関係を深めていった同僚との
配属先外での健康教育が実現

中村恵理さん(キルギス・理学療法士・2016年度2次隊)の事例

通所リハビリテーション施設で理学療法部門の支援に取り組んだ中村さん。「活動らしい活動ができていない」という焦りとともに任期の折り返しを迎えたが、当初の活動理念をブレずに持ち続けたところ、任期終盤、一気に目指す活動が実現していった。

中村さん基礎情報





【PROFILE】
1988年生まれ、北海道出身。国際医療福祉大学を卒業後、理学療法士の国家資格を取得。急性期総合病院に5年間、理学療法士として勤務した後、2016年10月、協力隊員としてキルギスに赴任。18年10月に帰国。

【活動概要】
首都ビシュケク市にある市立リハビリテーションセンターに配属され、主に以下の活動に従事。
●同僚への理学療法技術の伝達
●理学療法に関する業務改善の支援
●産科病院での哺乳指導
●村落部の小学校や幼稚園での健康教育の実施


 中村さんが配属されたのは、首都にある通所リハビリテーション施設。その理学療法部門を支援することが、中村さんに求められていた活動だった。
 着任当時、同部門に配属されていた同僚は女性看護師がひとり(以下、Aさん)。キルギスには理学療法士の資格が存在せず、医師や看護師などが理学療法に関する数カ月の研修を受ければ、理学療法に携わることが認められる制度となっていた。Aさんもそうした人材のひとりだった。

「知ること」に徹した任期前半

配属先で患者の病状をチェックする中村さん

Bさんの発案によって理学療法室で流すようになった動画を手本に、治療の待ち時間に体操に取り組む患者たち

 中村さんの最初の活動は、理学療法士として患者の治療に当たること。中村さんとAさんは別々の患者を担当することとなったが、治療をする場所は同じ部屋。すると、経験があったAさんにもまだ技術面で問題があることが早々に見えてきた。中村さんが特に大きな問題だと考えたのは、効果を評価しないまま、同じ治療方法を続けてしまっている点だ。
 効果を評価しては、治療方法の見直しを図る。これを繰り返すことが理学療法の「骨格」だ。それをAさんに知ってほしいと思ったが、中村さんは「どのように治療をしているの?」という質問を待ってアドバイスするという方針を立てた。本人が価値を感じ、「学びたい」と思った技術でなければ、情報を提供しても身に付かないと考えたからだ。現地の人に潜在する「主体的に学ぶ力」を引き出すことこそ、中村さんが赴任時に立てた活動理念だった。
 そうして中村さんは、まずは自分が担当する患者への治療に専念。すると、回復が顕著な例も出てきた。「そろそろAさんが質問してくれるだろう」。そんな期待を持ち始めた矢先、Aさんが産休に入ることを知らされる。着任の約半年後だった。
 後任として別の女性看護師(以下、Bさん)が異動してきたが、すぐさま、理学療法の研修を受けるためにしばらく職場を離れることとなった。キルギスでは、技術伝達の相手がいない協力隊員は医療行為を行うことが認められていない。そのため、中村さんは治療を行うことすらできない状態となってしまった。「今は『現場』のことを知るべき時期だ」。そう考え、「ペンキ塗りの手伝い」など、任せてもらえることなら何でもこなし、理学療法部門以外の同僚たちとの関係を深めていった。

配属先外での協働も実現

中村さんが任期終盤に村落部の小学校で行った健康教育で、食品が描かれたカードを5大栄養素に分類するアクティビティに取り組む児童たち

食品を5大栄養素に分類するアクティビティで使った中村さん自作の教材

中村さん(前列左から4人目)とBさん(右端)が行った健康教育の対象児童たち。担任教員(前列左から3人目)にもフォローに入ってもらった

 Bさんが復帰し、中村さんが再び治療に携わることができるようになったのは、すでに任期も半ば近くとなったころ。その時期、「活動らしい活動ができていない」という焦りは強かった。しかし、焦りから自分を見失うことは避けたい。そこで中村さんは、「自分が本当にやりたいのはどのような活動か?」と自問。「現地の人に潜在する『主体的に学ぶ力』を引き出すこと」という、赴任時に立てた活動理念をあらためて思い起こし、これを堅守しようと心に決めたのだった。
 そうして中村さんは、Bさんに対しても「自分から指導することはしない」という方針を貫いた。Bさんが「どのように治療をしているの?」と尋ねてくれるようになったのは、任期の残りが半年ほどとなった時期だ。中村さんが治療した患者に「歩けるようになる」などの治療効果が出たときに、「エリはどういう治療をしたの?」と聞いてきた。
 このタイミングに、中村さんは理学療法部門専用の簡易カルテのフォーマットをつくり、Bさんに導入を提案した。実施した治療の方法とその効果を記録していくものだ。「これは使いやすい」とBさんも賛同してくれたことから、すぐさま活用が定着。この簡易カルテにより、「効果の評価と治療方法の見直しを繰り返す」という、理学療法の「骨格」の実践が容易になり、それがBさんの治療でも習慣化したのだった。
 以上のように「主体的に学ぶ力」を発揮するようになったBさんは、中村さんが任期の最終盤に始めた配属先外での活動にも参加し、未経験だったことに挑戦してくれた。村落部の学校で健康教育を行う活動だ。
 キルギスの学校には保健の授業がなく、子どもたちは体や栄養に関する知識を持たない。中村さんは以前、そんな話を小学校に配属されている隊員から聞き、学校での健康教育に取り組みたいという思いを抱くようになっていた。その実践を後押ししたのは、日本から遊びに来た友人の「田舎に連れていって」というリクエスト。せっかくなら、行った先でプラスαの活動をしようと思って選んだのが、この活動だった。
 実現したのは、任期の残りが3カ月ほどとなった時期。対象は、協力隊員が配属されている小学校の児童たちだ。内容は、『歯磨きの歌』の合唱や、食品が描かれたカードを5大栄養素に分類するゲームなど。
 当初はその1回だけとするつもりだったが、村落部で活動するほかの隊員たちからも、それぞれの配属先での実施を求める声が上がった。中村さんの上司も活動の意義に賛同し、出張扱いを認めてくれたことから、任期終了までに計8カ所の小学校や幼稚園を回ることが叶った。
 Bさんにこの活動の話を伝えると、「講師役で参加したい」と希望したことから、2人の協働も実現。中村さんが子どもを対象にした病気の予防に関する講習を担当し、Bさんが教員を対象にした腰痛や肩凝りの予防に関する講習を担当した。Bさんにとって、「講習」を実施するのはこのときが初めて。そこで身に付けたスキルは、中村さんからの最後の置き土産となった。

“任期終盤”の心構え 〜中村さんの事例から〜

活動理念を見失わない!
チャンスはいつ訪れるかわからない。自分の活動理念を堅持していれば、たとえチャンス到来が任期終盤であっても、目指す活動を実現することができるだろう。

知られざるストーリー