楽器要らずの音楽授業を提案し、
初の「合唱コンクール」を開催 〜音楽〜

吉田詩甫子さん(カメルーン・小学校教育・2016年度2次隊)の事例

県の初等教育事務所に配属された吉田さん。「スマートフォンの活用」などの工夫によって音楽授業の充実化を図り、初となる合唱コンクールの開催を実現させた。

吉田さん基礎情報





【PROFILE】
1991年、富山県出身。大学卒業後、臨時的任用講師として中学校と小学校に勤務。2016年9月、協力隊員としてカメルーンに赴任。18年9月に帰国。

【活動概要】
ニョン・ケレ県初等教育事務所に配属され、小学校で以下の活動に従事。
●体育、音楽、図工、保健等の巡回指導
●絵画展、合唱コンクール、運動会などの学校行事の企画・運営
●教員や指導主事向けの研修会の企画・運営補助


音楽授業のアイデアのひとつとして吉田さんが紹介した「リズム遊び」をする児童たち

吉田さん(中央)は、配属先の依頼で教育主事を対象とした音楽の研修会も実施。音名に合わせて手の動きを付けた「ドレミ体操」を紹介している

 吉田さんが配属されたのは、ニョン・ケレ県初等教育事務所。同国では、2002年に初等教育が無償化され、重点課題のひとつに「情操教育の充実」が掲げられている。しかし、配属先が管轄する小学校の大半では、教員たちの知識や経験の不足、あるいは道具の不足により、実技教科の指導に苦戦していた。そうした現状のなかで吉田さんに求められていたのは、小学校を巡回し、実技教科の授業を充実化させる支援を行うことだった。

[音楽の基礎の指導]
 吉田さんが力を入れて取り組んだ教科のひとつが音楽。教員たちには「音程」や「リズム」など音楽に関する基本的な知識が欠けており、学校には楽器もない。そのため、授業は簡単な歌を繰り返し教えるばかりとなっていた。
 音楽授業の充実化に取り組むに当たって吉田さんが考慮したのは、準備などの負担ができるだけ少ない授業方法を提案すること。教員たちの業務量は主要教科の分だけでも多かったため、負担が大きいと音楽授業の定着が見込めないと考えたのだった。
 吉田さんは、現地の教員と共に音楽授業を行いながら、その方法を教員に伝えていった。手始めに紹介したのは、「音程」や「リズム」などの音楽の「基礎」を教える授業。それらをまずは教員に身に付けてもらうことが必要だとの考えからだ。具体的には、2拍子や3拍子のリズムを拍手でとる練習や、「ドレミ」などの「音名」で歌う練習などである。授業の流れは、最初に吉田さんが手本を示し、次に教員にも手本を示してもらった後、児童たちに練習させるというものにした。そうすることで、教員たちの音楽スキルや音楽への関心の高まりを狙った。
 その後、教員が意味を補足しながら「歌詞」を読み、曲に合わせて歌う練習へと移行。新たな歌を習得するたびに教員たちも自信が増していくようで、1年ほど経つと吉田さん抜きで歌唱指導ができる教員も現れてきた。

[スマートフォンの活用]
「楽器がない」。この壁への対処法として吉田さんが提案したのは、スマートフォンを楽器として使うことができる「楽器演奏アプリ」の活用だ。これは、画面にピアノの鍵盤が映り、タップした鍵盤の音が鳴るというもの。スマートフォンを持つ教員がいることを知り、ひらめいたアイデアだった。教員たちにこのアプリの存在を伝えると、「ピアノがないので歌の伴奏を諦めていたけれど、これなら本物のピアノの代わりになるかもしれない。練習して授業に取り入れたい」と、前向きな反応が得られた。
 スマートフォンは、ほかにも音楽授業で有効活用できる道があった。児童たちの歌やダンスを記録し、共有するためのツールとすることだ。吉田さんの授業を録画し、それを参考にしながら、吉田さんが指導していた歌やダンスを自分の授業で教える教員が出てきたのだった。
 楽器演奏アプリについては、結局、「スマートフォンの扱い自体に慣れていない」「アプリをダウンロードできる料金プランに入っていない」などの理由から、教員たちが授業で使いこなせるようになるまでには至らなかった。しかし、現地はスマートフォンなどIT機器の環境が急速に変化している最中。教員たちが今後、吉田さんが与えたヒントを土台に、音楽授業でのIT機器の活用を広げていく可能性は高い。

合唱コンクールを開催

合唱コンクールでダンスを踊りながら合唱する児童たち

 吉田さんが、音楽授業の支援の一環として「合唱コンクール」を企画・実施したのは、任期も残り半年ほどとなった時期だ。それまで吉田さんが教員たちと行ってきた音楽授業は、児童の「表現」する力を養う内容がもっぱらだった。そうしたなか、他者の表現を「鑑賞」し、それを自らの表現へと生かしていくことの重要性を、教員や児童に実感してもらおうとの意図で企画したのが合唱コンクールだった。
 参加したのは、小学校4校と幼稚園1園。各クラスが1曲ずつ、振り付けとともに歌うこととし、審査員は各校の関係者に務めてもらった。各クラスが歌う曲は、吉田さん自身が選曲を担当。それまで授業で扱ってきた曲のなかから、そのクラスの力量に合った曲を選んだ。『きらきら星』や『ドレミのうた』などがその例だ。一方、振り付けは各担任教員とそのクラスの児童たちで自由に考えてもらうことにした。
 合唱の経験が浅い児童たちにとって、「周囲と音程やリズムを合わせて歌うこと」は容易でない。そこで吉田さんが合唱コンクールに向け、新たに紹介した技術のひとつが、「音程の高低を手の上げ下げで表しながら歌う」というもの。視覚化により、音程のイメージを掴みやすくする技術だが、これが的中。児童が「正しい音程で歌えているか否か」をより強く意識し、音程やリズムがそろうようになっていったのだった。
 迎えたコンクール当日。振り付けの創作を各クラスに委ねたことにより、発表はいずれも個性が際立つものとなった。他のクラスの歌を初めて聴く児童たちは、自分たちの発表に熱を込めるだけでなく、他のクラスの発表にも興味津々。「鑑賞」を体験させるという吉田さんの意図は的中した。
 合唱コンクールで児童が見せた成長もあってか、後日、教員たちを対象に実施したアンケートでは、「音楽教育の有用性を感じる」というコメントが多く寄せられたのだった。

事例のポイント

児童の変化を証拠に!
実技教科の重要性を理解してもらうためには、口頭で説明するよりも、「児童たちの変化」を実感してもらうのが早道。本事例では、「合唱コンクール」によって、児童たちの「協力してひとつのものを創り上げる」という力の成長を示すことができた。

知られざるストーリー