JICA Volunteer’s before ⇒ after

縣 秀樹さん(ボツワナ・木工・2010年度4次隊)

before:建具メーカー 社員
after:風車メーカー 社員

 日本の最北端、北海道稚内市。山道や海沿いの道を通ると、3本の羽を持った風力発電機を数多く目にする。同市にある風力発電機は84基。そのうち10基を持つ発電所「天北ウインドファーム」で、協力隊経験者の縣さんは風力発電機の運用・保守業務を担当している。建具(*1)メーカーの職人だった縣さんがこの仕事に就こうと思ったきっかけは、協力隊経験で知ったインフラの不足だったという。

*1 建具(たてぐ)…玄関のドアや和室の障子やふすま、窓やサッシなど住宅の開口部につけられる仕切りの総称。

異なる環境を求めて協力隊に

[before]配属先の隣町にある小学校の机を修理し、納品後に状況を視察に行く縣さん(右端)

 建具店を営む父の影響で、小さい頃からものづくりが好きで、いずれ父の仕事を継ぎたいと漠然と思っていたという縣さん。高校の農業土木科で造園の面白さを知り、造園土木の専門学校に進学後、地元の造園会社に就職。庭園の造園などに携わったのち、建具メーカーに転職し、組子(*2)技術を用いて日本家屋の障子建具や欄間などをつくっていた。仕事は好きだったが、工場で一生働くことは考えられず何か新たな環境を模索していたところ、協力隊のCMが流れた。環境を変えて、ものづくりの仕事ができるのであれば、と参加を決意し、応募。合格後、仕事を退職した。
 ボツワナにある職業訓練校に配属された縣さん。配属先は地方にあり、赴任当初は驚きと戸惑いの連続だったという。生活でまず驚いたのは、週に数回の停電と断水だ。現地の人たちは不便に感じていないようだが、日本との違いを何よりも実感した。また、活動では物のなさに驚いた。机や椅子などの家具製作を通し、生徒に木工技術を伝達することを目指したが、必要な道具がほとんどない状態。購入手続きのために書類を作成しても、書類は誰かの手で止まってしまう。苦労して手続きを完了させ、店に行っても物がない。さらに、学校には木工用の電動工具はあるものの部品が故障し、放置されていた。業者に修理を依頼しても必要な部品がなく、結局壊れたまま。「導入後、自分たちでメンテナンスする大切さを痛感した」と縣さんは振り返る。
 最低限の道具で生徒に家具製作を教えたが、出来上がった作品の質の低さに戸惑った。職業訓練校は卒業後、身につけた技術で生計を立てる人がいる一方、学校に在学していれば国からお金がもらえるのでそのために授業を受ける人もいたのだ。ものづくりの意識は自身の感覚とあまりに異なっていた。
「だからといって、急に来た日本人がアレコレ指示するのは求められていないと思って、無理強いせず、歩み寄って『ここは一緒にやろうか』と関心を引いていきました」
 生徒たちは少しずつ真面目に木工の実技に取り組むようになっていったが、道具のメンテナンスを伝えるには至らず、3年の任期を終え、日本に帰国した。

*2 組子(くみこ)…釘を使わずに木を組み付ける技術。

環境に負荷をかけず資源をつくる

[after]縣さんの背後にあるのは、建設前の風力発電機のブレード(羽)。風力発電機は、通常ブレード、ハブ、ナセル、タワーの4つで構成されている。風車の中心となるハブにブレードが3枚刺さり、ハブの後方に発電機などが入ったナセル、ナセルの下にタワーがある。天北ウインドファームの風車は、タワーは高さ約80メートル、ブレードは1枚が約53メートル・約12トン、ナセルは約86トンある。「タワーの中も、ナセルの中も結構広いんです」という一方で、「高いところが好きというわけではない」と縣さん

 帰国後の就職活動では、昔から一貫していた「現場で手を動かせる仕事」、協力隊経験のように「未知のものに挑める仕事」を探した。そんなとき「PARTNER−国際キャリア総合情報サイト(※)」で風力発電機のO&M(オペレーション〈運用〉とメンテナンス〈保守〉)の業務を見つける。「これまで見たことがなかった風力発電機」に心を惹かれたことに加え、ボツワナでのインフラの不足とメンテナンスの大切さが思い出された。
 縣さんは、2015年にGE・インターナショナル・インク風力事業部に入社。静岡県、島根県の事業所を経て、現在は、稚内市で天北O&M事務所の所長を勤めている。
 事業主からの受注を受け、GEが風力発電機を建設し、その後の保証期間、発電所内の事業所に常駐してO&Mを行うのが縣さんの業務だ。風力発電機が安全に稼働するように定期メンテナンスを実施、また日々発電機の状態をモニターし、異常が発生した際の対応などを行っている。
 機器は全て日本国外で製造され、建設時は多くの海外スタッフもやってくる。海外スタッフとのやりとりのなかで、彼らの自己主張の強さを感じ、無理難題にも出会うが、「協力隊で免疫があるから」と縣さんは笑顔だ。
 責任者という立場上、海外スタッフとの連絡や部品の発注、外注への依頼など事務所内の業務が増えたが、「自分の手で点検や修理をする現場の仕事がやっぱり好き」と言う。何より大きな産業が少なかった稚内市で、風からエネルギーを生み出すことによって街の活性化に貢献できることに喜びを感じているそうだ。
「風力発電もその技術者もまだマイナーなイメージがありますが、今後成長が期待される産業です。業務では多国籍の人とやりとりし、語学力も生かせるので、協力隊経験者が活躍できる仕事だと思います。アフリカでも風力発電は増えているので、いつかアフリカで風車の仕事に携わりたいですね」







縣さんのプロフィール

[1984年]
長野県出身。
[2005年]
4月、東京にある専門学校の造園土木科を卒業後、長野県の造園会社に就職。
[2008年]
建具メーカーに転職。
[2011年]
3月、青年海外協力隊に参加(選択の理由:新たな職場環境を模索していたところ、協力隊のCMを見たのがきっかけで協力隊に参加。)。
ボツワナのセロウェにある県庁に配属され、県が管理する建物や施設の修理・修繕を担当する部署にて、修理・修繕や同僚への技術移転を行う。その後、マロベラに任地変更となり、職業訓練校にて、木工課の実技授業のサポートを行った。
[2014年]
3月、帰国。
友人の農業を手伝う。
[2015年]
4月、フランス企業のアルストム(後にゼネラル・エレクトリック〈GE〉と経営統合)に入社(選択の理由:協力隊参加前は、地元の長野県以外で働こうと思わなかった。しかし、アフリカに行ったことでどこでも働ける気持ちになり、国内外でも勤務の可能性がある企業に就職。)。
[2017年]
12月、GEインターナショナル・インク 風力事業部 天北O&M事務所の所長を務める。

[GE Japan]
事業開始:1886年
本社所在地:東京都港区赤坂5-2-20
事業内容:Power, Renewable Energy, Oil & Gas(BHGE), Aviation, Digital, Additive
従業員数:全世界で約33万3000人

知られざるストーリー