整備工場の業務を
同僚に実践可能な改善方法で提案

福地隆光さん(ホンジュラス・自動車整備・2016年度3次隊)の事例

技術者を養成する学校の自動車整備科に配属された福地さん。同僚たちへの念入りなヒアリングにより、彼らが実践可能な方法を探ったうえで、同科の整備工場の業務改善を促した。

福地さん基礎情報





【PROFILE】
1986年生まれ、東京都出身。専門学校卒。輸入車販売店で四輪車と二輪車の整備に携わった後、テーマパークを運営する企業で人材育成業務に従事。2017年1月、協力隊員としてホンジュラスに赴任。19年1月に帰国。

【活動概要】
ドロテオ・バレラ・メヒア技術中高校(ラ・パス県ラ・パス市)の自動車整備科に配属され、主に以下の活動に従事。
●同僚教員を対象とした技術講習の実施
●同僚教員の授業の支援(実習授業の実施)
●5S活動の普及を含むモラル改善運動の実施
●自動車整備科が運営する整備工場の業務改善支援


配属校の自動車整備科の実習棟。ここが整備工場として使われた

外部から持ち込まれた車の整備を行う同僚教員たち

 福地さんが派遣されたのは、技術者の養成を目的とする公立学校。日本の中学1年生から高校3年生までにあたる6学年で構成され、最後の2学年で各科に分かれて専門技術を学ぶことになっていた。福地さんが配属された自動車整備科には当時、2学年合わせて約200人の生徒が在籍。「クラス担任制」がとられており、6人の教員がそれぞれ1クラスずつ受け持っていた。福地さんのカウンターパート(CP)となったのは、同科の主任教員だ。
 活動の柱となったのは、同僚を対象にした自動車整備技術に関する講習の実施や、彼らが行う授業の支援。そのかたわら、任期の終盤になると、同科が運営する整備工場の業務改善支援に力を入れた。同科には、ある程度の工具や実習棟はあったものの、実習で使う車がなかった。そのため、外部の人から有料で車の整備を請け負い、実習棟を整備工場にして同僚たちが作業を行いつつ、それを生徒たちに見学させ、実技の指導をするということが行われていた。この整備工場の売り上げが増えれば、得た収入で実習に使うエンジン模型などの教材を買えるようになる。また、卒業後に整備工場を構える可能性もある生徒たちに、工場運営の基本を知ってもらう場にもなる。福地さんはそう考え、整備工場の業務改善を支援することにしたのだった。
 この活動を着想するきっかけとなったのは、任期の半ばごろから始めた「工場見学」だ。生徒たちが卒業後、整備士として働く際にどのような知識や技術が必要なのかを見極めるため、休日を利用して国内の整備工場を訪ねては、運営の状況を教えてもらった。任期中に回った工場は100カ所にのぼる。
 工場見学では、「整備技術」だけでなく、「運営」についても聞き取りを行った。印象的だったのは、いずれの工場でも「顧客管理」がシステマティックになされていないことだった。日本の整備工場では、氏名や住所などの基本情報、所有する車の情報、整備履歴などを専用ソフトに入力し、管理する。一方、ホンジュラスの整備工場では、各整備士の「記憶」だけで顧客情報が管理されていた。
 顧客管理がシステマティックになされていないという点は、配属校の整備工場も同じだった。配属校では、整備依頼で持ち込まれた車をいずれかの教員がひとりで担当するシステムがとられていた。しかし、顧客の情報を記載する「台帳」などはつくられておらず、担当者以外の教員はその車の持ち主について名前すら知らない。そのため、顧客から問い合わせがあっても、担当者が不在ならば何の対応もできない状態だった。

事前のヒアリングで取捨選択

配属校の整備工場に導入された、工程管理のための作業予定表。配属校の状況に合わせ、「車庫ごと」の予定を記載するものとした

 そうして、配属校の整備工場の業務改善に取り組もうと考えた福地さんは、まず、同僚たちへのヒアリングを念入りに行った。彼らが「できそうなこと」と「できそうもないこと」を見極め、それを踏まえた改善案にしなければ、定着は望めないと考えたからだ。福地さんは、日本の整備工場の一般的な業務フローを紹介したうえで、同僚たちに「できそうもないこと」を指摘してもらった。
 ヒアリングを終えると、改善案の叩き台を作成。それについてCPと議論を重ね、修正を加えていった。最終的に実施した改善の主な内容は次のとおりだ。
【サービスの基本的な流れ】
「顧客から車を持ち込まれたら、整備が必要な箇所についてその場で確認したうえで、整備内容を説明し、納得してもらう」など、顧客の信用を得るためのやりとりについては、日本の整備工場で行われているものをなぞってもらうことにした。
【作業工程の管理】
■各車に担当者を割り振るシステムを止め、授業で車を使いたい教員が随時、どの車を整備しても構わないというシステムに変更。
■日本の整備工場では、一日の作業計画表をつくって工程を管理するのが一般的。各整備士が何時にどの車のどのような作業をするかを明示した表だ。一方、配属校の整備工場は各教員が一日中作業に張り付いているわけではないため、同じような表では空欄ばかりになり、機能しない。そこで、「各車庫で、何時にどの車のどのような作業をするかを明示した表」を工程管理のために導入した。
■日本の整備工場では、整備依頼の受け付けをした者が「作業指示書」を作成し、作業担当者に回す。「顧客の情報」「車の情報」「必要な作業」などを記載するもので、申し送りを確実にするための書類だ。これにつき、日本で一般的な書式は同僚たちから「複雑すぎる」との意見が多かったことから、「車の情報」の記載項目を「車種」と「色」だけに減らすなど、簡略化したうえで導入した。
【顧客の管理】
 顧客情報の管理システムを導入することについても、同僚からは「煩雑だ」との反発があった。しかし、顧客の情報を蓄積し、いつでも取り出せるようにしておくことは、顧客の信用をつなぎとめておくための基本作業。そのため福地さんは、CPを説得し、導入することを譲らなかった。ただし、専用ソフトが配属校にはなかったことから、顧客管理のためのエクセルファイルを福地さんが作成。関数やハイパーリンクなどを使ったものだ。「いじってはいけないセルにはロックをかける」「入力して良いセルには色を付けておく」など、エクセルの扱いに慣れない同僚たちにも扱いやすくなるような工夫をした。作成したエクセルファイルは、オンラインストレージサービス(*)に格納。同僚たちが容易に共有でき、かつ福地さんが帰国後にもフォローできるようにした。

 以上のような改善の実施に先立ち、福地さんは同僚たちを対象に詳細を説明する講習を数回にわたって開催した。「作業工程の管理」や「顧客の管理」については、ロールプレーイングを含む1日がかりの講習によって、確実な理解を促した。
 同僚教員の大半は、整備士としての実務経験を持たない。それだけに、元来、「整備技術」だけでなく、「工場経営」にも関心は強かった。さらに、事前に行った彼らへのヒアリングを踏まえた改善案だったこともあり、講習会では彼らから積極的に質問が投げかけられ、実施への意欲がうかがえた。
 そうして、提案した改善が実施されるようになってまもなく、福地さんの任期は終了。その後も、オンラインストレージサービスを通じて福地さんのチェックとフォローを受けながら、実践は続けられているという。

* オンラインストレージサービス…インターネット上のサーバにファイルを置き、共有できるようにするサービス。

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