「授業」に慣れない難民の子どもたちを、
「遊びを通した学習」で刺激 〜難民支援〜

森 勇樹さん(ジブチ・青少年活動・2016年度3次隊)の事例

学校に通うことができない難民の子どもたちを対象とする学習教室の運営に取り組んだ森さん。「学校生活」に慣れない子どもたちを相手にクラスコントロールすることに、当初手こずったが、「遊びを通した学習」で彼らの興味を引き出した。

森さん基礎情報





【PROFILE】
1989年生まれ、埼玉県出身。大学を卒業後、医科大学に事務職員として3年半勤務。17年1月、協力隊員としてジブチに赴任。19年1月に帰国。現在は、フランスの語学学校に短期留学中。

【活動概要】
国際NGO「ルーテル世界連盟」に配属され、主に以下の活動に従事。
●首都で暮らす難民の子どもを対象とする学習教室の運営
●難民キャンプの学校の教員を対象とする理科実験の研修の実施(理科教育隊員との協働)


 森さんの配属先は、スイスに本部がある国際NGOのルーテル世界連盟。ジブチ国内の3カ所にある難民キャンプや首都で暮らす難民を対象にさまざまな支援事業を行っていたが、そのひとつが、首都の難民の子どもを対象とした学習教室の運営だ。森さんの着任当時、公立学校はジブチ国籍を持つ子どもしか通うことができなかった。難民キャンプには難民の子どものための学校があったが、首都にはそれもなく、私立学校は学費が高い。そうして学校教育を受けられずにいる首都の難民の子どもに教育の機会を提供していたのが、配属先の学習教室だった。
 問題は、配属先の予算で参加児童の交通費を確保するのが難しい点。森さんの着任時、ソマリア人難民の職員(以下、Aさん)が教室運営の担当者にはなっていたが、実際は上層部の指示を待つだけの状態で、教室は中断したままになっていた。そうしたなかで森さんの最初の活動となったのは、教室を再開させることだった。

立ちはだかった「言語」の壁

首都での学習教室で教壇に立つ森さん。子どもたちは当初、ジブチの公用語であるフランス語で「数字」すら言えない状態であり、ゼロからのスタートだった

 ボーイスカウトに所属していた森さんは、そのなかで自身が受けてきたような「情操教育」を難民の子どもたちにも経験させてあげたいという思いがあった。しかし、「協力隊活動は現地のニーズに沿うべき」との考えが強かったことから、まずはニーズの調査を実施。教室の受講者としてAさんが選定した5〜10歳の子どもたち約40人の家庭を訪問し、子どもに何を学ばせたいかを保護者たちに尋ねた。すると、6割が「読み書き・算数」と回答した。
 そうして、ジブチの公用語であるフランス語と算数を中心とする教室をスタートさせたのは、着任の約半年後。開講は週3回で、1回3時間。問題は「何語を使って教えるか」という点だった。首都の難民は約4割がエチオピア人で、教室の受講者として選定された子どもも大半がエチオピア人。エチオピア人の民族はさまざまだが、Aさんがソマリア人だったことから、どうしても「身内のよしみ」でソマリア人と同じソマリ族の子どもばかりとなっていた。森さん、Aさん、受講者が話せた言語は次のとおり。
[森さん] 日本語、英語、フランス語(派遣前訓練と現地語学訓練で学習)、ソマリ語(現地語学訓練で学んだのみで、日常会話程度)
[Aさん] ソマリ語(ソマリアの公用語)、アラビア語(同)、英語
[受講者] ソマリ語(一部は他言語も使用可能)
 以上のような状況のなか、「森さんがAさんに英語で説明し、Aさんがそれをソマリ語に訳して受講者に伝える」という方法で授業をスタートさせた。しかし、やがてAさんの欠席が増加。すると、「クラスコントロール」が大きな課題となっていった。教室の子どもたちは「学校生活」に慣れていないため、授業に飽きるのも早い。そんな子どもたちを慣れないソマリ語でコントロールするのは至難の技だったのだ。そこで森さんが試みた策は、学習に「遊び」を取り入れること。「歌」や「カルタ」で言葉を学ぶ、あるいは「パズル」で図形について学ぶ、といった方法だ。すると、次第に子どもたちは勉強を楽しむようになり、落ち着いて授業を受ける子も見受けられるようになった。
 難民の子どもたちとの付き合いが長くなるにつれ、彼らがいかに狭い世界の中での生活を余儀なくされているかが見えてくる。子どもたちが将来、人格形成をする際にベースとなるような「原体験」をひとつでも多くつくってあげることも、自分の役割だろう——。そう考えるようになった森さんは、ときおり「行事」を行うようになった。難民の子どもたちが普段、足を踏み入れづらい「海」や「ショッピングモールの遊戯施設」などへの遠足、あるいは「流しそうめん大会」などである。

パズルで図形を学ぶ「タングラム」という教材で算数の勉強をする学習教室の子どもたち

ショッピングモールの遊戯施設への遠足で、トランポリンを楽しむ子どもたち

学習教室の子どもとその保護者が参加した「流しそうめん大会」の様子。2本のビニール製配管を継ぎ合わせた樋(とい)の製作は、溶接隊員の協力を仰いだ

難民キャンプでの理科実験の普及

 以上のように首都での学習教室の運営を進めるかたわら、森さんはジブチで活動する理科教育隊員たちとともに、難民キャンプの学校に「理科実験」を広める活動にも取り組んだ。着任の前年、理科教育隊員たちが森さんの配属先の学習教室で理科実験を披露。それを見た配属先の同僚たちが、「難民キャンプでも理科実験を紹介してほしい」と依頼してきたのだった。キャンプ内の学校では従来、理科の授業は座学ばかりになっているとのことだった。
 森さんたちが実際に取り組んだのは、理科実験のやり方を伝える研修を教員たちを相手に開くこと。着任の半年後とその1年後の2回、1カ所の難民キャンプで実現することができた。参加した教員は約40人。その大半はソマリア人難民で、研修は英語で行った。
 1回目の研修の直前、キャンプには実はユニセフから寄贈された「理科実験キット」が倉庫に眠っていることが判明。そこで研修では、そのキットの使い方と、現地で入手可能な材料でできる実験とを紹介した。その後、隊員たちでキットの使用方法を伝えるマニュアルを作成。2回目の研修はその解説を中心とした。このマニュアルによって理科実験のおもしろさに目覚め、その伝道師となる「ジブチの米村でんじろう」がキャンプの中に1人でも誕生してほしいというのが、隊員たちの願いだ。

事例のポイント!

語学力不足は、授業のおもしろさでカバー!!
隊員が訓練で学んだ言語を担当授業の教え子が理解できず、クラスコントロールでつまづくケースもあるだろう。そうした状況の打開には、学習方法を興味を引くものにする工夫が鍵となる。

知られざるストーリー