巡回指導や勉強会で、
現地教員の指導力向上を支援 〜算数〜

小波蔵政芳さん(グアテマラ・小学校教育・2016年度3次隊)の事例

県の教育事務所に配属された小波蔵さん。小学校で系統立った算数授業が行われていなかったなか、日本の協力でつくられた教科書の活用を軸に、教員への技術指導に取り組んだ。

小波蔵さん基礎情報





【PROFILE】
1986年生まれ、沖縄県出身。大学を卒業後、公立小学校に教員として勤務。2016年12月、協力隊員としてグアテマラに赴任。18年12月に帰国。

【活動概要】
トトニカパン県教育事務所に配属され、小学校での算数教育の充実化に向けて、主に以下の活動に従事。
●国定教科書『Guatematica』の普及
●現地教員自身の基礎学力向上を目的とした勉強会の開催
●現地教員を対象とした授業技術の研修会の実施
●研究授業の実施


小波蔵さんが普及に取り組んだ算数の国定教科書『Guatematica』を手にする児童たち

 小波蔵さんの配属先は県の教育事務所。配属先では、2006年に日本の協力を受けてつくられた算数の国定教科書『Guatematica』(以下、「教科書」)の活用の定着を目指していたが、着任した当時は、ほとんど活用されていない状態だった。そうしたなかで小波蔵さんに求められていたのは、「教科書」の活用促進を含めて算数教育の質向上を支援すること。まずは配属先との話し合いにより、管轄する小学校のなかから巡回指導する学校を選定。授業を視察し、改善に向けた助言を行う形で活動をスタートさせた。

研修会や勉強会で問題の根が判明

放課後の勉強会で現地教員に板書計画のアドバイスを行う小波蔵さん

 巡回を開始した小波蔵さんは、すぐに大きな問題に気付く。既習事項を踏まえて新しいことを教えていくという、算数授業で重要な「系統性」を教員たちが意識していないことだ。「1年生の授業で掛け算を扱う」「掛け算が未習得の4年生に割り算を教える」など、授業が場当たり的になってしまっていたのだった。
 この問題を解決するためには、系統立った構成となっている「教科書」の活用を促すのが近道だ。その手段として小波蔵さんが巡回先の教員を対象とした研修会を開催したのは、着任の半年後。小波蔵さんはそこで、問題の根深さを知ることとなった。
 研修会で取り上げたテーマは、「『教科書』を用いた授業の進め方」。小波蔵さんが教員役となり、児童役の教員を相手に模擬授業を行った。すると、「割り算が解けない教員がいる」という、予想もしていなかった事実が判明したのだ。
「教員自身の基礎学力が足りない」という事実を念頭に、巡回先であらためて現地教員の授業を観察すると、彼らの「癖」がわかってきた。自分の理解があやふやな単元は授業で扱わない、あるいはきちんと理解しないまま教えてしまう……。
 そうした状況を受けて小波蔵さんは、教員自身の基礎学力向上を目的とした勉強会を巡回先で開くことにした。開催時間は放課後。ところが、出席率は低迷する。欠席した教員にその理由を尋ねると、返ってくる答えは「手当が出ないのなら出席の義務はない」「これまでの授業方法で問題はない」といったものばかり。「授業に対する教員たちの意欲の薄さ」という、問題のさらに深くにある根が見えてきたのだった。
 そうして小波蔵さんは、授業に対する彼らの意欲を引き出す策を模索する。注目したのは、「算数を学ぶ意義」について彼らがどう考えているかという点だ。例えば、6年生の授業で整数の掛け算ばかりを扱う教員に対し、「『教科書』では6年生で『分数』の掛け算を扱うことになっている」と指摘すると、「『分数』は生活で役に立たない」という答えが返ってきた。彼らは「生活に役立つかどうか」を基準に「学ぶべき事柄かどうか」を判断しているのだった。
 そこで小波蔵さんは、「数」や「図形」の概念と「生活」とのつながりがわかるようなアクティビティを、巡回先の教員に紹介してみるようになった。「教室の中で『垂直』を探す」「教室の中にある『円』の直径を測る」といったものだ。すると、「授業は机に座らせて行うもの」という観念を持っていた現地教員たちには新鮮な授業であり、児童たちの反応も良かったことから、積極的に取り入れてくれる教員も現れた。

板書技術の上達

小波蔵さんが任期終盤に行った研究授業で講師役を務める現地教員

 小波蔵さんは巡回先で「板書指導」にも力を入れた。単元名を書かなかったり、黒板の真ん中から書き始めるなど、板書に「戦略」が見られない教員が大半だったためだ。
 小波蔵さんは、「板書の質が上がれば、児童たちの理解も高まる」と、板書計画の重要性を力説し、自ら手本を示した。すると、なかには手本を真似ながら徐々に質の高い板書ができるようになっていく教員が現れてきた。そこで小波蔵さんは、そうした教員の板書をほかの教員に紹介。「自分の板書と比べてどう思いますか?」と鼓舞した。有効だったのは、紹介した板書の主である教員に、「論理的にまとめられるようになったことで、児童の理解が深まった」などと、手応えを自らの言葉でほかの教員に伝えてもらったこと。それをきっかけに、教員同士で授業に関する意見交換をする姿が見られるようになったのだ。
 板書の技術が上達した教員が現れたのを受け、彼らが講師役となる「研究授業」を実施したのは、任期も残すところ3カ月ほどとなったころ。対象は県内の小学校の教員だ。講師役は巡回先の教員2人に務めてもらった。算数の基礎学力すらおぼつかなかった教員たちが、板書計画を立て、「教科書」を活用した授業を披露する。その姿が受講した教員への刺激となっただけでなく、講師役を務めた教員たちにとっても、自信を深める体験となったようだった。
 以上のように、現地教員へのアプローチを試みては、その都度、彼らが抱える問題への理解を深め、新たなアプローチの方法を発見し、実践するということを重ねていった小波蔵さん。そうした地道な活動の結果、当初は1割程度だった「教科書」の使用率が、任期を終えるころには巡回先のほぼすべての教員が活用するまでになった。「ここまで立派に授業が行えるようになったのだから、以前の状態には戻らず、リーダーシップを取り続けてほしい」。この言葉を巡回先の教員たちに置きみやげとして残し、帰国の途に就いたのだった。

事例のポイント

まずはやってみる!
本事例では、「研修会」や「勉強会」など、現地教員へのさまざまなアプロ―チを積極的に試みては、その都度彼らが抱える問題への理解を深め、よりよいアプローチの方法を発見。「まずはやってみる」という姿勢が功を奏した事例と言えるだろう。

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