休暇中の会合から生まれた
体育隊員と中央省庁の連携

小里 晋さん(ブータン・体育・2016年度3次隊)の事例

小中学校に配属され、保健体育の質向上の支援に取り組んだ小里さん。体育隊員たちで学期間の長期休暇に中央省庁との会合を持ったところ、そこから同国の保健体育の充実化に向けた連携がスタートした。

小里さん基礎情報





【PROFILE】
1993年生まれ、大阪府出身。大学で保健体育科教育を学んだ後、2017年1月、協力隊員としてブータンに赴任。19年1月に帰国。

【活動概要】
ゴントゥン小中学校(タシガン県)に配属され、主に以下の活動に従事。
●体育授業の実施
●運動会の企画・運営
●現地教員を対象とした保健体育の講習の実施
●体力測定の実施


専門性のない同僚との共同授業

 小里さんが配属されたゴントゥン小中学校は、幼稚園の年長に当たる学年から高校1年生にあたる学年までの11学年がある学校。児童・生徒が約450人という規模だった。求められていた役目は、保健体育の質を高めるための支援だ。
 ブータンの初等・中等教育では教科担任制がとられている。保健体育は正規教科とされているものの、その専門性を持つ教員がまだほとんどおらず、各校では他教科を専門とする教員が担当せざるを得ない状況となっている。小里さんの配属校も同様で、保健体育の授業を担当していたのは、スクール・スポーツ・インストラクター(SSI)と呼ばれる立場の女性だった。SSIは教員免許を持たず、球技などを行う「ゲーム&スポーツ」と呼ばれる授業を担当するために配置されているスタッフだ。一方、配属校は道具や設備の面でも体育授業の環境が整っておらず、あったのはクリケットの道具、バレーボールのネット、バスケットボール、サッカーのゴールくらい。そうした状況のなか、小里さんは主に以下のような活動に取り組んだ。
■体育授業の実施 SSIとのチームティーチングで体育授業を実施。授業をとおして、「ケンケンパ」や「大縄跳び」など、手に入る道具で実践が可能な体育授業の方法をSSIに伝えた。
■運動会の実施 任期の2年目に、隣県の学校と配属校で1回ずつ、運動会を実施した。前者は、同校の校長から依頼を受け、プラスアルファの活動として関与することになった学校。運動会の種目には、「玉入れ」や「台風の目」、「綱引き」など、みんなで協力して取り組めるものを中心に選んだ。いずれの学校でも、開催前には運動会の種目の練習をする体育授業を数回にわたって実施した。
■教員を対象とした保健体育に関する講習の実施 他教科の教員がいずれ保健体育を担当する可能性も高いことから、配属校の全教員を対象に、日本の保健体育の概要を伝える講習を実施した。
■体力測定の実施 児童・生徒の体力向上を促すという保健体育の目的を達成するためには「体力測定」が欠かせないが、配属校では行われていなかった。そこで、任期の1年目と2年目に1回ずつ実施し、SSIにやり方を知ってもらった。測定した項目は、「短距離走」や「反復横跳び」など、日本で行われているのと同じものを選択した。

体育授業を行う小里さん

体育授業を行う小里さん

配属校で運動会を開催した際の集合写真


休暇を利用した体育部会の活動

 ブータンでは、全隊員が参加するJICAブータン事務所主催の隊員総会が、年2回、6月と12月に開催されていた。隊員たちは、これに参加するために配属先から休暇をもらう。小里さんが派遣されていた当時、国内各地で活動する体育隊員たちで「体育部会」が結成されていたが、部会のミーティングは、総会でメンバーが首都に集まったチャンスを利用して開かれていた。
 小里さんが初めて部会のミーティングに参加したのは、赴任して半年ほど経った2017年6月だった。部会としての活動の年間目標、運動会やワークショップの開催など具体的な活動内容の計画などが話し合われたが、その際、「体育授業を広く国内に普及させるためには、部会としてブータン政府と協働することが必要だろう」とメンバーの意見が一致。すると、すぐさまJICAブータン事務所が間を取り持ち、翌7月には、保健体育を所管する中央省庁の担当者と部会メンバーによる会合が首都で実現した。7月は学校が長期休暇となり、部会メンバーの自由が利く月だった。
 この会合にブータン政府から出席したのは、教育省やその外局である青年スポーツ局(以下、関係省庁)の担当者。ブータンの保健体育の現状や、保健体育に関して協力隊員に期待する役割などを話してもらった。部会はこの会合を皮切りに、以下のようにさまざまな形で関係省庁と連携することができるようになった。
■カリキュラムの改訂 関係省庁との会合で、担当者から「ブータンには保健体育のカリキュラムがあるが、実際には活用されていない」という話が出た。部会メンバーも、そのカリキュラムを踏まえずにそれぞれの配属校で日本式の体育授業を実践していたが、以後はそのカリキュラムに則って授業を進め、カリキュラムの問題が見つかったら、それを関係省庁にフィードバックしていくという方針になった。
■研修への協力 関係省庁は保健体育の充実化を図るための施策として、各校に授業ができる教員が少なくともひとりはいる状態を実現すべく、他教科の教員を対象とする保健体育の研修を各地で開催し始めていた。その研修に部会メンバーが講師として招かれるようになった。
■運動会の視察 関係省庁との会合で、担当者から「体育授業の普及に向け、最低でも年に計3回は国内のどこかで運動会が開催されるようにしたい」との発言があった。それを受け、部会メンバーはそれぞれの配属校での開催に努めるようになり、実際に開催する際は、関係省庁の職員が足を運んでくれるようになった。小里さんが実施したときもしかり。小里さんは近隣の学校の校長や県知事も運動会に招いたが、彼らに運動会の重要性を感じてもらううえでも、関係省庁の職員の出席は効果があったようだった。
■シンポジウムの開催 小里さんの任期終盤に開催された隊員総会のタイミングに、関係省庁の職員を相手に部会メンバーがそれぞれの活動を発表するシンポジウムが開かれた。
 以上のように、小里さんの任期中ににわかに生まれ、強まった体育隊員と関係省庁との協働関係。それぞれの隊員は2年で帰国するが、部会がある限りこの関係は消えることがないため、ブータンにおける保健体育の充実化を今後も後押しするものと期待される。

小里さんの任期終盤、体育部会の活動として保健体育に関するシンポジウムを教育大学で開催。関係省庁の職員を相手に、部会メンバーがそれぞれの活動について発表した。壇上に立っているのは、挨拶をするブータン教育省の職員

同じシンポジウムで発表を行う小里さん

同じシンポジウムで小里さんが使ったプレゼンテーション資料のページ例。小里さんは「体力測定」と「運動会」の実践について発表した

小里さんからのMessage

休暇は部会活動のチャンス
学校で活動する隊員の場合、学期間の長期休暇をいかに有意義に過ごすかは、重要な課題です。同職種の隊員ならば、配属先の休暇の時期が同じことも多いため、それを部会活動に充てるというのも、選択のひとつだと思います。

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