活動Q&A集〜協力隊技術顧問が回答〜

JICA海外協力隊への技術支援を目的に、分野ごとに配置されている技術顧問。派遣中隊員から寄せられた活動に関する相談と、それに対する技術顧問による回答の例をご紹介します。

【回答者】

滝坂信一さん
●JICA海外協力隊技術顧問(担当分野:障害者支援)
●元帝京科学大学教授

Question 1:専門性がない方々への指導の方法について

幼稚園で活動する障害児・者支援隊員より

 配属されている幼稚園には特別支援学級が設けられており、脳性麻痺や知的障害の子を受け入れています。しかし、派遣国には特別支援教育を専門とする教員はおらず、配属先の特別支援学級も保護者のひとりが教員役を務めています。その保護者には教員の経験はなく、私が着任した当時、教育的な活動はいっさいなされていませんでした。
 この保護者に特別支援教育の知識を提供しても、やがて交替の時期がやってきます。そこで私は、配属先の教員全員に特別支援教育の知識を提供し、統合教育の可能性を含めて、園全体で障害児に対応していく体制を導入したいと考えています。
 特別支援教育の専門性がまったくない方々にそれを指導するうえで、どのような点に注意すれば良いでしょうか。

Answer

 障害のあるひとの困難は、周りのひとが「あまりにも当たり前であるために自分が前提としていることに気づかず、その前提を押しつける」ことから生じます。立場を変えると、これは周りのひと、特に一緒に暮らす家族の困難でもあります。「なぜこれがわからないのか」、「何を考えているかわからない」、といった思うようにならないストレスを感じ、障害のあるひとにそのイライラをぶつけてしまうことが少なくありません。
 保育や教育における「障害」に関する一次的な専門性とは、そういった前提にたたず、その子どもの内的な過程を理解し、その子の日常生活における健康、生命の維持についての配慮、コミュニケーション方法がわかり、成長発達に見通しをもってそれに資する実際の対応ができるということ、そのことについて他者の理解を促すということです。
 その意味で、任地の人々が障害のある子どもたちの心の動きについて「あ、そうか」と気づくこと、そして障害のある子どもとの関係を築き、成長発達にかかわることについてもっと工夫してみようという気持ちになることがとても大切です。そのように感じられる場面を示すことができれば、「知っていることを教えてくれないか」と隊員に求めてくるでしょう。他方、そのような動きを阻害する要因も必ずあります。最大のものは「従来の考え方や、やり方を変えるのは面倒だ」、「今までのやり方で大きな支障はない」という考え方です。これは万国共通で日本においても例外ではありません。
 因みに、特別支援学級は幼稚園のなかでどのような位置にあるでしょうか? また担当している保護者はその仕事にやりがいを感じているでしょうか? 特別支援学級の担任がやりがいを感じて実践を行い子どもたちが生き生きと幼稚園生活を送る、そして魅力的な実践が広がり幼稚園全体によい影響をもたらしたら素晴らしいですね。それが、隊員の提供できる何よりもの「専門性」かもしれません。

Question 2:専門にとらわれない活動の実践について

保育園で活動する障害児・者支援隊員より

 私の配属先は、貧困家庭の乳幼児全般を支援する国の機関であり、所管する保育園は対象を障害児に特化しているわけではありません。そのため、私自身も特別支援教育に特化した活動ではなく、保育園全体の課題解決に取り組むべきではないかと感じています。
 たとえば、保育園のスタッフたちにはすでに保育に関する専門知識がある程度備わっており、それを増やすワークショップなども行われています。しかし、「子どもとのコミュニケーションが少ない」「子どもに関する情報共有がなされない」「園内が整理整頓されていない」など、基本的なことが実践されていません。
 以上のような状況のなか、現在、活動計画を立てるうえで自分の専門性にどの程度こだわるべきかについて迷いがあります。大きな方向性について何かアドバイスをいただけますでしょうか。

Answer

 はじめに、隊員にとって、任地では実践されていないとする「基本的だと思われること」について考えてみましょう。
 日本で「子どもとのコミュニケーションを大切にする」のは、コミュニケーションを通じて、「自分が大切にされているのだ」、ということを子どもが感じ、気持ちが穏やかに保たれ、健やかに育つという考えがあるからではないでしょうか。また、スタッフが「子どもに関する情報を共有する」のは、「皆で力を合わせ、子ども一人ひとりを大切にして保育にあたる必要がある」、という考えがあるからでしょう。さらに、「園内を整理整頓する」のは、それによって子どももスタッフも、すがすがしい気持ちで過ごすことができるとの考えからでしょうか。これらはいずれも、日本という社会の文化において大切にされている、日本における「基本的な」ことです。
 では、任地において「基本的」とされていることは何でしょう?
 そのことをスタッフや関係者から知り、これに対して隊員自身にできると感じることから実践し、その姿を見てもらうこと。次に、それに関心をもったスタッフを誘って、一緒にやってみるのはどうでしょう。その際、子どもたちが隊員に対して表す表情や変化は、大きな勇気を与えてくれるはずです。そして、「保育園のスタッフたちには、すでに保育に関する専門知識がある程度備わっている」とすれば、隊員の行う様子に心を動かされる保育者が必ずいます。「ていねいなコミュニケーションが、子どもとの関係にどのような影響をもたらすのか」、をテーマにワークショップを行うこともできるかも知れません。
 そういったなかで、これまでは保育の対象となってこなかった、「地域に住む、障害のある子どもを受け入れるためにできる一歩」を、考え取り組んでみる。そこで隊員から出てくるアイデアには、これまでの経験のなかで培われてきた「専門性」が必ず含まれています。そしてそれは、任地での新しい環境での活動を通じて、より洗練されるはずです。
 保育の充実と保育における障害のある子どもへの対応は、一つにつながっていることです。私には、配属先が大きな可能性のあるところだと感じられます。任地での取り組みは、帰国後の仕事にも必ず生かすことができます。

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