活動Q&A集 〜協力隊技術顧問が回答〜

JICA海外協力隊への技術支援を目的に、分野ごとに配置されている技術顧問。派遣中隊員から寄せられた活動に関する相談と、それに対する技術顧問による回答の例をご紹介します。

【回答者】





髙松正人さん
●JICA海外協力隊技術専門委員(担当分野:観光)
●株式会社JTB総合研究所 上席研究理事
●国連世界観光機関(UNWTO) ツーリズム・バロメーター・パネル
●国連防災機関(UNDRR) ARISE理事、日本代表
●東洋大学国際観光学部 客員教授
●東京大学大学院情報学環 客員教授


Question 1:日本人観光客の誘致に悩んでいます
〜日本人観光客の誘致を期待されている観光隊員より〜

 私の配属先は、日本からもっと多くの観光客に来てもらえるようにすることを期待して、隊員の派遣を要請しました。ところが実際に現地に行ってみると、国内の観光客がほとんどで、ときおり欧米やオーストラリアからの旅行者を見かけることはあっても、日本人観光客の姿はめったにありません。そもそも成田から飛行機を3回乗り継いで24時間以上かかるこの国に、日本人観光客を誘致することはかなりハードルが高く、それを目的とする活動に疑問を感じています。
 今後、どう活動したらよいのか、また配属先にどのように話をしたらよいのか整理がつかず、悩んでいます。

Answer 1:

 観光分野の要請で、日本人観光客の誘致が主な活動のひとつになっているものは少なくありません。日本人は旅行先での消費額が多く、他国からの観光客と比べてマナーがよいと認識されているので、途上国だけでなく、世界の観光地が日本を観光誘致の重要なターゲットに位置付けています。配属先が隊員に日本人観光客の誘致にかかわる活動を期待するのは、ごく自然なことです。
 一方、日本から遠く離れ、訪れる日本人も極めて少ない任地で、日本に向けて観光誘致活動したところで成果が出るのだろうか、と悩むのは無理もありません。
 まず、配属先やカウンターパートから、地域がめざす観光の姿(ビジョン)についてじっくり話を聴き、それを共有しましょう。観光振興の目的は「国内外の人々との交流」、それとも「地域経済の活性化」でしょうか。では、観光で地域の経済が活性化したら、どんなよいことがあるのか。「収入が増える」「新たな雇用が生まれる」などが考えられます。
 観光のマーケティングで重要なのは、有望なターゲット市場とセグメント(*)を絞り込んで、限られた労力やお金をそこに集中的に投下することです。観光誘致活動を日本に集中することが、本当に観光ビジョンの実現につながるでしょうか。任国の観光の魅力にもっと反応しやすく、誘致活動の効果の上がりやすい市場は他にないか、話し合ってみましょう。観光の市場は、遠い国ばかりではありません。より近く、手軽に来ることのできる国内主要都市や周辺国も手堅い有望な市場になりえます。直行便のある先進国も主要なターゲット市場でしょう。これらの市場に基盤を置くことが基本です。
 では、日本人を誘致するのは諦めるべきなのでしょうか。いいえ、24時間以上かかる日本に住む日本人を誘致するのは難しいかもしれませんが、任国や近隣国にいる日本人は有望なターゲットになりえます。本当に魅力的な観光コンテンツがあれば、日帰りや1泊で来てもらいましょう。彼らがその観光を楽しめば、その魅力をSNSや口コミで日本人の友人・知人に伝えてくれるでしょう。それが広まれば、いつの日か日本からも観光客が訪れる日が来るかもしれません。

*セグメント…顧客の属性(年齢・性別・所得層・旅行の嗜好など)。



Question 2:市場調査の方法について教えてください
〜地方行政機関の観光部門で活動する観光隊員より〜

 協力活動手法の講座で、「観光振興の活動をするうえで、観光客の動向など現状を把握することが大切だ」と教えられましたが、任地では十分な観光統計が整備されておらず、ましてや観光客対象のアンケート調査なども実施されたことがないようです。
 私の配属先である地方行政機関の観光部門のカウンターパート(以下、CP)に、観光客のニーズの最近の変化や新たな観光のトレンドなどについて尋ねてみても、よくわからないのか、はっきりした答えが返ってきません。
 このような状況で、任地の観光客の実態を把握するには、どのような方法があるでしょうか?

Answer 2:

 行政機関の職員は、日常業務で忙しく、しかも観光客との接点にいるわけではないので、観光担当者であっても思いのほか観光の現状を具体的に把握できていないことがあります。あなたのCPもそのような状況なのだと推察します。
 私は、旅行会社の企画・管理部門にいるときに、当時の上司から「迷ったら現場に行け」「答えは現場にある」と教えられ、北海道から九州まで旅行営業の現場に何度も足を運んで実態を聴きだし、それをもとに会社の戦略や制度を考えた経験があります。
 あなたへの私のアドバイスも、「答えは現場にある」です。では、観光の「現場」はどこでしょうか。間違いなく、お客様が観光活動を楽しみ、移動し、宿泊する、観光事業者のところです。行政機関の執務室の中ではありません。
 たしかに観光統計が整備されていなければ、年間何人観光客が来ているのか、どの月がピークなのか、どこの国から来ているのか、だれと来ているのか、任地ではどのような観光行動をしているのか、どのくらいお金を使ってくれているのかなど、観光振興の大切な要素が正確にはわかりません。
 それでも観光の現場の人たちは、観光客の動向や嗜好をしっかり把握し、満足していただける観光サービスを日々提供しています。なぜならば、彼らは毎日観光客と直接対話し、時には苦情を言われ、怒られ、時には喜ばれたり褒められたりしながら、肌感覚で観光客を理解しているからです。
 オフィスを出て、答えを探しに「現場」に出ていきましょう。ホテルのフロントやコンシェルジュ、レストランスタッフ、地元の旅行会社スタッフ、ツアーガイド、観光バスの運転手などに直接話を聴いてみましょう。きっと統計以上に役立つ「ナマな話」がいろいろ出てくるでしょう。それを独り占めするのはもったいないと思ったら、CPや同僚を誘って「現場」へ行きましょう。オフィスの外で仕事をすることが難しいなら、彼らを誘ってランチをしながら、もしくはお茶とおやつを楽しみながら座談会をするというのでもいいでしょう。そこからまた、現場の人とのつながりが広がりますよ。

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