学ぶ技術が活用されている「現場」を
体感させることを目的に「企業見学」を実施

信末健一さん(ガーナ・電気・電子設備・2016年度4次隊)の事例

技術教育機関の電気・電子科で実習授業を担当した信末さん。現地で調達可能な材料による「実習」の導入に力を入れる一方、授業で学ぶ技術が実社会でどのように活用されているかを体感させるための「企業見学」も試みた。

信末さん基礎情報





【PROFILE】
1989年生まれ、大分県出身。九州共立大学を卒業後、電気系の会社に勤務。2017年3月、協力隊員としてガーナに赴任。19年3月に帰国。現在は電気系の会社で再生可能エネルギー分野の業務を担当する。

【活動概要】
タマレ技術大学(ノーザン州タマレ市)の電気・電子科に配属され、主に以下の活動に従事。
●実習授業の実施
●企業見学(ラジオ局)の企画・実施
●教員等を対象としたエレクトロニクス分野のワークショップの開催(他隊員との協働)


 信末さんが配属されたタマレ技術大学は、高校と大学が合わさった技術教育機関。電気・電子科の高校2年生を対象とする実習授業を担当することが、任期を通じてのメインの活動となった。
 着任当時、同科は各学年に30人程度のクラスが1つずつあり、5人の現地教員が配置されていた。彼らが行う授業を見学すると、実習授業のコマでさえ、座学ばかりが行われていた。現地では「実習用キット」の入手が難しいこと、および教員たち自身に実習の授業を受けた経験がないため、キットを使わずに実習を行う方法を知らないことなどが原因のようだった。そうしたなかで信末さんは、現地で調達できる材料を使いながら、できるだけ多種の実習を行うという目標を立てたうえで、活動をスタートさせた。

「掛け算」からの出発

ブレッドボードにコンデンサ(蓄電器)やトランジスタ(電気の流れをコントロールする部品)、スイッチなどの各種電子部品を配置した、生徒作の電子回路

生徒が製作中の「アンプ」の回路が設計図どおりかどうかを確認する信末さん(右)

 信末さんが授業を担当するようになったのは、着任の約1カ月後。まもなく、「実習の導入」以前の問題に直面する。生徒たちの深刻な「計算力不足」だ。たとえば、電気実習では「オームの法則」の公式を使った計算ができなければならないが、生徒たちはそれに必要な「掛け算」の力すら欠けていたのだ。そこで信末さんは、授業で毎回「計算テスト」を行うことにした。当初は20問の掛け算の小テストを自分でつくったが、のちに「百マス計算」に変更。当初、生徒たちは「電卓を使えば済む」と言ってテストを嫌がった。しかし、彼らは電卓の打ち間違えによって正解とかけ離れた数値が出ても、それに気づくだけの勘すら持っていなかったことから、信末さんはしぶとく継続。解答のスピードを競わせたところ、生徒たちは徐々におもしろがって取り組むようになり、解答のスピードも倍のレベルまで上がっていったのだった。
 ブレッドボード(*)や抵抗など、実習で必要となる材料を現地の電気部品店などで調達し、授業で実習を行うようになったのは、着任の約半年後だ。行った実習は、「乾電池でLEDを光らせる」といった簡単な回路を作成しては、電流や電圧を測定して「オームの法則」を実証したり、「コンデンサ(蓄電器)」など各電子部品の特性を確かめたりする、基礎的なレベルのものが中心である。
 配属先には教科書がなかったことから、信末さんは実習をする際は毎回、事前にその実習で身につける知識をまとめた資料をつくり、生徒たちに配布。それにより、彼らは「復習」して知識の定着を図ることが可能になった。
 年度末には、それまでの授業の「集大成」となるような規模の大きい実習を実施。30個ほどの電子部品を使って「アンプ(増幅器)」を製作するものだ。生徒たちはスマートフォンを持っていた。そこに保存してある彼らが好きな音源を、製作したアンプで増幅してスピーカーで流せば、「電子回路」に対する彼らの興味が高まるだろうと考えたのだった。
 回路の設計自体は高度な知識が必要なため、信末さん自身が実施。つくった図面を生徒たちに渡し、そのとおりに回路をつくるという課題を与えた。1カ所でも配線の仕方を間違えてしまえば、アンプとして機能しない。30個におよぶ部品を正確に配置していく作業は生徒たちには難易度が高かったが、信末さんのフォローでなんとか完成。スマートフォンとスピーカーにつないで音が出たときの生徒たちの興奮は、期待どおりのものだった。

* ブレッドボード…電子回路の試作に使う基盤。

社会の「現場」が生徒たちを刺激

ラジオ局での企業見学で、スタッフの説明を聞く生徒たち

 信末さんは着任当初から、電気や電子にかかわりのある企業を生徒たちが見学する機会を設けたいとの希望を持っていた。自分たちが授業で学んでいる技術が活用されている現場を見れば、彼らの学習意欲がさらに高まると考えたからだ。その実現に向け、アイデアを具体化させ始めたのは、任期の半ばごろ。電気・電子科のシラバスの「ラジオ」の単元には、「ラジオを分解し、その仕組みを学ぶ」という課題が記載されていた。ところが、配属先には実習に使えるラジオはなかった。結局、「ラジオ」の単元は座学どまりとせざるをえなかったが、その埋め合わせになるかもしれないと思いついたのが、生徒たちが「ラジオ局」を見学するプログラムだった。
 同僚に相談すると、偶然、彼はかつてラジオ局でインターンシップをしたことがあり、その企業とつないでもらうことができた。配属校から歩いて30分の場所にある、国営のラジオ局だった。
 見学が実現したのは、任期の残りが約半年という時期だ。当日の参加者は三十数人。「スタジオ」や「送信機室」など、局内の各所を回り、それぞれで使われている設備や機械についてラジオ局のスタッフから説明を受けた。初めて足を踏み入れた世界に生徒たちの目は輝き、「このボタンは何ですか?」などと、説明役のスタッフに矢継ぎ早に質問をするのだった。
 そうして「企業見学」の意義を実感した信末さんは、「携帯電話会社」など、ほかの業種の企業見学も企画したが、時間が足りずに断念。ラジオ局の見学に同行した同僚にその実現を委ねて、帰国の途についたのだった。

後輩隊員へひとこと

発想の転換を!
ものづくりの指導では、現地で調達できない材料があり、思うように実習ができないことも少なくないでしょう。そうしたなかで私が着想したのが、「ラジオ局の見学」。困難は、ときに新たな発想につながるのだと思いました。

知られざるストーリー