JICA Volunteer’s before ⇒ after

谷野 駿さん(モンゴル・バレーボール・2014年度1次隊)

before:大学生
after:高等学校教諭(保健体育)

 母校の高校のバレーボール部顧問として、部を勝利に導く。谷野さんが高校時代に定めた将来の目標だ。大学で教員免許状を取得した後、協力隊に参加。モンゴルでバレーボール技術の向上に取り組んだとき、自身が求めていたのは勝利だけではないことに気づかされた。帰国した現在、谷野さんは高校教諭となり、バレーボール部の顧問を務めている。

焦らず、ゆっくり、遠回りでもいい

[before]モンゴルの小学生に「トス」を教える谷野さん

 中学でバレーボールを始め、高校でバレーボール部の主将を務めた谷野さん。勝利を熱望する谷野さんのような部員がいる一方、モチベーションの低い部員もいる。彼らと衝突しては後悔した。顧問は競技経験者ではなく、練習は見てくれたがコーチとして指導してもらうことは難しい。皆で目標に向かうために、導いてくれる大人が必要だと切実に思った。その経験が「将来教員になり、バレーボール部の顧問になる」ことを決めさせた。
 大学に入学した2年の秋、協力隊経験者の話を聞くという授業があった。縁もゆかりもない国で、何かを成し遂げる体験談。その話にワクワクした谷野さんは、こんな経験をしてから教員になりたいと思った反面、卒業後に2年も海外に行って良いのかと悩んだ。相談したゼミの先生から言われた「遠回りでもいいじゃないか」という言葉に背中を押され、協力隊への参加を決意することになる。
 モンゴルの学校でバレーボール技術の向上活動を行いながら、ナショナルチームのコーチ補助や指導教本の作成などに取り組んだ谷野さん。モンゴルは冬の時間が長いため、屋内競技のバレーボールは人気が高いが、基本的な技術を教える人や基盤となる教材がない状態だった。そこで配属先のバレーボール協会に指導教本の作成を提案すると快諾を得られた。同職種の隊員たちと協力し、教本の作成と、発行に合わせた講習会の開催を目指した。協会から「見て理解できるものを」と依頼され、図や写真を多用。谷野さんは写真を何百枚も撮った。知人のモンゴル人に翻訳を依頼し、協会に校正を依頼したのは、講習会の1カ月前。印刷できたのは講習会前夜だった。講習会で配布したところ、参加者からの評判も良く、谷野さんの帰国後は、小中高全827校に配布され、現在、体育教員がバレーボールの授業を行う際の手引き書としても活用されるようになっている。
 派遣前の谷野さんには「あの国の人だからこうだ」と決めつけてしまうところがあったそうだ。モンゴルで出会った人の中には、時間や約束を守らない人もいた。一方で家族のように気にかけてくれる人たちや、指導書作成に尽力してくれた同僚にも出会えた。
「ひとりひとりを見ずに決めつけていたら、大事な人と出会う機会も失う。その考え方は、損しかしないのだと実感しました」
 考え方が変わった出来事がもうひとつある。谷野さんのメインの活動は小学生〜高校生への技術指導で、皆、素直に練習に励み、大会でも勝った。しかし、谷野さんの印象に残ったのは勝利の場面ではなかった。
「私が教えたことを高校生が小学生に教えているのを見て、小さな出来事ですが、ああ、ここで活動して良かったなあと思いました」

生徒の視野を広げる手伝いを

[after]東京都の高校で体育の授業を行う谷野さん。保健体育の授業で、環境問題を取り上げるときなどに、モンゴルの写真を見せることもあり、「少しだけ話の引き出しが多い」と感じている。「生徒と対等ではいけないけれど、生徒と同じ目線に立っていきたい。協力隊の経験や講師の経験があるので、自分の立場について距離を置いた場所から見られていると思います」と谷野さんは話す

 2年の活動を終え、帰国した谷野さんは焦っていた。友人は社会人としてバリバリ働いているが、自分がこれから教員採用試験を受験すると、正式採用は1年以上先。焦りから目標がブレ始め、協力隊の経験が何の役に立つのか疑問に思えた。そんなとき、帰国後研修(※)を受講し、活動の棚卸(*)などにより「やりたいことが明確になった」と谷野さんは振り返る。教員を目指すため、非常勤講師として学校に勤務しながら、進路相談カウンセラーと教員採用試験に向けて週1回対策を練った。
 2017年、教員採用試験に合格し、18年より東京都の公立高校で勤務を開始。現在は、1年生の担任と、バレーボール部の顧問を務めている。授業や学級運営で理想と現実のギャップに悩むこともあり、部活でも部員数が少なく、自分が求めるような活動はできていない。それでも根底にある「学校が好き」という思いが谷野さんを支えている。
「自分が生徒だったときと立場は違いますが、生徒たちと交わす何気ない会話、彼らの小さな変化、それを感じられる空間にいられる仕事ができて良かったと思っています」
 そして、協力隊という「遠回りした経験」があるからこそ生徒に伝えたいことがある。
「生徒たちは学校での人間関係など、見ている世界がすべてだと思ってしまいがちです。でも私がモンゴルで感じたように、実際には世界は広く、知らないことがたくさんある。もし、今の場所が合わずに苦しんでいるときは、生徒に別の世界を探してほしい。その世界を探す手伝いをしていきたいと思います」

※ 詳細はJICA海外協力隊ウェブサイト「帰国後研修」をご覧ください。
* 棚卸…経験やスキルを書き出し、整理すること。






谷野さんのプロフィール

[1991]
兵庫県出身。
[2014]
3月、東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ科卒業。
7月、青年海外協力隊に参加(選択の理由:1年浪人したため、「早く人に追いつかなければ」という気持ちが強かったが、ゼミの先生の言葉で、遠回りでもやりたいことをやってみようと思えるようになり、参加を決意。)
モンゴルのチョイルスポーツ委員会にて、子どもたちへのバレーボール技術指導や指導者への技術移転を行う。その後、ウランバートルに任地変更となり、モンゴルバレーボール協会にて、国際大会に向けた代表チームのアシスタントや、市内の小中高校で、技術指導などを行う。
[2016]
7月、帰国。
8月、通信制高校にて非常勤講師を務める。
[2017]
9月、臨時的任用講師として、特別支援学校に勤務。
10月、東京都教員採用試験に合格。
[2018]
4月、東京都内の公立高等学校に保健体育教諭として勤務(選択の理由:社会人経験がないことや、教員となる覚悟、働くことへの不安など、さまざまな不安要素が重なり、教員になることを迷った。しかし、JICAの帰国後研修や進路相談カウンセラーとの面談で不安を解消でき、無事に教員に。)


『バレーボール指導教本』
バレーボールの指導力向上のための指導教本。現地のバレーボール協会と協働し、現地語で作成された。内容は、「基本的な技術の解説」「練習方法の紹介」「応急手当の紹介」「練習計画の策定」「現地で購入可能な材料と廃材を用いてつくることができる練習補助具の作成方法」などが掲載されている(A5判サイズ、約90ページ)。左画像は、JICAモンゴル事務所にある教本の表紙。現在、体育隊員が任地で使用中。

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