JICA Volunteer’s before ⇒ after

平塚千都さん(マラウイ・理数科教師・2011年度1次隊)

before:金融機関 法人営業
after:エネルギー総合プロデュース企業 企画担当

 幼い頃から自然や動物が好きだった。声を上げることのできない弱い立場を守りたいという思いから、彼らの声なき声に耳を傾けるようになり、それがいつしか自分では困難を伝えられない人の役に立ちたいという思いに育っていった。その思いは、現在、開発途上国の課題を解決する事業の創出につながっている。

恵まれた環境で不足していたもの

[before]マラウイで生徒の質問に答える平塚さん。自宅が学校の近くだったため、よく生徒が訪問した。周りにいるのは、毎日遊びに来る好奇心旺盛な子どもたち

「普通の家庭で、不自由なく育った」という平塚さんは、高校生の頃、自分と同年代で恵まれない環境にいる途上国の人たちのことを知り、彼らの役に立ちたいと思った。そんなとき、協力隊のポスターを見て参加を考えたという。元国連関係者が教授を務める大学の農学部に進学して環境管理や国際協力政策について学び、研修で行ったタイの大学で現地の生活を向上する活動に携わった。プライベートでは、動物保護活動をするNGOで活動していたが、ある日、団体が資金不足で解散する。「団体の人は人が良過ぎたのかも」と振り返り、金銭面をシビアに捉えないと良い活動でも続けられないことが身に染みた。その経験から大学卒業後は金融機関に就職。法人営業として働き、営業成績も悪くなかったが、「この経験は協力隊参加のため」と決めていた。入社3年目、協力隊に応募。合格後、退職し、マラウイへの派遣が決まった。
 マラウイの中高等学校で理科教育向上のため、担当地域の教育制度構築や生物の教科指導をすることになった平塚さん。生徒への生物の授業や、同僚である教員に対して実験道具の使用方法など、理数科に関する知識の伝授に加え、地域の学校間で実験道具の使用方法をシェアする仕組みをつくり、運用する活動を行った。
 任地には電気がなく、水道も電波もない。夜は学校に生徒が集まり、皆で数個の懐中電灯のもと自主学習をしていた。彼らは空き時間に働き、お金を貯めて懐中電灯用の乾電池を買っていた。その姿を見た平塚さんは、物資に恵まれた環境にいたのに、理由をつくっては本気で取り組むことを避けていた自分に気づかされ、恥ずかしく思った。
 同時にジレンマも感じた。現地では質の悪い乾電池しか手に入らない。日本にある、充電式乾電池や手回し充電のランタンなどの物品が、なぜ本当に必要な人に届かないのか……平塚さんは、彼らが必要とする製品とサービスを届けられる仕事をしようと決めた。

100パーセントの力で

[after]プロジェクトのために、市場調査を実施する平塚さん。現場の声を聞いて、そこから課題や解決策を一緒に考えていく過程は協力隊の活動と似ており、その経験は現在の事業を動かすうえで役立っていると感じている

 帰国した平塚さんは、BOP層に向けた事業を行う企業や団体を探し、NGOやコンサルティング企業を訪問したり、BOP関連事業の説明会やJICAの企業向け帰国報告会に参加したりした。そこで出会ったのが矢崎グループだ。自動車部品の製造・販売などを行う同社は、社会貢献活動に注力しており、人を大事にする企業であることに加え、途上国に多くの拠点を持っている。平塚さんは同社に自分のやりたいことが実現できる未来を見た。職種も業種も未経験だったが、「何事もまず挑戦」という姿勢で応募した。
 現在は、矢崎エナジーシステム株式会社に所属し、新規事業の企画と社内の新規事業創出の仕組みづくりをしている。特に力を入れているのは、新規事業の企画だ。平塚さんは、BOP層を対象にした途上国の社会課題を解決する事業を創出するプロジェクトを立案。現在そのプロジェクトは事業企画の段階は終え、ビジネスモデルの各パーツで実証実験を実施し、実現性を図っている段階だ。商品やサービスは量産レベルまで進んでおり、事業スタートに向け、関係者との契約を整えている。社内外で同事業に賛同してくれるメンバーは20人を超え、知恵を寄せ合って進んでいる状況だ。関係者の人数が多く、海外での活動のため、プロジェクトマネジメントの苦労は絶えない。それでも協力隊時代に、インフラが整わない環境で数々のトラブルに見舞われ、それらを乗り越えた経験があるから「困難にはめげないし、粘り強くなった」という。
「前職では余裕のある範囲で仕事をしていたような気がします。目一杯頑張ることがダサいと感じていたのかな。今は100パーセントやり切った方が、仕事も人生も楽しくて明るいものになると思っています」
 日々悩み、勉強しながら一歩ずつ歩を重ねる平塚さん。「失敗しても成功するまで挑戦する」とその想いを語る。
「今回の新規BOP事業で、困っている方に商品・サービスを届けるため奮闘しています。すでに仕事の域を超えてライフワークとなっている感覚ですが、仕事としてしっかり結果を出し、チャレンジできる環境をくれた会社にも還元したい。誰かの役に立つのなら、てをかえしなをかえ今の事業形態だけに固執せず、目的を達成させるため挑戦し続けたい」
 実際に事業スタートするのは来年。ゴールの向こう側に見える人の幸せのために、今日も100パーセントの力で走る。






平塚さんのプロフィール

[1986]
愛知県出身。
[2008]
3月、大学の農学部を卒業後、金融機関にて法人営業を担当(選択の理由:活動していたNGOが資金不足で解散したことで、世間の荒波に揉まれ、物事をシビアに見つめる視点が大切だと思い、お金の勉強をしようと金融機関に就職。)
[2011]
6月、青年海外協力隊に参加。マラウイのントゥウンボ中高等学校にて、生物を中心とした教科指導と、授業のサポート、担当地域内で実験道具の使用法の伝授や、実験器具の管理運営方法の整備などを行った。
[2013]
7月、帰国。
[2014]
4月、矢崎エナジーシステム株式会社に入社(選択の理由:矢崎グループの社是は「世界とともにある企業」「社会から必要とされる企業」。また、挑戦する従業員を会社としてサポートしてくれる社風など、同社で働くことが自身のやりたいことの実現につながると感じ、入社。)
管理室企画部に所属し、社内の新規事業の活性化を先導し、新規プロジェクト推進役を担う。

[矢崎エナジーシステム株式会社]
設立年月日:1963年8月21日
本社所在地:東京都港区三田1-4-28
事業内容:電線事業、ガス機器事業、環境システム事業、計装事業
従業員数:2,076人(2018年6月現在)

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