患者を大切にしないことへの怒りを表現したところ、
味方となる同僚が出現 〜同僚との人間関係〜

木原悠希さん(マラウイ・栄養士・2016年度2次隊)の事例

病院の栄養部門に配属された木原さん。同僚たちが患者をないがしろにしていることへの怒りを表に出したところ、同僚のひとりがその「本気」を受け止め、活動への協力者となってくれた。

木原さん基礎情報





【PROFILE】
1987年生まれ、福岡県出身。栄養士として病院や老人ホームに勤務した後、2016年10月に協力隊員としてマラウイに赴任。18年10月に帰国。

【活動概要】
マチンガ県の県病院に配属され、主に以下の活動に従事。
●栄養失調児の母親への栄養講習の実施
●地域住民を対象とした料理教室の開催
●院内菜園の整備
●院内での5S活動の推進

(写真左が文中に登場するAさん)


 木原さんが派遣されたマチンガ県病院は、病床数約300床の総合病院。配属されたのは、栄養失調の患者の治療を担当する部署だ。県内の農村部では、食料が底をついてしまう雨期の始めを中心に、多くの子どもが栄養失調になるという問題が存在していた。そうしたなか、木原さんは主に次のような活動に取り組んだ。
■栄養失調児を配属先に連れて来た母親を対象とする栄養講習の実施
■地域の女性グループやエイズ患者の支援グループを対象とした、栄養改善を目的とする料理教室の開催
■病院食の食材を充実させることを目的とした院内菜園の整備
■5S活動の推進

同僚たちの職業倫理

地域の女性グループを対象に料理教室を開く木原さん(左)。この日はバザーでの販売も計画していた「ケーキ」を試作

 配属部署に所属していた同僚は十数人。その内訳は次のようになっていた。
■栄養士(1人)
■ヘルス・サーベイランス・アシスタント(3人)…注射や簡単な傷の手当てなど、医療行為の一部を行う医療職
■ヘルス・ケア・ワーカー(約10人)…身体測定など医療行為に付随する業務を担当するスタッフ
 同僚たちは木原さんを温かく迎え入れ、当初から食事にもよく誘ってくれた。しかし、こと仕事のことになると、協力的な姿勢を感じることができなかった。栄養講習や料理教室を一緒に開こうと提案しても、そうした活動の意義は認めてくれるものの、動こうとはしてくれないのだった。
 そうした態度の最大の要因だと木原さんが考えたのは、「職業倫理」だ。患者がいるのにスマートフォンをいじったり、買い物に出かけてしまったりするのは、同僚たちにとって「普通」のこと。そんななか、栄養講習や料理教室などで仕事が増えることを受け入れるとは考えづらかった。
 しかし、「医療職が持つべき職業倫理」について同僚たちにあからさまに議論を持ちかけることは躊躇された。彼女たちとの関係が崩れてしまうことへの恐れがあったうえ、同僚たちが使うチェワ語や英語で言いたいことを的確に表現する自信がなかったからだ。配属先に栄養失調児を連れてきた母親たちが、同僚たちの仕事ぶりへの不満を木原さんにぶつけてくることもたびたびあった。たとえば、ぐったりしている子どもを抱えて検査の順番を待っている母親が、泣きながら木原さんにチェワ語で何かを訴えかけてくる。何を言っているのかがよく理解できない木原さんは、とりあえず「あの子の検査はやらないの?」と同僚を促す。しかし、同僚は「今やるから」と言ったきり、放ったままにしておく。そうなると、木原さんは同僚たちにそれ以上強く訴えかけることには二の足を踏んでしまうのだった。
「遠回しの嫌味」で同僚たちに揺さぶりをかけてみることもあった。たとえば、テキパキと仕事を進めない同僚に対して、勇気を振り絞って「身体測定は簡単な作業なのだけれど」と呟いてみる。しかし、それで彼女たちに何かが伝わるということはなかった。態度が変わらないばかりか、その後、何事もなかったかのように木原さんを食事に誘ってきたりするのだ。そうして木原さんは、次第に「嫌味」を言う気力すら失せていく。拒絶されないことで「居づらさ」を感じないでいられるのは救いだったが、自分の存在意義への疑念は膨らむ一方だった。

義憤の爆発が転機に

国連機関の支援を受けて配属先が行う栄養改善プログラムに参加し、体重測定を手伝う木原さん(右)

 転機が訪れたのは、着任して1年ほど経ったころだ。ある日、木原さんの部署によそのスタッフがやってきて、栄養改善プログラムで患者に無料配布している栄養補助食品が欲しいと言ってきた。木原さんは、「私はあなたにあげる権限を持たない。ほかの同僚に聞いてみて」といなした。しかしそのスタッフは、栄養失調の子どもを抱えた母親たちがいる前で、「私にももらう権利がある」と大声でしつこく訴えてくる。やがてそのスタッフは、「あなたは英語も話せないのね」と木原さんを茶化し始めた。そこで怒りが頂点に達した木原さんは、「いいかげんにして!」と怒鳴り、手ではたいてしまった。驚いたそのスタッフは、そこで退散する。
 翌日、木原さんには病院の幹部から「呼び出し」がかかった。前日の一件について、喧嘩相手のスタッフが幹部に告発したようだった。「呼び出し」の場にいたのは、配属部署でヘルス・ケア・ワーカーのリーダー役を務めていた女性(以下、Aさん)、地域保健を担当する「地域看護師」のトップの女性、協力隊員の受け入れに関する窓口役だった給食室のトップの女性という3人。前日に何があったのかを彼女たちに尋ねられた木原さんは、涙にむせびながら、患者のために働くべき医療職の人間が患者を軽視する態度をとったことが、どうしても許し難かったのだと伝えた。3人は木原さんの話にしっかり耳を傾け、「そういうことだったのね」と言ってくれた。
 木原さんは、配属先を追い出されることになるだろうと覚悟していたが、結局、何の処分も下らなかった。そして、木原さんの前で「栄養補助食品が欲しい」と口にするスタッフはいなくなった。
 この一件を境に木原さんへの態度が大きく変わったのはAさん。活動を努めてフォローしてくれるようになったのだ。たとえば、木原さんが子どもの身体測定の準備をひとりでしていると、近くで怠けている同僚に「あなたたちもやりなさい」とお尻を叩いてくれた。あるいは、配属先で栄養講習を行う際には、木原さんのチェワ語に不適切な箇所があると、代わりに説明してくれた。Aさんのそうした姿勢は配属部署のほかの同僚たちにも影響。Aさんに倣って木原さんをフォローしてくれるようになったのだった。

Point 〜木原さんの事例から〜〜

「本気」は誰かが受け止める
「ボランティア」という立場では、同僚たちとの関係が崩れるのを恐れ、どうしても本音を隠しがち。しかし、それでは自分のことを理解されないままになってしまう。「現地のために」という気持ちが「本気」ならば、本音をぶつけても、誰かが味方になってくれるはずだ。

知られざるストーリー