「指導書」と「運動会」により、実技教科が浸透
〜図工&体育〜

西口記子さん(ベナン・小学校教育・2016年度1次隊)の事例

西口さんの要請内容は、小学校の実技教科の充実化に向けた支援。教員たちの知識・経験の不足から、授業がほとんど実施されていなかったなか、「教員用指導書」や「運動会」を糸口に、図工と体育の定着を図った。

西口さん基礎情報





【PROFILE】
1992年生まれ、大阪府出身。2016年3月に大阪教育大学を卒業後、同年6月、協力隊員としてベナンに赴任。18年6月に帰国。19年1月より、アジア系エアラインの客室乗務員として勤務。

【活動概要】
モノ県ホエヨベ市の視学官事務所に配属され、主に図工と体育の授業の定着を目的に、小学校を巡回して以下の活動に従事。
●図工授業の支援
●図工授業の教員用指導書の作成(教育分野の隊員による分科会活動として)
●教員対象の図工研修会の開催
●体育授業の支援
●運動会の開催(2校で計3回)


図工授業で製作した段ボールの時計を持つ児童たち

 市の視学官事務所に配属された西口さん。市内の小学校では、実技教科が時間割に組み込まれているものの、授業は定期的に実施されていなかった。教員たちには実技教科の授業を受けた経験がなく、指導法の知識が乏しいこと、および道具や材料が不足していることが、その主な理由だ。そうしたなかで西口さんに求められていた活動は、教員たちと協力しながら、主に「図工」と「体育」の授業の実施・定着を支援することだった。

図工授業の定着に向けて

西口さんが配属先と協力して開催した図工授業の教員研修会の受講者たち。掲げているのは、自分たちで製作した折り紙の風車

 小学校の長期休暇と着任の時期が重なっていたため、西口さんは休暇明けに向けて図工授業の教材をつくることから活動をスタートさせた。配属先にとって西口さんは初の協力隊員。そこで、市内の教育関係者に自分のことを知ってもらうため、製作した教材とそれに関する説明書を配属先に掲示させてもらうことにした。すると、次第に市内の小学校の校長たちに西口さんの存在が知られるようになり、なかには「ぜひ図工を教えに来てほしい」と、自校への巡回指導を要望する校長も現れたのだった。

[教員用指導書を活用した支援]
 西口さんが巡回指導を始めた当時、市内の小学校で行われていた図工授業は、いずれも絵画に限られていた。そこで西口さんは、授業内容のバリエーションを広げてもらうため、「身近にある材料」を使った工作のアイデアを紹介することにした。道具の扱いに不慣れな教員が多いことから、まずは手本を西口さんが示した後、教員にそれを補う説明をしてもらうという形のチームティーチングを各校で進めていった。
 この活動で活用したのが、ベナンで活動する教育分野の隊員たちと共に分科会活動として作成した教員用指導書だ。経験が乏しくても授業が行えるよう、道具の扱い方をはじめ、授業案や指導のポイントなどをやさしく解説しているもの。その特長のひとつは、「現地に即した授業アイデア」を盛り込んでいる点だ。例えば、同国の市場で売られており、安価で入手できるアフリカ布を使ったパッチワークなどである。

[研修会の開催]
 巡回指導を始めて1年ほど経ったころには、巡回できていない学校の教員への指導を目的に、図工授業の研修会を実施した。配属先からの要望を受けてのことだった。
 受講者は、市内の小学校の教員約100人。巡回先でもとりわけ評判のよかった「折り紙」「紙のパッチワーク」「アフリカ布のパッチワーク」の3つの授業を紹介した。講師役は、西口さんと共に授業を行った巡回先の教員たちに担当してもらった。
 研修会では、教員用指導書を配布し、活用を促すことも狙った。その点でひと役買ってくれたのは、講師役を務めた教員たち。西口さんと授業を行った経験をもとに、自分たちが感じた指導書の有用性を説いてくれたのだった。同じベナン人教員の口から聞く説明に受講者も納得がいったようで、研修会の後に受講者たちの学校を回った際には、彼らの変化を実感。指導書を参照して図工授業に挑戦し始めた教員、指導書を手に西口さんに授業のサポートを依頼する教員などが現れたのだった。なかには、学校全体で改めて図工授業の意義を話し合い、実施に向けた準備をしている学校もあった。

体育授業の定着に向けて

運動会で組体操を演じる児童たち

運動会の「ボール運び」。ボールの代わりに道端になっているオレンジを、載せて運ぶ台はアフリカ布を使った

 西口さんは巡回指導を始めた当初から、体育授業の充実化支援も進めていった。その手段としたのは「運動会」だ。運動会という明確な目標を立て、それに向けた各種競技の練習を体育授業の中で行う。そうすれば児童の成長過程がより見えやすくなるため、体育授業を受ける機会がなかった教員たちにも、体育授業に対する意欲や、その意義に対する理解を持ってもらいやすいだろうと考えたのだった。
 西口さんは巡回先の職員会議の席で、運動会の開催、およびそれに向けた練習を体育授業の中で行うことを提案。「運動会で行う団体競技の練習を通じて、児童たちには仲間意識が芽生え、互いを思いやる心を育むことができる」など、運動会の効果については文書にまとめて教員たちに配布した。さらに、日本の運動会の映像や写真も見てもらった。
 そうして開催が決まると、約4カ月にわたって体育授業での練習を実施。盛り込んだ種目は、「綱引き」「台風の目」「玉入れ」「組体操」「リレー」「ボール運び」などだ。
 運動会を経験していない教員たちは、運動会に向けた体育授業を始めた当初こそ、練習から本番までの一連のプロセスが想像できない様子だった。一方の児童たちも、最初は未知の競技に戸惑う様子を見せていた。しかし、ルールがわかり、競技の楽しさを感じることができるようになると、児童たちは集中して練習に取り組むようになっていく。すると、児童の変化を目の当たりにした教員たちの指導も、次第に熱が増していくのだった。
 当日は、競技に懸命に取り組む児童たちの姿が見られ、日本の運動会さながらの光景が広がった。西口さんは、自身の帰国後を見越し、運動会当日の運営は、必要な役目を教員たちに割り振り、彼らが主体となって進めてもらうよう努めた。
 西口さんの任期中、以上のような運動会の試みが、2校で計3回実現。練習から当日の運営まで、運動会を丸ごと経験した教員たちは、その後の自力での継続に意欲を見せてくれたのだった。

事例のポイント

材料や道具は現地で調達を!
図工や体育の授業を継続してもらうためには、入手可能な材料や道具の発見・提案がカギとなる。本事例では、運動会の「玉入れ」の玉は、乾燥トウモロコシをアフリカ布で包んだもの。洋裁の授業で児童たち自身がつくった。

知られざるストーリー