職場の外での「コーヒータイム」で、教員たちとの
信頼関係を構築 〜活動相手との人間関係〜

石井麻夕さん(エチオピア・体育・2016年度2次隊)の事例

小学校で体育授業の支援に取り組んだ石井さん。当初、「欲しいのはお金と物だけだ」と口にしていた教員たちだったが、「コーヒータイム」が彼らとの距離を縮めてくれた。

石井さん基礎情報





【PROFILE】
1977年生まれ、神奈川県出身。東海大学体育学部体育学科を卒業した後、スポーツクラブで体育・スポーツのコーチを務める。2016年10月、協力隊員としてエチオピアに赴任。18年10月に帰国した後、(株)運動会屋に入社。

【活動概要】
ティグライ州教育局のメケレ市教育事務所に配属され、小学校3校を対象に体育授業に関する主に以下の活動に従事。
●体力測定の実施
●授業のサポート
●3校合同のドッジボール大会の開催


 石井さんの配属先は、ティグライ州教育局のメケレ市教育事務所。同市の教育行政を所管する機関だ。求められていた活動は、配属先から指定された市内の小学校3校を巡回し、体育授業の質向上を支援することだった。
 巡回先では教科担任制がとられており、体育の授業を担当する教員が学年ごとに配置されていた。教員は実施した授業の報告書を学校に提出しなければならないこととなっていたため、体育の授業は形としては行われていた。しかし、各校にあった道具はボールだけであり、どうしても「競技の歴史」などを教える「座学」の割合が多くなっていた。椅子に棒を渡して「ハードル」の指導をするなど、手に入る物で工夫を凝らしながら実技を行っている教員もいたが、大半の教員が行う実技は、児童にボールを与え、サッカーなどで遊ばせておくだけといったものになっていた。

「体力測定」をネタに関係づくり

巡回先の体育教員とのコーヒータイム。ドッジボール大会の運営に協力的だった教員のひとりだ

 石井さんは、巡回先の教員たちにとって初めて接する協力隊員。彼らは当初、あからさまにこんな趣旨のことを告げてきた。「私たちには知識も技術もある。外国人ボランティアから欲しいのはお金と物だけだ」。
 冒頭から授業の改善策を提案しようとしても、彼らに受け入れてもらうのは難しいだろう。そう感じた石井さんは、「教える‐教えられる」という関係ではなく、「対等」の関係で共に何かに取り組みながら、彼らとの人間関係を築いていこうと考える。思いついたアイデアは、「体育の時間を使って、教員たちと共に『体力測定』を行う」というものだ。巡回先には体力測定を行う習慣がなかったため、そのやり方は石井さんが「教える」ことになるが、彼らの授業方法を否定するわけではないことから、受け入れてもらえる可能性は高いと見込んだのだった。
 体育の時間を使った体力測定をスタートさせることができたのは、着任して3カ月ほど経ったころだ。見込みどおり、体育教員たちは共同での実施を受け入れてくれた。測定した項目は、短距離走や垂直跳びなど、日本の小学校で行われる体力測定で一般的なもの。毎授業、1項目ずつこなしていった。
 授業中、測定に取り組む児童たちの運動能力をネタに教員たちとコミュニケーションをとることもできたが、彼らとの距離を縮めるうえでより重要だったのは、授業の合間の「コーヒータイム」だった。コーヒーの生産が盛んなエチオピアでは、道端のカフェでコーヒーを飲みながらコミュニケーションをとることが、ひとつの文化となっている。巡回先の教員たちも、日中、コーヒーを飲むために何度も校外のカフェに足を運んでいた。「外国人ボランティアから学ぶことはない」と言っていた彼らだったが、コーヒーを飲みに出かけるときには、決まって石井さんを誘ってくれるのだった。それを石井さんは絶対に断らなかった。巡回先で石井さんの顔が知れ渡ると、体育教員以外の教員たちもコーヒーに誘ってくれるようになる。そうして、相手を替えながら何度もカフェに出かける日も多くなっていった。
 コーヒータイムの話題は、「休みの日は何をやっているの?」など他愛ないものが大半。職場を一歩出れば心の扉も緩み、やがて「この仕事は給料が安くて、生活がきつい」などと教員たちの本音が聞けるようになっていく。また、それまで学校の中では「冷たい人だ」と感じていた教員が、カフェの店員に優しく接するのを見て、印象が変わるといったこともしばしばだった。対する石井さんも、コーヒータイムではなるべく「素の自分」を表現。そうして、彼らとの関係は、いわば「外国人ボランティアと受益者」から「人間と人間」へと変化する。当初、石井さんは「活動以外でこんなに時間を使っていいのだろうか」と自問することもあったが、やがて「これも活動の一部だ」と確信するようになった。

ドッジボール大会の開催へ

石井さんが企画した3校合同のドッジボール大会。他隊員たちにも審判役などで協力してもらった

ドッジボール大会に向けた体育授業の中で、動画を使いながら日本のドッジボール大会の様子を紹介する石井さん

 体力測定に要した期間は約4カ月。その間に築いた教員たちとの人間関係は、以後の活動のベースとなった。
 教員たちが「欲しいのはお金と物だけだ」と口にすることはなくなり、彼らとともに通常の体育授業を行う活動がスタート。石井さんは彼らの実技の引き出しを増やすため、バスケットボールやポートボールなど既存の道具でできる種目の指導方法を紹介していった。ときに教員が授業を抜け出し、どこかに行ってしまうこともあったが、そんなときは、コーヒータイムで親しくなったほかの教科の教員が探しに行ってくれることもあった。
 任期の半ば、石井さんは授業の新機軸を着想する。3校合同で大会を開くことを目標に、「ドッジボール」の指導を集中的に行うというアイデアだ。ドッジボールには、「ボール1つでできる」「団体競技である」「ほかの球技よりルールがシンプル」といった特徴があり、現地の体育授業に向いている種目だったが、それまで行われてはいなかった。
 ルールの説明から始め、投げ方の練習、ゲームの実践へと段階を踏みながら進めていく授業プランを立てると、各校で体育教員を相手に、競技の概要や立てた授業プランを伝えるセミナーを実施。その後、彼らに授業を進めてもらい、石井さんはそのフォローに回った。この時期、コーヒータイムに体育教員たちと交わす話も、授業の進め方に関するものが多くなっていた。
 大会が実現したのは、帰国まで残り半年という時期。ドッジボールが現地の体育授業に根付く可能性を感じた石井さんは、その後、大会の模様を収めた動画をプレゼンテーション資料としながら、教員養成校の学生やほかの小学校の教員たちにもドッジボールを伝えていった。

Point 〜石井さんの事例から〜

関係づくりは「急がば回れ」
異文化社会の人たちと互いの内面を理解し合うのには、時間がかかる。そのため、まずは活発にコミュニケーションをとることができる「きっかけ」や「場」を見つけ出すことが、重要な作業となってくるだろう。

知られざるストーリー