校内研修の導入で、
現地教員に合った「指導案」を提案

佐藤大輔さん(シニア海外ボランティア/エクアドル・小学校教育・2016年度3次隊)の事例

市の教育行政機関に配属された佐藤さん。研究授業を核とする「校内研修」の導入・定着を支援する活動では、不慣れな現地教員に合った「学習指導案」の作成方法を考え、提案した。

佐藤さん基礎情報





【PROFILE】
1974年生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、電機メーカー勤務を経て、沖縄県と埼玉県で小学校教諭を務める。退職後、2017年1月にシニア海外ボランティアとしてエクアドルに赴任。19年1月に帰国。現在はNPO法人日本UAE青少年児童育成交流協力会所属の教員として、アブダビ日本人学校に勤務。

【活動概要】
ピチンチャ県キト市の市役所教育局教育管理課に配属され、管轄する小学校を対象に算数教育に関する主に以下の活動に従事。
●「校内研修」の導入・定着の支援
●「年間指導計画」や「単元ごとのカリキュラム」の作成と、その導入・定着の支援
●「算数ドリル」の作成と、その導入・定着の支援
●導入した「年間指導計画」と「単元ごとのカリキュラム」に基づいた「章末テスト」の作成と、その導入・定着の支援


小学5年生の算数の研究授業。佐藤さんは参観する教員に「机の間を回って児童の反応を見たほうがいい」とアドバイス。研究協議で彼らから活発に意見が出るようになった

 佐藤さんが配属されたのは、首都キト市の市役所教育局教育管理課。管轄する小中高一貫校9校を対象に、教育の質向上に向けた働きかけを行う機関だ。着任当時、配属先は小学校教員の算数指導力向上を図るため、「研究授業」(*1)や「研究協議」(*2)などを要素とする「校内研修」を定着させたいと考えていた。その実現に向けた支援を行うことが、佐藤さんに求められていたメインの役割。実際には、以下のようなプロセスでこの活動を進めていった。
(1)9校は2学期制で、年度開始は9月。佐藤さんは2016年度の第2学期初頭に着任し、まずは各校を回って現地教員が行う算数授業を参観するなどして、現地教員たちの指導力の現状を確認。
(2)16年度第2学期の終わりに、校内研修についての研修を各校の校長と副校長を対象に実施。
(3)(2)の後に、各校で校内研修を主導する教員(校内研修リーダー)を立ててもらい、彼らを対象に校内研修についての研修を実施。
(4)校内研修リーダーが各所属校における校内研修の計画を策定。
(5)算数授業を担当する各校の教員を対象に、佐藤さんが講師となって「学習指導案(後述)」の作成方法を伝える研修を実施。
(6)17年度に入ると、順次各校で校内研修が開始。第1学期に実践したのは7校で、計10回の研究授業が行われた。
(7)17年度第1学期に校内研修を実践できなかった2校では、教員たちに佐藤さんが校内研修の目的や方法などを再度説明。
(8)17年度第2学期には全9校で校内研修が実践されるようになる。佐藤さんの任期中に9校で行われた研究授業の回数は、計約100回にのぼった。

*1 研究授業…教員の指導力向上などを目的に、ほかの教員などが参観して行われる授業。
*2 研究協議…行われた研究授業について、参観者が改善点などを話し合う会議。

指導案作成の指導に注力

小学2年生の算数の研究授業。従来、「量感」を体験させる活動がなされていなかったことから、佐藤さんが新たに作成したカリキュラムではこれを導入。写真に写る「てんびん」は、教員たちが手づくりしたものだ

