国際自転車レースの料理班で
配属先外の「料理好き」と遭遇

佐藤信希さん(東ティモール・料理・2016年度3次隊)の事例

職業訓練施設で調理実習の授業などを担当した佐藤さん。生徒たちが学外実習で不在となった期間に、国際自転車レースでライダーたちの料理をつくるボランティアに参加。そこで料理好きの若者たちと出会うことができた。

佐藤さん基礎情報





【PROFILE】
1984年生まれ、東京都出身。大学卒業後、服部栄養専門学校に通って調理師免許を取得。病院で治療食の調理に携わった後、2017年1月、協力隊員として東ティモールに赴任。19年1月に帰国。

【活動概要】
国立職業訓練・雇用センター(リキサ県)に配属され、主に以下の活動に従事。
●英会話授業の実施
●調理実習の授業の実施
●配属先の食堂の改善支援


 国立の職業訓練施設に派遣された佐藤さん。配属部署は、ホテルやレストランで働くために必要な技術を教える「ホスピタリティ・コース」だ。1年制のコースで、4〜9月の第1学期にベッドメーキングやテーブルセッティング、接客などを学び、10〜3月の第2学期に調理を学ぶプログラムとなっていた。配置されていた2人の教員はいずれも調理の専門性がなく、第2学期の授業は従来、食品衛生などに関する座学の授業ばかりになっていた。そうしたなかで佐藤さんに求められていたのは、第2学期に調理実習の授業を行うことだった。
 佐藤さんの着任の2カ月後に始まった2017年度は、18人の生徒がホスピタリティ・コースに入学。ところが、翌18年度は政府の予算執行が停止してしまい、同コースは新入生を受け入れることができなかった。そんななか、佐藤さんの活動は次のように推移した。
【2017年度】
❶第1学期 「調理」の授業がない学期だったため、当初は同僚が行う授業をサポート。後に、レストランサービスで必要な英語を教える授業を担当するようになった。この英会話の授業は、「接客」の授業で「生徒たちに客とコミュニケーションをとるという意識が足りない」と感じたため、それを同僚教員に指摘したところ、立ち上げを依頼された授業だった。
❷第2学期 急遽、ホテルなどで実務経験を積む「学外実習」が学期の初めから実施されることとなり、配属先での授業は18年の2〜3月のみとなってしまった。この2カ月間に、佐藤さんは調理実習の授業を担当した。
【2018年度】
 新入生がいなかったため、佐藤さんは配属先の食堂の改善を支援。たとえば、料理の種類が少なかったことから、メニューを毎日変える半月単位の献立計画の導入を促すなどした。

調理実習の授業でオレンジの飾り切りを教える佐藤さん

調理実習でつくった「ナスと豚のショウガ和え」。生徒たちはナスを蒸す作業を煩わしがったため、「茹でる」に替えて指導した

配属先の食堂。調理実習はここの厨房を使って行った


レースの料理班の仕切り役に

 予定していた調理の授業が学外実習のためにできなくなり、途方にくれていた時期、配属先外のイベントにボランティアとして参加するチャンスが訪れた。東ティモールで年に1度開催されているマウンテンバイクの国際レース「ツール・ド・ティモール」(以下、「レース」)だ。
「レース」は、計400キロあまりになる5コースを、1日1コースずつ走るもの。前日のゴール地点が翌日のスタート地点になるが、それら中継地点には、ライダーや運営スタッフが寝泊まりできるキャンプが設営される。そこで出される食事をキャンプ内の厨房でつくるのが、佐藤さんがその一員となった「料理班」のボランティアたちだ。
 参加のきっかけは、料理班のリーダーからの誘い。東ティモールで小さなレストランを経営する男性(以下、Aさん)で、佐藤さんの以前からの友人だった。
 配属先に休暇をもらい、初日のスタート地点に設けられたキャンプに入ったのは、スタートの3日前。集まった料理班のボランティアは約20人で、大半はAさんのレストランでアルバイトをしている学生やその友人たちだった。Aさん以外に料理のたしなみがある人はいなかったため、佐藤さんはAさんとともにメニューの考案や味付けを担当。「皮を剥く」「切る」「炒める」など料理の個々の作業は、ほかのメンバーたちに割り振った。
 食材は運営スタッフによりキャンプに持ち込まれており、メニューはそれを見て決定。サラダや炒め物、和え物など、毎日バラエティに富むよう努めた。「レース」にライダーとして参加する先輩隊員から、「レース期間中、ライダーは量をとりたい」とのアドバイスを受けていたことから、佐藤さんは味付けを薄味にするなどの工夫もした。

ツール・ド・ティモールの中継地点に設営されたキャンプの食堂。ライダーのほか、運営スタッフもここで食事をとる

ツール・ド・ティモールで、ケータリング用につくったハンバーガーをスタート前に取りに来たライダー

佐藤さんが前年に引き続き料理班に加わった2018年のツール・ド・ティモールで、料理班の仕切り役を務めた3人。左からAさん、Aさんの友人のポルトガル人シェフ、佐藤さん

「料理への興味」を引き出す授業

ツール・ド・ティモールのキャンプの厨房で、佐藤さんが教えたリンゴの飾り切りに挑戦する料理班のメンバー

「レース」には思わぬ収穫があった。同僚たちの佐藤さんを見る目が変わったのだ。料理班の様子については、「レース」の期間中からAさんがSNSで発信。そのなかで、佐藤さんが写っている写真とともに「日本人のシェフがいるんだぞ!」ともアピールしていた。それが同僚たちの目にとまったのだ。着任以来、配属先で料理の腕前を披露するチャンスがなく、「存在感」が薄いままになっていたなか、ようやく「『技』を持っている人物なのだ」と知ってもらうことができたのだった。同僚には、「調理実習を楽しみにしている」と声をかけてもらえた。
「レース」のもうひとつの収穫は、料理に興味を持つ若者の存在を知ったことだ。料理班のメンバーのなかには、手が空いたときに「野菜の切り方を教えてほしい」と佐藤さんにお願いしてくる人もいた。「レース」の後、佐藤さんは休日にAさんのレストランで料理の手伝いをすることもあったが、そこでアルバイトをしていたのは、前述のとおり料理班のメンバーたち。なかには、佐藤さんが料理をするのを横目で見ながら、技を盗もうとする逸材もいた。レシピを教えたわけでもないのに、佐藤さんがつくった「揚げ出し豆腐」を自宅でつくり、「お母さんに『おいしい』と喜んでもらえた」と報告してくれた男子学生などが、その筆頭だ。
 そうした若者を見ていただけに、配属先で調理実習の授業を始めた際の落胆は大きかった。料理に興味のある生徒がほとんどいなかったのだ。興味がありさえすれば、技術はいくらでも自分で身に付けていくことができる。そこで佐藤さんは、「料理することの楽しさ」を生徒に伝えることを第一に考えて授業をするようにした。たとえば、「トマト」について知ってもらう授業。トマトは、火が入れば入るほど、味が濃くなっていく。それを実感してもらうため、トマトを煮込みながら、生徒たちに5分ごとに味見させるという授業を行った。そうした「理科実験」のような授業では、生徒たちの目も輝くのだった。

佐藤さんからのMessage

配属先外の出会いは財産
配属先で出会えるのは、派遣国の中のごく一部の人たちです。配属先外で多くの人と出会い、その国の人材の多様性を理解することは、配属先での活動をより良いものにするうえでも不可欠ではないかと思います。

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