでなく、「相手の話に耳を傾け、その状況を把握する」など、実践で鍛えられていく「技」も重要であることを、学生たちに伝えたかったからだ。
 この問いかけに対する学生たちの意見から、小野さんが言わんとすることが理解されたことがうかがえた。一方、授業を見学していた同僚たちには、「学生どうしで意見交換させる」という、彼らが取り入れていなかった方法に関心を持ってもらうことができた。

高齢者施設での実習の様子。学生と利用者の交流を目的に、モンゴルの伝統的なゲーム「シャガイ」をしているところ

高齢者施設での実習の様子。学生たちが提案し、みずから主体となって行った体操教室

高齢者施設の現場実習へ

 通信教育部の学生を対象に、「高齢者福祉」の授業を開講してもらえる運びとなったのは、任期も残すところ半年となったころだ。小野さんの知見を生かそうという同僚たちの計らいによるものだった。
 身寄りのない高齢者が暮らす施設が地域にひとつだけあるという話は、以前から同僚に聞かされていた。小野さんはその施設での実習を開講した授業に導入。「実習」も、同僚たちが行っていない教育方法だった。
 実習で課題としたのは、「入所者のアセスメント(状況の把握)」。日本の高齢者福祉の現場では、対象者へのヒヤリングなどをもとに把握した体や精神の状態、家族の背景などを「アセスメントシート」と呼ばれる用紙に記入し、対象者が抱える問題点を整理するという方法がとられている。モンゴルの高齢者福祉の現場では行われていなかった方法であったことから、小野さんはその要領の指導に力を入れた。
 当初、学生たちはアセスメントをやる意義には半信半疑の様子だった。しかし、アセスメントとして利用者たちへのヒヤリングを重ね、入所者たちの問題が明確になってくると、学生たちは自発的に「この入所者には、もっと動きの簡単な体操を教えてはどうか」など話し合いを行うようになっていった。そうして学生たちに、この実習でも「相手の話に耳を傾け、その状況を把握する」という「技」の重要性を実感してもらうことができたのだった。
 それまで外部との接触がほとんどなかった実習先にとっても、学生の受け入れは良い刺激となったようで、学生が開いた体操教室には、関心を持って参加する職員の姿も見られた。実習に同行した同僚も、「施設側が了承すれば、今後も実習や交流を継続したい」と宣言。そうして小野さんの授業が契機となり、現地の高齢者福祉に新たな道筋が付いたのだった。

事例のポイント!

提案のやり方次第では、社会福祉に関して現地の人が持っている固定観念に風穴を開けることができる。本事例では、大学教育で隊員が導入した実習が、それまで現地で注目されていなかった「高齢者福祉」を活発化させる契機となった。

知られざるストーリー