[OJTのCHECK]
患者の「体の変化」と「声」を指標に同僚の技量を評価

後上正幸さん(モンゴル・理学療法士・2016年度1次隊)の事例

総合病院で同僚を対象に理学療法の指導に携わった後上さん。同僚の治療が終わると、後上さんがその患者の回復度合いを測定するという地道な方法で、同僚の技量を確認していった。

後上さん基礎情報





【PROFILE】
1988年生まれ、埼玉県出身。日本リハビリテーション専門学校を卒業した後、茨城県内の病院に理学療法士として5年間勤務。2016年7月、協力隊員としてモンゴルに赴任。18年7月に帰国した後、岩手県陸前高田市にある訪問リハビリステーションに理学療法士として勤務。

【活動概要】
ドルノド県保健局に配属され、理学療法に関する主に以下の活動に従事。
●患者への治療の実施
●同僚への技術伝達
●診療所や学校でのリハビリテーションに関する啓発の実施
●患者宅でのホームエクササイズの指導


Bさん(右)に理学療法の治療手技をマンツーマンで伝授する後上さん

 後上さんが配属されたのは、モンゴルの地方部に位置するドルノド県の保健行政機関。同国では2007年に理学療法士の資格が創設されたが、まだその数は少なく、特に地方部では依然として不足している。そうしたなかで後上さんの活動の中心となったのは、配属先が所管する総合病院のリハビリテーション科で自ら患者に理学療法を行うこと。さらにその傍らで、同科の同僚たちを相手に理学療法の技術指導も行った。指導の対象となった同僚は、主に次の2人だ。
●理学療法士の資格を持つ20代の女性(以下、Aさん)。後上さんの任期の半ばに産休に入った。
●運動指導の専門性を持つ20代の男性(以下、Bさん)。産休に入ったAさんの替わりに他部署から異動してきた。理学療法については素養がなかったが、同国では彼が持つ専門性でも理学療法に携わることが認められていた。
 同僚たちへの技術指導の方法は、実際に患者に対する理学療法を進めながらアドバイスを行うOJT(On-the-Job Training)がメインだ。

マンパワー活動のチェック

 日本でもモンゴルでも、理学療法は医師が書く指示書に従って治療を行わなければならないことになっている。そのうえで、理学療法士自身が絶えず治療効果をチェックし、治療方法の細部(手技の力の入れ方など)の見直しを図っていくということが、日本では徹底されている。後上さんは、自身が患者の治療を行うマンパワーとしての活動に関しては、日本で行っていた以下のようなやり方で絶えずその効果をチェックした。
●「座位をどの程度保持できるか」といった患者の能力を、観察によって確認する。
●「関節がどの程度曲がるか」といった患者の能力を、計測によって確認する。
●治療に対する患者自身の満足度(「痛くないかどうか」など)を、問診によって確認する。
 以上のようなやり方で確認した情報は、リハビリテーション専用のカルテに記録。それにより、患者の状態の変化が可視化され、行っている治療方法の良し悪しをより適切に判断できるようになる。モンゴルにはこのリハビリテーション専用のカルテをつくる習慣がなかったため、後上さんは先輩隊員が作成したモンゴル語版のフォーマットを使った。

Aさんに活用を提案したモンゴル語版のリハビリテーション用カルテ

技術指導の活動のチェック

 理学療法士の資格を持つAさんは、治療手技の技術はある程度の基礎ができていた。課題だったのは、「絶えず治療効果をチェックし、治療方法の細部の見直しを図っていく」というプロセスが欠落していた点だ。その解決策になり得ると後上さんが考えたのは、リハビリテーション専用のカルテの導入だ。「カルテに記載する」という「アウトプット」の機会がないから、「治療効果をチェックする」という「インプット」もなおざりになってしまう。さらに、治療効果のチェックが不十分であるから、治療方法の見直しもやりようがない——。
 そうして後上さんはAさんに対し、治療手技の技術だけでなく、カルテの活用の指導にも力を入れることにした。この指導の効果をチェックする方法は、こまめな「観察」以外にない。後上さんは自身の担当患者への治療があるため、Aさんに付き切りというわけにはいかなかったが、2人は同じリハビリテーション室で治療に当たっていたため、絶えず横目で彼女の様子を観察し続けた。すると、後上さんが「カルテを書こう」と声がけをした直後は実践するものの、声がけをしないでいると再び実践が止まってしまうという状態が、いつまでも続くのだった。
 カルテの作成は、Aさんにとって負担の大きな作業であるために、声がけだけでは定着しないのだろう。そう判断した後上さんは、リクエストのハードルを下げることにした。「患者が理学療法を受ける期間の最初と最後だけ、『関節の曲がる角度』と『筋力』の2点に限って測定・記録する」という作業のみ、徹底することを求めたのだ。するとようやく、定着していったのだった。

他県で開かれた 医療技術に関するセミナーで、Bさん(左)と共に理学療法の紹介を行う後上さん(右)

患者の家族に歩行介助の指導をするBさん(左)

患者の声を指導方法に反映

 理学療法の専門性を持っていなかったBさんへの技術指導は、「治療手技」と「治療効果をチェックする方法」の両方につき、その基礎を教えることからのスタートだった。当初は2人で同じ患者の治療にあたり、技術を伝授。その後は、Bさんに単独で治療にあたってもらいながら、折々にアドバイスをするという形で指導していった。
 この技術指導の効果をチェックする方法は、Bさんが治療とその効果のチェックを行った後に、後上さんが今一度効果のチェックを行い、Bさんの技量を評価するというものだ。例えば、Bさんが治療後に患部の関節が何度曲がるかを計測した後、後上さんも同じ計測をする。そうして、治療の効果が上がっているかどうか、および計測の仕方が正確かどうかの両方を確認する。これを繰り返すのはきわめて手間のかかる作業だったが、Bさんの学ぶ意欲が高かったことから、後上さんも粘り強く継続。やがてBさんは、難しい症例でなければ単独で治療に当たることができるようになっていった。
 以上のほか、AさんやBさんに対する技術指導の効果をチェックする方法となったのは、「患者の声」だ。理学療法では、前述のように「治療に対する患者自身の満足度」も不可欠な要素。後上さんはAさんやBさんが担当する患者に対し、2人がいないタイミングを見計らって声がけをした。すると、中には「あの人の治療は強くてちょっと痛い」と吐露する患者もいれば、逆に2人の治療を「快適だ」とほめる患者もいた。後上さんはそうした声を、彼らの治療手技のどこに注目するか、あるいは彼らにどんなアドバイスをするかなど、指導の方法へと反映していったのだった。

POINT

第三者の声を拾う!
医療技術など、受け手がいるサービスの技術を同僚に指導する場合、そのサービスを実際に受けている人たちの声をうまく吸い上げれば、同僚の技量、ひいては隊員自身の指導方法の良し悪しを測る指標となる。

知られざるストーリー