 日本で研究授業が行われる際には、授業の計画をまとめた「学習指導案(以下、指導案)」を授業者(教壇に立つ教員)が事前に作成し、参観する教員たちに配布する。日本では一般に、「単元(共通の課題でくくられたひとまとまりの授業)」と「本時(その回の授業)」の両方について、主に以下のような内容が記載される。
【単元に関する項目】
■単元の目標
■児童観(児童の学力や教科に対する関心・意欲)
■指導観(児童観を踏まえてとるべきだと考える指導方法)
■単元計画(単元を構成する各学習活動の内容、単元における本時の位置付けなど)
【本時に関する項目】
■授業の目標
■授業計画(どのような順序でどのような学習活動をさせるか、児童にどのような発問をするか、児童の理解度をどのように評価していくかなど)
■板書計画(どのタイミングで、どのような板書をするか)
 研究授業で指導案を作成・配布するのは、授業を分析・評価するうえでの資料としてもらうためだが、指導案の作成作業は、児童の実態を捉え直したり、指導方法への考察を深めたりする機会にもなるため、授業者自身の指導力向上にもつながる。そうした意図で実施したのが、前述の(5)の研修だ。
 佐藤さんは(5)の研修に先立ち、「研究授業を実施したことがある」という学校で試しにそれを実践してもらった。すると、授業者が作成した指導案には「児童への発問」や「理解度の評価方法」などが記載されていたが、実際の授業は指導案と乖離。授業者は指導案を軽視し、記載していた「理解度の評価」などをせず、結果、児童の理解も進まないのだった。
 実際の授業をイメージしながらより良い指導法を考えて指導案を作成し、それを忠実に授業で実践する——。指導案に馴染みがない現地教員にこれを徹底してもらうためには、日本で一般的な作成方法をそのまま真似てもらうのではなく、彼らがやりやすい方法で作成してもらうことが必要だと佐藤さんは考えた。そうして(5)の研修では、以下のように現地教員が苦手とする「理論」の要素を省き、一方で「実践」の質向上の効果が高い作成方法を提案した。
【簡略化】
■授業計画の理論的根拠にあたる「単元に関する項目」を省略。
【実用性の強化】
 児童がどのような箇所でどのようにつまずき、それに対して教員がどのような指導をするべきかを考えることこそ、授業の実践で大事だとの判断にもとづき、以下のやり方を勧めた。
■教員の発問に対する児童の回答につき、できるだけ多く予想して記載する。
■授業計画では、すべての学習活動に評価方法を記載することはせず、もっとも重要な学習活動に限って記載。そうして評価の実行を容易にする一方、記載する評価方法については、「理解できた/理解できなかった」の2段階ではなく、「理解できた/おおむね理解できた/理解できなかった」の3段階の細かなものにする。

ステップアップの研修を実施

他隊員と合同で開いたキト市の算数科教員を対象とする研修で、「比」の模擬授業を行う佐藤さん

 校内研修が各校で始まった当初から、研究授業の指導案の作成は授業者に任せ、佐藤さんは研究授業を参観し、その後の研究協議で指導案の改善点を指摘するという形で指導を進めた。研究授業の質が目立って低い学校については、その学校の教員を対象にあらためて指導案作成の指導をしたり、佐藤さん自身がモデル授業をやってみせたりした。そうして現地教員たちが指導案の作成に慣れてきたと感じたのは、校内研修の開始から1年ほど経ったころだ。授業のディテールを想像した跡がうかがえる指導案が見られるようになり、それに伴って研究授業自体の質の向上が見られたのだ。
 その時点で佐藤さんは、現地教員たちの指導案のレベル、引いては彼らの指導力のさらなる向上を目的に、あらためて指導案作成に関する研修を校内研修リーダーたちに対して実施。「児童への『発問』の仕方が、指導案作成の段階で十分に練られていない」など、研究授業の授業者に共通して見られ続けた課題を指摘する一方、徐々に「理論」への理解を深めてもらうことを狙って、以前の指導案の研修では触れなかった「『単元計画』と、そこでの本時の位置付けを記載する」といったやり方を勧奨した。そうして佐藤さんの任期終盤には、前回より格段に良い研究授業を行う教員や、日本の教員と遜色ない研究授業をする教員も見られるようになったのだった。

知られざるストーリー