農家の収入向上を目指し、
コメの収量増やキノコ栽培の導入を支援

坂本知之さん(ザンビア・コミュニティ開発・2016年度2次隊)の事例

郡農業事務所に配属され、「農家の収入向上」を目標に活動した坂本さん。「本気度」の高い農家を見極めたうえで、従来の栽培方法の改善や新たな栽培品目の導入などを支援していった。

坂本さん基礎情報





【PROFILE】
1989年生まれ、埼玉県出身。2012年に大学を卒業し、化学メーカーに就職。グローバル人事、人材開発等の人事業務に従事。16年9月、協力隊員としてザンビアに赴任。18年9月に帰国。19年4月から北海道の地方自治体に一般行政職として勤務。

【活動概要】
北部州ムプルング郡の農業事務所に配属され、主に以下の活動に従事。
●コメの収量増支援
●キノコ栽培の普及
●家計簿に関する啓発活動


 坂本さんの任地、北部州ムプルング郡が位置するのは、琵琶湖の5倍の面積を持つ淡水湖・タンザニーカ湖の南端。豊かな水の恩恵を受け、稲作や果樹栽培などが盛んに営まれていた。
 配属されたのは、郡の農業事務所だ。着任時、配属先からは活動に関する明確な指示がなかったことから、可能な支援を探るため、地域で行われる農業関連のイベントや集会に当初から積極的に参加。農家とのつながりを深めたり、現地の農業に関する情報を集めたりしていった。
 そうして自らの活動の針路を定めたのは、着任して半年が過ぎた時期。「農家の収入を向上させる」という大目標のもと、「既存の栽培品目の収量増」と「新たな栽培品目の導入」という2つの下位目標を立てたうえで、それぞれを達成する手段として「コメの収量増」と「キノコ栽培の普及」に取り組むこととした。

栽培方法の妥当さを「見える化」

播種の密度による苗の育ち方の違いを実証するために設けた2種の苗代。手前が、現地の農家が従来行っていた密度で、奥が適切な密度

スパ米の収穫を行う農家たち

 坂本さんは着任するまで、任地でコメの収量を上げるカギは、干ばつに強い陸稲のネリカ米(*1)を普及させることだと考えていた。着任前には、ネリカ米について学ぶJICA主催の研修も受けていた。しかし、実際は前述のとおり水が豊富な地域であり、スパ米と呼ばれる水稲(*2)が盛んに栽培されていた。そこで坂本さんは軌道修正を図る。ネリカ米には「スパ米より生育期間が短い」という特長があったことから、やはりその紹介は行うものの、並行してスパ米の栽培方法を改善するための支援にも力を入れることにしたのだった。
「種は播けば播くだけ収量が上がる」。従来、ほとんどの農家がこう誤解しており、スパ米の苗代に過度な密度で播種していた。それが誤りであることを口頭で説明しても納得してもらえないだろうと考えた坂本さんは、農家に土地を借りて「試験圃場(しけんほじょう)」を設置。「現地の農家が行ってきた播種の密度」と「適切な播種の密度」の2種類の苗代を並べてつくり、苗の育ち方の違いを農家たちに見てもらった。苗列をまっすぐにしたほうが草取りや稲刈りが楽になることを伝えるため、紐を張って播種する方法もこの試験圃場で紹介。そうして改善すべき点を「見える化」したことにより、その意味を納得し、実践する農家が増えていった。

*1 ネリカ米…アフリカの食糧事情の改善を目的に開発された稲の総称。 「干ばつに強い」「生育期間が短い」「収量性が高い」といった特徴を持つ。品種の中心は畑で育つ陸稲(おかぼ)。
*2 水稲…田で育つ稲。

乾期の収入源としてのキノコ栽培

菌床栽培されているウスヒラタケ。培地には、グランナッツの栽培で出る木屑を茹でたものを使用。種菌を混ぜてビニール袋に入れ、陽が当たらず、適度な湿度が保たれる小屋の中に吊るしておく

坂本さんの呼びかけで始まった、農家グループによるキノコ栽培の勉強会

 任地の気候は、雨期と乾期に分かれる。農作物が育ちにくい5〜9月の乾期の仕事をつくることが、現地の農家の課題だったが、乾期にも育つネリカ米の栽培は、その対策となるものでもあった。坂本さんの活動のもうひとつの柱だった「キノコ栽培の普及」は、乾期に栽培できる点に着目して他のザンビア隊員も取り組んでいた。任地では、以前から市場でキノコが売られていた。しかし、値段が高いにもかかわらず、売られていたのは、雨期に自生しているキノコばかりのようだった。
 坂本さんは、比較的容易な「ウスヒラタケ」の菌床栽培(*3)を農家に勧めようと考えたが、最初に立ちはだかった壁は、農家たちの「本気度」だ。キノコの話をしようと村を訪れると、「物見遊山」で多くの農家が集まり、「栽培したい」と口にする。ところが、「いつ始めるか」「道具をどう調達するか」など作業の具体的な話になると、一向に前に進まないのだった。
 任地の気候条件でウスヒラタケの菌床栽培をする場合、種菌の植え付けから収穫までにかかる期間は1カ月ほど。刻々と成長するため、農家を頻繁に訪ね、マンツーマンに近い形で栽培の支援を行うことが必要だと考えた坂本さんは、対象を「本気度」の高い農家に絞ることにした。絞り込みの手段は「井戸端会議」だ。村々を回り、「キノコの栽培方法に関する話をする」とアナウンスしたうえで、農家の集会を開催。その際、キノコの話題は出さずに、農業全般に関する話や世間話に終始する。それを同じ村で5回ほど繰り返すと、初回は各村で40人ほどいた参加者が、それぞれ5人ほどに減少。そうして残った農家こそ、真剣にキノコ栽培に取り組みたいと考える者だと判断し、彼らを指導対象としたのだった。
 収穫できるようになると、坂本さんは販路開拓の支援にも着手。学生寮の食堂やレストランが狙い目だと踏み、商談を持ちかけたところ、ウスヒラタケには競争相手がいなかったため、継続して購入してもらえることとなった。レストランでは、ウスヒラタケを使ったピザをメニューに加えてもらうことができた。

*3 菌床栽培…人工の培地に種菌を植え付け、育てる栽培方法。

「家計簿付け」の習慣を促す

 コメにしろ、キノコにしろ、栽培を継続・拡大するためには、道具をより良いものに買い換えていくなどの「投資」が必要だ。農家が投資をするためには、農業の収支や子どもの学費など家計の支出を把握し、投資に回せる金額を弾き出すことができなければならない。ところが、任地の農家の大半は当初、お金の出入りについては一切把握しておらず、「その日暮らし」の状態だった。また、支出の「見える化」は、農家のやる気の刺激にもなる。そこで坂本さんは、コメやキノコの栽培方法の指導と並行して、家計簿を付ける習慣を持ってもらうための働きかけにも注力した。
 家計簿付けの定着は、同時にコメやキノコの栽培指導の効果を測る指標にもなった。農家たちの家計簿に、「サッカーボールを購入」など「生活の中の変化」の具体的な様子がうかがえる記載が現れるようになったのだ。

事例のポイント

「本気」の農家を見極める!
任期中に農作物の栽培・販売にチャレンジできる機会は限られている。そのため、技術習得に「本気」な農家を見極め、そこに的を絞って指導するというのもひとつの手だろう。

知られざるストーリー