老人会の例会で
現地の歌に合わせて行う体操を紹介

戸崎千尋さん(スリランカ・高齢者介護・2016年度3次隊)の事例

老人会の例会を回り、アクティビティの紹介をした戸崎さん。活動の最大の課題は、紹介したアクティビティを自身の帰国後にも続けてもらえるようにすることだった。

戸崎さん基礎情報





【PROFILE】
1985年生まれ、長崎県出身。大学卒業後、介護福祉士として病院に勤務。2017年1月、協力隊員としてスリランカに赴任。19年1月に帰国。

【活動概要】
マータラ県庁に置かれたスリランカ社会福祉省の高齢者対策事務局に配属され、主に以下の活動に従事。
●老人会の例会や高齢者施設における、健康講話や介護予防・健康維持を目的としたアクティビティの実施
●健康に関する啓発を目的とした新聞の発行


例会でつくった「新聞紙ゴミ箱」を手にする老人会のメンバーたち

 戸崎さんが配属されたのは、スリランカ社会福祉省がマータラ県庁内に出先機関として設置する高齢者対策事務局。老人会の運営支援など、同県における高齢者福祉事業を担当する部署だ。高齢者と直接かかわる現場の業務を担うのは、県庁の各郡事務所に1人ずつ配置されている社会福祉省の高齢者福祉担当官。配属先には彼らを取りまとめる職員が1人おり、彼女が戸崎さんのカウンターパート(以下、CP)となった。
 戸崎さんの活動の柱となったのは、県内各地にある老人会の活動を支援することだ。当時、県内に存在した老人会は約650。それらは次のような共通のスタイルで運営されていた。
■リーダー役は3人。毎年1回、改選される。
■互助会としての機能も果たしており、会費はメンバーが他界した際の香典などに充てられる。
■例会を月に1回開催。開催日は各老人会が独自に決定。時間は1〜2時間で、内容は「宗教のお祈り」「会費の支出に関する報告」「お茶を飲みながらの談話」など。
 戸崎さんは任期中、約140の老人会の例会に1〜数回ずつ足を運び、介護予防や健康維持につながる以下のようなアクティビティを紹介した。
■野菜ゲーム
「立つ」「手を上げる」などいくつかの動作に別々の野菜を割り振り、進行役が野菜の名前を発しては、それに対応した動作を行っていくゲーム。戸崎さんの自作だ。
■嚥下(えんげ)体操
 食べ物が気管に入る「誤嚥(ごえん)」を予防するために行う体操。
■現地の歌に合わせて行う体操
「右腕と左腕で同時に異なる動きをする」など、脳の活性化が期待できるような体操。
■新聞紙を材料とする「ゴミ箱」の製作

同僚たちへの引き継ぎは断念

戸崎さんが制作した「健康新聞」を手にする高齢者福祉担当官。18号発行し、マータラ県庁の各郡事務所に掲示されたほか、スリランカ社会福祉省が全国の老人会に配布するニュースレターにも写真が掲載された

 老人会を支援する活動について、戸崎さんが当初から最大の課題だと考えていたのは、紹介するアクティビティを自分が帰国した後にも継続してもらえるようにすることだった。例会には戸崎さんとともにCPや各郡の高齢者福祉担当官が参加することもあった。そこでまず、彼女たちにアクティビティの音頭がとれるようになってもらい、帰国後を託そうと画策。彼女たちが例会に参加する際は、老人会のメンバーを2グループに分け、一方のアクティビティの進行役を彼女たちに担当してもらった。彼女たちには、各アクティビティがなぜ高齢者にとって良いのかも説明。すると、意義への理解を示し、楽しそうに取り組んでくれた。ところが、彼女たちが例会に参加する回数は次第に減っていく。老人会のメンバーに聞くと、戸崎さんが着任する以前は、例会に行政の人間が来ることは皆無だったと言う。そうして戸崎さんは、別の対策を考え始める。
 次に計画したのは、紹介するアクティビティを動画に収め、各老人会に配布することだ。動画を参考にしながら、各老人会に自力で継続してもらおうと考えたのだった。動画に登場するモデルとして目星を付けたのは、県庁の各郡事務所に配置されている「民生委員」のような立場の人(以下、「民生委員」)だ。仕事柄、高齢者にもよく顔を知られている彼らが登場する動画であれば、高齢者たちも親しみを感じ、活用してくれるだろうと考えたのだった。このアイデアは「民生委員」たちも賛同。ところが、いざ撮影をするという段になると、彼らのドタキャンが続いてしまう。「協力隊員が現地の人の尻を叩いてつくった教材など、使われなくなってしまうに違いない」。そう考えた戸崎さんは、動画の制作も取りやめることにしたのだった。

アクティビティ自体の魅力

老人会の例会でスリランカの歌に合わせて行う体操を指導する戸崎さん

 アクティビティ自体の魅力を高めれば、老人会のメンバーに自力で続けてもらえるはず——。動画づくりが停滞していた任期の半ば、戸崎さんはこう考えるようになっていった。そうして、紹介するアクティビティに工夫を凝らそうとするなかで、ひとつの「ヒット」が生まれる。前述の「現地の歌に合わせて行う体操」だ。
 考案のきっかけは、「スリランカの歌を歌ってみせてほしい」という、老人会のメンバーたちから多く寄せられたリクエスト。戸崎さんは試しに1曲覚えることにしたが、曲の選択では「子どもから高齢者まで、現地のあらゆる世代が知っているものにする」という条件を設けた。子どもでも知っている歌を戸崎さんが歌えば、老人会のメンバーが家で孫たちと会話する際のネタになると考えたからだ。戸崎さんは老人会の例会では常々、「ここで何をやったか、家に帰ったら子どもさんやお孫さんに話してください」と伝えていた。「体験を思い出し、人に伝える」という行為は、高齢者が元気を保つ一助になるからである。
 そうして戸崎さんは、老人会のメンバーたちにこの条件を伝えたうえで、覚える曲の推薦を依頼。すると、いくつか挙げてもらうことができた。スリランカの歌は日本人には難しいリズムを持っているのが特徴だが、推薦された曲のなかに1つだけ、テンポがゆったりとしており、日本人にも歌いやすいものがあった。1970年代から90年代にかけて活躍したスリランカの女性歌手が歌い、流行ったもので、タイトルは『この国は私の国』。母国のすばらしさを讃える歌詞の歌であり、現在も若い世代の歌手にカバーされることもあるため、現地ではあらゆる世代が歌えるとのことだった。
 戸崎さんはこの曲を選ぶと、ついでに「ラジオ体操」のようなものをつくろうと着想。高齢者たちがそらで歌えるような歌に付けた体操ならば、覚えるのが容易で、自力で続けてもらえるだろうと考えたのだった。そうして戸崎さんは、脳の活性化が期待できるようなさまざまな動きで構成する体操を創作。立ったままでも椅子に座った状態でもできるものにした。
 つくった体操を老人会の例会で紹介し始めると、予想以上の反響があった。「家で孫と一緒にあの体操をやったよ」「あなたが来ない例会でもあの体操をやっている」といった報告を受けるようになったのだ。なかには、戸崎さんに電話を掛けてきて、「歌のこのフレーズの所では、どんなふうに体を動かすのだったかな?」と尋ねてくるような人もいた。そうした反響は、ほかのアクティビティではなかったものだ。そうして戸崎さんは、「アクティビティ自体の魅力を高めれば、老人会のメンバーに自力で続けてもらえるはず」との考えが正しかったことを実感できたのだった。

知られざるストーリー