棚田を利用した養殖の技術改良や
新たな養殖魚の導入を支援

山口 燿さん(フィリピン・養殖・2016年度2次隊)の事例

稲作農家の副収入源の創出を目指して、水田養殖の支援に取り組んだ山口さん。すでに行われていたドジョウ養殖の技術改良を図る一方、コイを新たな養殖魚とする支援も行った。

山口さん(写真左)基礎情報





【PROFILE】
1992年生まれ、千葉県出身。2016年に北海道大学水産学部を卒業後、同年10月、協力隊員としてフィリピンに赴任。18年10月に帰国。現在は同大大学院水産科学院に進学し、魚類繁殖生理学の研究を行っている。

【活動概要】
イフガオ州マヨヤオ町の町役場農業事務所に配属され、水田養殖の活性化に向けた主に以下の活動に従事。
●新設した配属先の試験圃場における、ドジョウの養殖に関する試験(種苗生産技術改善のための試験や成長試験)
●ドジョウの養殖マニュアルの作成
●ドジョウやコイの養殖に関する農家への指導


マヨヤオ町の棚田。世界遺産(文化遺産)に登録されている棚田群の一部を構成する

 山口さんが配属されたのは、イフガオ州マヨヤオ町の町役場農業事務所。山岳部に位置する同町の主産業は、急斜面に設けた棚田で行う稲作だ。しかし、1枚の面積が小さい棚田での稲作は、生産性が低い。
 そうしたなか、山口さんの前任隊員の提案により、配属先では棚田を利用したドジョウの水田養殖(*1)を普及する事業が始められていた。町が位置するフィリピン北部ではドジョウが高値で売れるため、農家の良い副収入源になると見込んだ取り組みだ。山口さんの着任当時、町にはすでに実践を始めている農家もいた。山口さんが最初に着手した活動は、現地のドジョウ養殖に関する課題を探り、その解決を図ることだった。

*1 水田養殖…水田で稲とともに水産動物を育てる養殖方法。

試験圃場で養殖したドジョウの成魚。定期的に大きさを計測し、数値をグラフ化した

ドジョウの種苗を生産するための水槽。自前で生産できるようになった農家が自作したものだ

試験圃場とした水田で苗植えを行う山口さん(右)と同僚たち

試験圃場で課題の解決策を模索

 ドジョウの養殖に使う種苗(*2)は、配属先が管理する町営の養殖場で生産し、農家に販売していた。課題のひとつだったのは、種苗生産にかかるコストだ。卵から孵化したばかりの段階(仔魚)から稚魚へと育つ間は、限られた種類の餌しか使えない。当時、配属先ではアルテミアという高価な生物餌料を使っていたため、稚魚の販売価格も農家には負担の大きい水準になっていたのだった。
 もうひとつの課題は、水田に稚魚を放ってから出荷サイズの成魚にまで育てるプロセスを、いずれの同僚も経験していなかったことだ。そのため、彼らが農家に対してできる技術指導には限界があった。
 以上のような課題を解決するために山口さんがとった策は、試験圃場を設置すること。現地の農家に水田を借り、そこでアルテミアに替わる安価な餌を見つけるための試験を重ねたり、出荷サイズの成魚にまで育てる作業を同僚たちに体験してもらったりした。
 種苗生産にかかる期間は2、3カ月。試験を始めてからほどなくして、市販の安価なティラピア用粉餌でも仔魚を飼育できることが判明し、町営養殖場での給餌法の変更につなげることができた。さらに、ドジョウの養殖の実践を始めていた農家のうち、特に熱意があった3軒の農家には、地域の「モデル農家」となってもらうべく、自力で種苗生産を行うための技術指導も行った。
 一方、水田に放ったドジョウの稚魚は、早ければ半年ほどで出荷サイズの成魚にまで育つ。ところが、山口さんの着任の約4カ後に試験圃場に放った稚魚は、1年経っても目標としている出荷サイズの半分程度にまでしか育たなかった。試験圃場で行った飼育の方法は、水田で自然発生する動物プランクトンを餌とする「無給餌養殖」。山口さんは、「水田に撒く肥料を増やし、餌となる動物プランクトンを増やす」といった改善策を考えてはみたものの、それを実際に試す時間の余裕はなかった。

*2 種苗…魚の養殖の場合、養殖のために生産/採捕した稚魚(骨格などが成魚と同じ状態になった子どもの魚)を指す。

コイの養殖にも挑戦

フィリピン水産資源庁の養殖場で農家を対象に行った、コイの養殖に関する研修の様子。3泊4日の研修を2回実現させた

 単純な無給餌養殖ではドジョウの育つスピードが遅いことがわかってくると、山口さんはより効率的に育てることができる魚を新たな養殖の対象として提案しようと考えた。選んだのは「コイ」だ。その理由は以下のとおり。
●種苗生産については、やり方がドジョウと似ているため、配属先が容易に実践することが可能。
●生命力が強い魚であるため、任地の自然環境でも養殖が可能で、かつ初心者にも養殖が容易。
●国内でよく消費されている。
●山口さん自身が、派遣前に受けた技術補完研修の中で、コイの類似種である「フナ」の養殖方法について学んでいた。
 コイの養殖を行っていたフィリピン水産資源庁の養殖場を同僚とともに訪ねたのは、任期の残りが半年ほどとなった時期だ。そこで譲ってもらったコイの成魚で人工授精を行い、配属先の試験圃場で種苗生産を開始した。稚魚が獲れると、町の農家に販売。とりわけ強い興味を示した8軒の農家に対しては、水産資源庁のスタッフから養殖技術の研修も行ってもらった。
 コイが出荷サイズの成魚に育つには、やはり1年はかかる。そのため、山口さんは収獲・販売を見届けることはできなかったが、予想外の成果を確認することができた。マヨヤオ町の農家と水産資源庁の間に協力関係が生まれたことだ。水産資源庁ではドジョウの養殖の普及も試みられていたが、ノウハウの蓄積が不足していた。そんななか、コイの養殖に関する支援をしてくれる「お礼」として、マヨヤオ町の農家が水産資源庁のスタッフにドジョウの養殖に関する知識を提供するようになったのだった。
 山口さんによれば、マヨヤオ町の農家たちは「シャイ」で、かかわり始めた当初は、山口さんに対して自分の考えをはっきりとは言わない人が大半だった。ところが、酒を酌み交わすなどプライベートでの付き合いを重ねるうちに、「本音」を見せてくれるようになる。すると、自分なりの考えを持ちながらより良い養殖の方法を探っている農家もいることが見えてきた。そうして、ときに夜通し交わす「養殖談義」は、山口さんにとってかけがえのない楽しみとなっていく。現地の人たちと対等の立場に立ち、学び合う姿勢——。これこそ、協力隊員にとってもっとも大切なものだと実感した2年間だった。

事例のポイント

「残り時間」を意識!
収穫/収獲までに時間がかかる農産物や水産物もある。そのため、生産方法の指導に取り組む場合、「帰国までの残り時間」を絶えず意識する一方、「隊員以外の指導者を見つけ、後を任せる」という道を探ることも必要だろう。

知られざるストーリー