一から調査をするのではなく、
まずは既存のデータを活用 〜課題発見〜

八尋祥子さん(ケニア・栄養士・2016年度3次隊)の事例

地方の保健行政機関に配属された八尋さん。地域保健の事業は「統計データ」を踏まえることが重要だが、任期を有効に使うため、まずは既存のデータを調べ、それを活用する道を探ることにした。

八尋さん基礎情報





【PROFILE】
1984年生まれ、長崎県出身。大学卒業後、短大で栄養士の免許を取得。栄養士として市町村保健センターなどに7年間勤務した後、2017年1月に協力隊員としてケニアに赴任。19年1月に帰国。

【活動概要】
ウゲニャ・サブカウンティ(シアヤ・カウンティ)の保健事務所に配属され、主に以下の活動に従事。
●地域の栄養に関するデータの集計・分析
●栄養失調児の養育者への栄養に関する指導
●栄養に関する啓発教材の作成


任期序盤の一枚

現地の人々が消費している食材を知るため、着任直後から積極的に市場に通ったり、近所の人に料理をごちそうになったりした。任地は食材が豊富であり、栄養失調は養育者の食事のあげ方や病気などが原因となっていることが多かった

栄養失調児の家庭を訪問し、養育者である祖母に離乳食と栄養について自作の教材で話をする八尋さん(左)

 ケニアの地方行政区画は、47の「カウンティ」のもと、「サブカウンティ」「区」「村」へと分かれていく。八尋さんが配属されたウゲニャ・サブカウンティ保健事務所は、約13万人の人口を抱える同サブカウンティの保健行政を所管する機関。求められていた活動は、地域の「栄養」に関する問題の解決を支援することだった。
 八尋さんは派遣前、地域保健の事業を行う「市町村保健センター」で栄養士として働いたことがあった。その際、「地域保健の事業では、『疾病の罹患率』など、地域の保健に関する『統計データ』を踏まえることが重要」と叩き込まれた。そのため、協力隊員として赴任する際も、「まずは活動地域で保健に関する調査を行い、『統計データ』をまとめよう」と考えていた。ところが、赴任後に受けたJICAケニア事務所による研修のなかで、地域保健の活動についてこんな話を聞いた。「『調査』から活動を始めた隊員は過去にもいる。しかし、調査結果を統計データにまとめたところで任期が終わってしまい、それを生かした活動はできなかった。もちろん、その統計データは配属先に活用してもらえる可能性はあるだろうから、それはそれで有益だとは思う」
 八尋さんはこの話を踏まえ、一から調査を行うことは回避。任期序盤は、現地にすでに存在しているデータを調べ、それを最大限に活用する道を探ることにした。

栄養カウンセリングの記録簿

ウクワラ病院で栄養カウンセリングを行うAさん(奥)

 配属先の隣には、「ウクワラ病院」というサブカウンティの基幹病院があった。そこには栄養士がひとり置かれ、栄養状態に問題がある患者へのカウンセリングが行われていた。八尋さんの着任当時、配属先には栄養士が配属されていなかったことから、そのウクワラ病院の栄養士(以下、Aさん)が行うカウンセリングに同席させてもらいながら、地域の栄養に関する問題を学んでいくことにした。そのなかで目をつけたのが、カウンセリングの記録簿だ。カウンセリングを行うごとに、患者の名前、住んでいる場所、年齢、性別、身長、体重、カウセリングを受けるのが初めてかどうか、栄養状態の悪さ(3段階評価)、体の状態(病気の有無・種類・症状)、家庭の食料事情(「食料をどの程度入手できているか」など)を記入していくものである。カウンセリング室には何冊もの記録簿が保管されていたが、ウクワラ病院も配属先もそれを活用してはいないとのことだった。
 八尋さんがこの記録簿の内容を集計、分析し、統計データをつくろうと考えたのは、着任して半年ほど経ったころだ。対象範囲としたのは、それまでの半年間に行われた約500回のカウンセリング。記録簿に記載されている情報をエクセルファイルに入力し、「地域別患者数比」や「月別患者数比」、「栄養状態別患者数比(世代ごと)」などの統計データをまとめた。

統計データを踏まえた事業運営に

栄養カウンセリングに連れて来られていない栄養失調児をあぶり出すために行ったアンケート調査

同僚たちが行う巡回診療に同行し、地域保健ボランティアに正しい身長測定のやり方を説明する八尋さん(左)

 八尋さんは統計データの作成を終えると、その結果をAさんと配属先の所長に報告。すると所長から、ウゲニャ・サブカウンティ全体の保健行政関係者が集まる月例会議で発表するよう求められた。診療所の所長や看護師など約30人が集まる会議だ。
 八尋さんが紹介した統計データは、会議の参加者たちが初めて目にする種類のもの。「この地域は栄養状態の悪い人が多い」など、彼らがそれまで肌で感じていたことが数値に表れていたようで、「やはりそうだったのか」と関心を持って受け止められた。会議では、「『栄養状態がきわめて悪い患者』の割合が多い世代については、地域保健ボランティア(*)に重点的に家庭訪問をしてもらうべきだ」など、統計データを事業に反映する方法なども話し合われた。そうして会議の後には、統計データを踏まえた事業運営が実際にスタート。たとえば、定期的に行っている巡回診療は、統計データで患者数が多かった地域が優先されるようになった。
 一方、八尋さん自身もその後の活動では統計データを活用した。たとえば、栄養カウンセリングに連れて来られていない栄養失調児のあぶり出しをするため、配属先の巡回診療に同行し、栄養状態について住民に尋ねるアンケート調査を実施したときのこと。その村の全住民を対象とすることは物理的に不可能であるため、対象を絞る必要があったが、その際に統計データを参照。「栄養状態がきわめて悪い患者」の割合が多かった「5歳未満児」の保護者だけを対象としたのだった。そうして、栄養カウンセリングに連れて来られたことのない栄養失調患児を見つけることができ、配属先によるフォローへとつなげることが叶った。
 八尋さんはその後、より有益な統計データが栄養カウンセリングの記録簿から引き出せるよう、その記入方法について以下のような改善をAさんに提案した。
■「名前」の記入方法
 ウゲニャ・サブカウンティはルオ人が多い地域。彼らの名前は「本人のファーストネーム」「出生の時間帯を表すルオ人特有の名前」「父のファーストネーム」という3つで構成されるのが一般的だったが、Aさんは従来、最初の2つしか記入していなかった。しかし、最初の2つだけでは「同姓同名」の人が多いため、過去にカウンセリングを受けたことがある患者が来たときに、その患者の過去の記録を拾い出すことが困難となっていた。そこで八尋さんは、3つすべてを記入するよう、Aさんに提案した。
■「住んでいる場所」の記入方法
 Aさんは従来、複数の「村」を含む「地域」の名称を記入していた。しかし、疾病の流行状況などは「村」単位で異なる可能性もあるため、「村名」まで書くことをAさんに提案した。
 以上のような改善は、Aさんの業務を煩雑にするもの。しかし、統計データの有用性はAさんも実感していたことから、すぐさま実践してもらえるようになったのだった。

* 地域保健ボランティア…家庭を訪問しての啓発活動などを担当する地域保健スタッフ。ケニア全土に置かれている。

八尋さんの事例のPoint

「調査」は必要性の検討から
規模の大きなアンケート調査などをすれば、現地の実態をより精確に把握できる。しかし、協力隊員の任期には限りがある。着任したら、まずは既存のデータをよく調べ、本当に調査が必要かどうかを吟味することが有益だろう。

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