中小の製造業社の工場を回り、
従業員たちが自力で職場改善を進めていく手法を伝授

武藤 正さん(シニア海外ボランティア/ベトナム・品質管理・生産性向上・2016年度4次隊)の事例

中小の製造業社を対象に、品質管理レベルや生産性の向上支援に取り組んだ武藤さん。「どこをどう改善すべきか」という「答え」を教えるのではなく、改善すべき箇所やそれを改善する方法を自分たちで見つけ出していく手法を伝えることに徹底した。

武藤さん基礎情報





【PROFILE】
1955年生まれ、静岡県出身。名古屋大学大学院修士課程を修了後、ドイツ系化学会社で製品開発、品質管理、製造管理に携わる。定年退職後の2017年3月、シニア海外ボランティアとしてベトナムに赴任。19年3月に帰国。

【活動概要】
ハイフォン市計画投資局に配属され、市内の中小企業を対象とする主に以下の活動に従事。
●品質管理レベルや生産性の向上に向けた巡回指導
●品質管理レベルや生産性の向上に関するセミナーの開催


 武藤さんが配属されたのは、ハイフォン市計画投資局の企業管理・開発課。中小企業への各種支援を行う部署だ。ベトナム北部最大の港湾都市である同市には、電子・電機、化学、食品など各種製造業の工場が置かれている。武藤さんに求められていたのは、中小の製造業者を対象に、工場の品質管理レベルや生産性を向上させるための指導を行うことだった。
 複数の企業を対象にセミナーを開くこともあったが、指導方法のメインは「巡回指導」だ。調査目的で各社を訪問し、「改善の意欲があるか」「改善を担う人材がいるか」といった点を確認したうえで、対象企業を絞り込んでいった。そうして任期の前半は5社、後半は6社を対象に巡回指導を実施。「プラスチックバッグ製造」「機械部品製造」「水産加工」「印刷」など、業種はさまざまだ。
 各社を訪問する頻度は2週に1度ずつ。毎回、次の訪問時までに取り組む改善活動を宿題として出し、次の訪問時には宿題の出来栄えを踏まえてアドバイスを行った。

「答えの出し方」を指導

[改善前] 巡回先の機械部品製造会社で「小集団活動」により実現した職場改善の例。部品の洗浄に使うアルコール溶媒を子分けにする作業が、以前は2人がかりで行われていた

[改善後] 上写真と同じ作業が、給油用のポンプを使って1人で行われるようになった

 武藤さんが日本で勤めていたのは化学メーカーであり、巡回指導の対象企業の大半は「専門外」の業種だった。そうした企業では、どこをどう改善すべきかを具体的に指摘するのは難しかった。そこで武藤さんが立てた指導方針は、「『魚』を与えるのではなく、『魚の獲り方』を教える」というもの。「どこをどう改善すべきか」という「答え」を伝えるのではなく、従業員が自力で問題点や解決策を見つけ出していく手法を伝えることにしたのだ。実際に伝えたのは、日本の製造業社がよく取り入れている以下のような手法である。

「小集団活動」 従業員が数人ずつのグループに分かれ、定期的にミーティングを開きながら、職場の問題を見つけ、その解決に取り組んでいく手法。
「なぜなぜ分析」 職場の問題について、それが発生した直接の原因を考え、さらにその原因を考えるということを5回にわたって繰り返すことで、問題解決の適切な方法を見つけ出す手法。
「PDCAサイクル」 仕事を実行した後にかならずそれを振り返り、問題点があれば改善策をとっていく手法。
「5S」 不要なものをなくす(整理)、残したものを取り出しやすい状態に置く(整頓)、掃除をする(清掃)、きれいな状態を維持する(清潔)、ルールの設定・遵守により整理・整頓・清掃・清潔を定着させる(しつけ)というステップで、職場環境の改善を図る手法。

 武藤さんは各巡回先で以上のような手法を教え、その実践を「宿題」として出し、やり方について助言を重ねていった。そうした指導で心がけたことのひとつは、従業員たちがなかなか見つけ出せずにいる職場の問題点や解決策について、たとえ自分が解っていても、それを彼らに教えることはしないということだ。目指すのは、巡回先を改善することそのものではなく、「自分たちで問題を発見、解決する力」をつけてもらうことだったからだ。
 巡回指導で武藤さんが心がけたもうひとつのことは、従業員たちが職場の問題の改善に取り組んだら、かならずその効果の「見える化」を図ることである。たとえば、作業の省力化が叶った企業があったら、「『単位時間あたりの人件費』×『省くことが叶った作業時間』」でコストダウンの具体的な金額を算出し、その企業に示した。
 以上のような武藤さんの指導は、効果が顕著だった。「道具をうまく使うことで、それまで2人がかりでやっていた作業を1人でこなせるようになった」など、自分たちの工夫次第で生産性が大きく向上することをひとたび実感すると、巡回先の従業員たちは俄然、職場改善の活動に力を入れるようになったのだ。そうして、武藤さんの指導期間中に10〜30パーセントの生産性向上や5Sの定着が巡回先の多くで実現。なかには、従業員の努力で省力化が進みすぎたため、従業員の15パーセントほどが解雇されることになってしまった企業もあった。

人材の流動性への対処

[改善前] プラスチックバッグ製造会社で実践されるようになった「5S」による職場改善の例。この写真は、ビニールロールや道具が散乱している改善前の工場

[改善後] 改善後の工場。5Sの徹底を呼びかける看板も掲げられている

 巡回指導に思わぬ「穴」があることに武藤さんが気づいたのは、任期も半ばになるころだ。巡回先ではそれぞれ「カウンターパート役」を任命してもらい、指導する手法の細かな点は主に彼らに伝えていった。ところが、そうした人材が転職で去り、それまでの指導が水の泡になってしまうケースが相次いだのだ。ベトナムでは転職が日常茶飯だった。
 武藤さんは以後、そうした事態を避けるための対策をとるようになった。「できるだけ多くの従業員に手法の細かな点を伝える」「できる限り社長にも手法の細かな点を伝える」「社内に『改善推進チーム』を設置してもらうなどして、改善活動が各社で『制度』として進められるようにする」という3つだ。
 これらのうち、「できる限り社長にも手法の細かな点を伝える」という対策は、改善活動の持続が可能になるだけでなく、改善活動の活発化にもつながった。「小集団活動」などの手法は、いずれも従業員が主体となって改善を進めていく「ボトムアップ」の取り組みであり、日本の企業風土にはマッチしている。一方、ベトナムの企業は日本と比べると「トップダウン」の傾向が強い。そうしたなか、「ボトムアップ」の手法に社長にも強く関与してもらうという武藤さんの工夫は、言わば日本の技術をベトナムの環境に合うようカスタマイズして導入することにほかならなかったのだ。

後輩隊員へひとこと

経験をフル活用して!
活動で専門外の知識が必要となり、とまどうこともあるでしょう。しかし、それまでの経験で知らず知らずに体得したスキルのなかに、何かの役に立つものがあるはず。自分の経験のなかの「生かすポイント」を探る視点を持ってみてください。

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